第10話 世話焼きギャルと急接近した湊、彼女の胸元に『探していたホクロ』を見つけてしまう件


 ――数日後。授業の合間の休み時間である。

 廊下を歩いていた湊は呻いた。


「なかなかキツいおつかいクエストだな……」


 両手には、次の授業で使う資料を山と抱えている。瑞穂学園では授業にタブレットを活用しペーパーレスが進んでいるものの、実際に見て触るような標本の類はいまだ現役だ。

 湊は科目担任から雑用を言いつけられた。「そんなに顔と名前を知ってもらいたいなら、しっかり働け」というのが理由である。


 部活合同説明会の後、湊は親友作りの一環として、同級生を中心に声をかけまくった。

 どうやらそれがまずかったらしい。

 各部の顧問から、湊はことあるごとに呼び出しを受けるようになった。休み時間に雑用をさせるのも、同級生から湊を引き剥がし、距離を置かせるためだった。


 タイムリープ前は周囲の目から逃げた湊だったが、今は周りが湊から逃げている有様である。


「いや、現実から目を背けるな、湊。これは必要なクエスト。親友作りの経験があまりに乏しく、ヘタクソな俺が悪い。今は経験値稼ぎと思えば――ん?」


 ふと、廊下の角に人影を見た。福音である。

 彼女はじっと湊を見つめていた。


「千代田? どうした」

「ふ、不意打ちエンカウント!?」

「は?」

「あ……ご、ごめんなさい! 何でもないですっ」


 呼び止める暇もなく、福音は走り去る。

 首を傾げつつ、湊は表情を改める。


(やっぱり、千代田はホクロの君と雰囲気が似ている。もしかして、本当に彼女がそうなのか?)


「なーに黄昏れてんのっ!」


 ばしん、と後ろから背中を強く叩かれ、湊はよろめいた。持ち前の体幹の強さで、資料を床にぶちまけるのを堪える。


 振り返り、湊は非難の目を向けた。


「危ないぞ、久路刻」

「あはは、ごめんね。えーりんが言うとおりカラダ、本当に強いんだね。天宮っち」


 悪びれた様子もなく、暦深はニコニコと笑っている。


 合同説明会の日に自分の過去を話して以来、暦深は湊の呼び方を「天宮くん」から「天宮っち」に変えていた。

 距離が近くなったようでありがたい。早く他の子ともこんな風に呼ばれるようになりたいと湊は思っている。


「手伝うよ」

「いいのか? 結構重いぞ」

「気にすんなし。こう見えて、あたし結構力持ちなんだよ。さすがにえーりんには負けるけどさ」

「すまん。助かる」

「いいってことよ。この前、あんなに必死な姿を見せられたからね」


 そう言って、暦深は資料の入った箱に手を添えた。ふたりで支える形になる。


「それにしても天宮っち、見事に狙い撃ちされてる。まあ、あれだけ派手に動けばさすがに引かれるかー」

「反省はしてるが、後悔はしてないぞ」

「おお、さすが公爵くん。堂々としてるねえ。あ、もしかしてあたしの胸を見て、役得だーとか思ってる系?」

「……? 運ぶのに胸が邪魔なら、片手で持てるものもあるぞ。それだけでも俺は助かる」

「あはは。相変わらずノーデリカシーくんだ」


 何がおかしいのかわからず、湊は首を傾げた。


「久路刻は、どうして俺を手助けしてくれるんだ?」

「えー? なに、急に。別に友達ならフツーに助けるでしょ」

「そう、か。なるほど」

「あたしは誰かの役に立ちたいんだ。そうしないと、あたしがいる意味がないから」


 ぽつりと暦深が零した。

 箱を挟んで向かいにある彼女の横顔が、ふと真剣さを帯びていた。

 視線に気付き、暦深はハッと顔を上げる。


「ごめん。あたし、何か変なこと言った?」

「いいや。久路刻は本当に良い奴だな」

「え? あはは、何ソレ照れるじゃん」

「今回のお返しに、久路刻が困っているときは言ってくれ。雑用でも何でも、力になる。誰かの役に立ちたいなら、人手は多い方がいいだろう?」


 暦深は目を見開いた。それから目を細め「ありがと、天宮っち」と言った。


 その後、放課後にかけて湊と暦深はふたりで様々な雑用をこなした。周りの反応を見ると、暦深は普段から手伝いをしているらしい。


(相沢が『たいがいお人好し』と言ってた理由がわかるな)


 使わなくなったストーブを体育館倉庫に運び終え、湊は教室に戻る。

 すると、暦深がひとりで縫い物をしていた。


「ああコレ? クラスの子が引っかけちゃったみたいでさ。ブラウスのボタン留めと、スカートのほつれを直してんの。本人は部活中だから、終わるまでに何とかしたくて」

「へえ、器用なんだな。そういえば昨日も、弁当の中身を零したクラスメイトのしみ抜きをしてた。手際が良かったぞ。久路刻は家事スキルが高いんだな」

「いやあ、それほどでも」


 口では謙遜する暦深だったが、横顔はあまり嬉しそうでなかった。もしかして好きでやっているわけではないのか、と湊は思う。


「久路刻、手伝おう。この部分のほつれを縫えばいいんだな?」

「そうだけど、え? 天宮っち、もしかして素で言ってる? それスカートだよ?」

「俺の師匠が野性味溢れる女性でな。あっちこっち服を破いていたんだ。それを繕ってたら、慣れた」


 暦深は口をあんぐりと開けて、言葉を失っていた。


「さっさと直そう」


 そう言って湊がスカートに手を伸ばしたとき、暦深はがばっと自分の手元にスカートをたぐり寄せた。


「これはあたしがやるから。頼まれたの、あたしだし」

「久路刻?」

「いいから、大丈夫!」


 強い口調で言われ、湊は目を瞬かせた。

 直後、暦深がハッとする。


「ご、ごめん、天宮っち。大きな声出して。ホント、大丈夫だから」

「いや、それは構わないが」

「あ! 天宮っちの袖ボタン! よく見たら緩んでるんじゃん。さっき荷物を運んでたときに引っかけたのかな。もー、仕方ないなあ。ついでに直してあげるよ。ほら遠慮しないで」


 そう言って、暦深は立ち上がる。

 だが、慌てていたためか爪先を机の脚に引っかける。


「きゃっ!?」

「おっと」


 湊は咄嗟に抱き留める。


「大丈夫か」

「えへへ。ごめんね、何度も。お恥ずかしい」


 曖昧な笑みで応える暦深に、湊は肩の力を抜く。

 そのとき、気付いた。

 抱き留めた拍子に、彼女の胸元がさらに開いていた。大きな胸の谷間に、ぽつんと小さなホクロが隠れているのを見たのだ。


 湊は目を見開く。無意識に、暦深の肩を抱く手に力が入った。わずかに暦深が眉をひそめる。


「ちょ、天宮っち。力、強いよ」

「久路刻は――ホクロの君なのか?」

「え?」


 姿勢を正した暦深は、胸元を直しながら言った。


「ホクロの君って、何のこと?」

「あ、いや。すまん、何でもない。こちらのことだ、忘れてくれ」


 慌てて誤魔化す。


(馬鹿、何を口走っている。ホクロの君かと聞いたところで、今の久路刻に答えられるはずがないだろう)


 しかし――と、湊は暦深を見る。

 まさか本当に、久路刻暦深がホクロの君なのか?

 にわかには信じられない。

 記憶にある彼女は衰弱しきっていた。身なりもボロボロで、湊と同じく孤独だった。

 一方、目の前にいる暦深は身なりも言動も明るく社交的だ。とてもホクロの君と同一人物とは思えない。


 これは、偶然の一致なのか。

 それとも、わずか1年の間で彼女の身に大きな変化が起こるというのか。

 見届ける必要があると湊は思った。


 それだけではない。元プロゲーマーとしての観察眼が、暦深の強がりを見抜いていた。彼女は、人に言えない何かを抱えているはずだ。自分と同じように。


 暦深は、こんな自分にも気さくに声をかけてくれたクラスメイトだ。ホクロの君の件が思い違いだったとしても、彼女とは仲良くしていきたい。

 これまでは航平の目があるので遠慮してきたが、幼馴染みに親友ができても構わないはずだ。


「久路刻、改めて言わせてくれ」

「な、なに?」

「誰かの役に立ちたいってお前の気持ち、俺は応援する。俺はきっと力になれる。だから、思い詰める前に相談してくれると嬉しい」

「天宮っち……」

「挫折はしたが、これでもプロチームを率いていたんだ。互いの長所短所を踏まえたサポートは任せて欲しい」


 胸を叩くと、暦深は堪えきれないと言った様子で笑いだした。湊も微笑む。彼女が浮かべた表情は、緊張のほどけた良い顔だったからだ。


 それから手分けして服の修繕を終えると、暦深は「あたしはここでクラスメイトを待ってるよ」と言った。湊は頷き、教室を後にした。



◆◆◆



「ごめんね暦深、遅れちゃった!」

「ううん、大丈夫。はい、これ。直しておいたよ」

「おお、ありがとう! すご、カンペキじゃん。さすが暦深――って、あれ?」


 少しガサツな印象のクラスメイトは、暦深の顔を見て首を傾げた。


「どしたん? 顔、赤いけど」

「え? ううん、何でもない。励まされて嬉しかっただけ」

「あ、もしかして相沢君? 相変わらず仲いいよね、あんたたち」

「あー、うん。そんなとこ」


(ホントはこーへーくんじゃなくて、天宮っちのせいなんだけどね)


 暦深は曖昧に笑って、メッシュの入った前髪を撫でた。


(あのセリフはズルいよ、天宮っち……)



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