第3話 湊、猫耳パーカー娘の定期券を拾って、ついでにギャルと長髪少女ともフラグを立てる件


若葉台わかばだいー、若葉台ー。塩山しおやま線、備福びふく線はお乗り換えです』


 最寄り駅に到着した。

 ホームに降り立った湊は、一度立ち止まって大きく深呼吸してから、改札へ向かう。


 若葉台駅は郊外ベッドタウンの窓口なので、それなりに大きな駅だ。

 今日は平日ながら、人が多い。春休みの最後を満喫するためなのか、湊と同年代の若者が目立っていた。


 ぱたん、と何かが落ちる音がした。昔取った杵柄で、雑踏の中でも湊の耳は異音に敏感だった。


 床に定期券入れが落ちている。あやうくスーツ姿の男性に踏まれそうになるところを拾い上げ、顔を上げる。

 すると、ちょうど前方に3人組の少女たちが見えた。一番小柄なひとりが、カバンやポケットを慌てた様子で探っている。


「落としましたよ」

「は、はひっ!?」


 湊が声をかけると、小柄な少女は肩を震わせて振り返った。

 サブカル趣味があるのか、可愛らしい猫耳パーカーを着ている。フードを目深に被っているのに、さらに前髪まで長く伸ばしていて、表情はほとんどわからなかった。


 猫耳少女の隣には、彼女と正反対な雰囲気の派手なギャルが怪訝そうに湊を見ている。まだ4月で少し寒いのに、肌を大胆に見せる格好だ。横を通り過ぎる男性がちらちらと彼女――主に胸――へ視線をやっていた。だが湊は胸の大きさよりも、彼女が前髪の一房だけメッシュを入れていることが気になっていた。


 残った3人目の少女は、一番背が高かった。手足も長く、モデルのような体型である。背中まである滑らかな長髪にミリタリー調のカジュアルな服がよく似合っていた。どことなく、師匠に似ていると湊は思った。

 彼女は湊に興味を示さず、つまらなそうにしている。


「あ、それ。私の定期……」


 猫耳少女が湊の手元を見て、ホッと息を吐く。目元が前髪で隠れていても、こちらを油断なく伺っている様子が伝わってくる。

 まるで餌を前にして警戒MAXの小動物のようだ。


「拾ってくださって、ありがとうございます」


 消え入りそうな声ながら、礼儀正しく猫耳少女は言った。定期入れに手を伸ばす。

 ところが、湊はなかなか定期入れを手放さなかった。じっと猫耳少女の顔を見る。


 途端、彼女は狼狽えだした。どういうわけか周りを見渡し、フードを片手でギュッと握りしめる。

「もしかして、バレてる?」という呟きが聞こえてきた。


 無意識に見つめていたことに気づき、今度は湊が慌てた。


「ああ、すまない。困らせるつもりはなかったんだ。ただ、その。大事な……知り合いと、雰囲気が似ていたもので」


 定期入れを手放す。その手で頭を掻いた。


 ホクロの君の姿はぼんやりとしか思い出せない。ただ、猫耳少女の気弱で儚げな雰囲気がホクロの君を彷彿とさせたのだ。


(雰囲気だけならどうとでも言える。いくら何でも、タイムリープしたその日に再会するなんて都合のいいことはないだろう)


 それに、ホクロの君と出会うのは1年後。今日の段階で向こうは湊を知らないのだ。『君はホクロの君ですか?』なんて聞けるわけがない。


 ふと、猫耳少女との間に長髪少女が割り込んできた。鋭い目で睨みながら、片手を湊の首に伸ばしてくる。


「……ナンパ?」


 口数少なく有無を言わさない迫力があった。長髪少女の指先が、湊の頸動脈と喉元に触れる。


「……13、……14。脈と呼吸がやや速い。お前、何か隠しているだろう」


 どうやら、湊の呼吸と脈を測っていたようだ。

 変わった子だと思いながら、湊は両手を挙げる。


「ナンパじゃないし、隠してもない。純粋に親切心だ。だから首はやめてくれ。君みたいに鍛えてる・・・・人間に握りつぶされたらたまらない」


 長髪少女が少しだけ驚いた表情をした。


「……よくわかったな」

「指先の皮膚の厚さや筋肉の付き方が、完全にそっち系だろう」

「ふうん」


 手が離れる。少し不躾だったかと湊は思ったが、長髪少女は気を悪くした様子はなかった。


「はいはーい。ツンケンするのはそこまで、そこまで」


 長髪少女の背中を押し、代わりにギャルが前に出てくる。にこやかに笑いながら、湊に言った。


「友達の定期、拾ってくれてありがと。これから遊びに行くのに、落とし物なんて萎え萎えだったからさ」


 けど、とギャルはネイルをした指を突きつけた。


「さっきのはちょっとデリカシーがないぞ? 初対面の女の子に言う台詞じゃなくないかな?」

「デリカシー、なかったか?」


 ピンと来ずに首を傾げる湊。「こりゃ重症ですなあ」とさして深刻に思ってなさそうな顔でギャルは頷いた。

 そんな少女たちを、後ろから猫耳少女が引っ張る。


「ねえ、そろそろ行きましょう。待たせたら航平君に怒られます」

「気にしなくていいのに。それじゃあ親切なノーデリカシー君。またね」


 ギャルが手を振り、猫耳少女が小さくお辞儀をし、長髪少女はさっさと背を向けて、歩き去っていく。

 3人とも人目を引く美人だったためか、何人かの通行人が「あんな子たちと知り合いなんて羨ましい」と湊を見た。だが、湊はまったく別のことを考えていた。


「個性的な組み合わせだったな。ああいう方が、逆に友達付き合いは上手くいくのかもしれない」


 これからの参考にさせてもらおう――そう思いながら、湊は別の方向に歩き出した。



◆◆◆



「おーい、遅いぞ」

「ごめーん、こーへーくん」


 コンビニの前で待っていた青年が、3人組の美少女を見るなり不機嫌そうに顔をしかめた。

 この4人で、春休み最後の休みを楽しむ約束をしているのだ。


「明日からあたしたちも高校生かー。楽しみだね、こーへーくん」

「俺はお前たちがいれば十分だよ」


 まるで小説の主人公のような台詞を口にする青年。


「暦深、鋭理、福音。俺たち幼馴染み4人、高校でも一緒につるんでいこうぜ。お前ら個性的すぎて、俺がいないと危なっかしいからな。まとめて面倒見てやるから、感謝しろよ?」

「……。あはは、手厳しいなあ」

「ん? 鋭理、どうした。さっきからじっと手なんか見て」

「いや、別に。良い血管の張りだったなと」

「なんだそりゃ。相変わらずわけわかんねー。ま、いいけど。おーい福音、のんびり歩いてたら置いてくぞー。つうか、猫耳パーカーって。普段はもっと地味なの着てただろ」

「ご、ごめんなさい。顔隠せるものが今日はこれしかなくて」

「まったく、ビビりすぎだっての。やっぱ高校でも俺がいなきゃ駄目だな」


 機嫌良さそうに笑う青年の後を、3人の少女たちは各々の表情を浮かべてついていくのだった。


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