森色書房

森谷はなね

ゆめ

 夢の中の話だったと思う。たしかわたしは夜に道路のど真ん中を歩いていて、その隣にはひとりの男の子がいた。森が近く暗い茂みが多い、車が一台も通らないそこで、わたしたちは月のない星の綺麗な夜空を見上げながらしゃべっていたんだ。


「永遠なんてないんだよ、きっと」


 暗くて顔がよく見えないその男の子が、ぽつりとつぶやいた。細く小さく開かれた口からこぼれたそれは、なにげないようでいてとても悲しい言葉だった。


 真顔を崩さずに遠くを眺める彼は、こんなに近くにいるのに最初から遠く離れた場所にいる人なんじゃないかと錯覚してしまうほど、現実味がなかった。見つめる先は果てしない宇宙や真っ暗な道路の遥か向こう、わたしには見通すことなんて困難なものなのかなと勝手に想像する。


「そうかもしれないね」


 気の利いた言葉を言うなんて微塵も考えないわたしは、その言葉を肯定した。きみがそう言うなら、間違ってないよ。頭の中でも、心の底でも、強くそう思った。そんなわたしを見下ろしてふと息をつくと、細い手首を自分の頭上にかざして彼は笑った。


「うん、それでも、この気持ちだけは……人間が持ち続ける尊いものなんだと思う」


 その言葉の意味がいまいち理解できなくて、彼を見つめながら右側にこてりと首をかしげると、彼は笑みを深めてわたしの頭をなでた。細くて骨ばった手の感触がなんだか泣きたくなるくらい懐かしくて、わたしは目をそらした。


「わたし、■■の考えてることがわかんないよ」

「俺もわかんないよ」


 わかんない、の響きが突き放されたように感じて、きゅうと胸が痛む。傷ついたわけじゃないのに悲しくなった自分勝手なわたしを察してか、彼は静かに語りかけた。


「だから、これからも話そう。まだお互いの知らないところたくさんあるだろ」


 幼い妹を諭すような口調で伝えられた言葉の発音はやわらかい。話すことでわかりあえると信じる彼を信じたくて、こくりとうなずく。


 すると彼がわたしの背中を両腕でさらって、ふわりと抱きしめた。突然の行動にびっくりしたはずなのに、言いようのない安心感が勝ってされるがままになる。


「……また、来て。待ってるから……」


 その言葉を聞いた瞬間、彼の体温も夜道の端々にきらめく星も立っているはずの地面も、すべてがぐにゃりと歪んで身体が脱力した。呼吸も忘れて視界の情報を処理しようとする。彼から離れたくなかったのに、なにごとかによって徐々に距離があいていく。その様子を見たくなくて、ぎゅっと強く目をつむった。



 まばゆい光と機械的な音に意識をさらわれて目を開けると、そこは自分の部屋だった。目覚まし時計の音とともに迎えるはずの、いつも通りのありきたりな、朝。相変わらず寝相が悪くて毛布がベッドからずり落ちている。それを直そうともせず、目をあけたまま、しばらく呆然としていた。


 彼は夢のなかの人で、さっきの出来事も全部、夢。そのはずなのに、抱きしめられた身体の感覚が残っている。ささやかれた耳の感覚も、声色も、覚えている。


 夢の中の話なんだ、きっと。それでも、現実とのつながりがあること、彼とまた会えることを期待して生きてみたいと思った。ほんのささいな夢が、わたしの生き方を変えようとしている。力強く跳ねるように起き上がると、いつもの学校へ向かう準備を始めた。

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