家出王子はどこへ行く? ~自由気ままな逃避行の旅~

あてだよ

第1話 よし、家出しよう

「ダンタリオン王子、お誕生日、おめでとうございます!」


「「おめでとうございます!」」


 豪華絢爛を極めた王城のパーティ会場に、貴族連中や諸国からの来賓客達からの俺の誕生日を祝う声が響き渡る。


 今日は俺の誕生日であり、成人を祝う特別な日だ。


 俺は壇上に据えられた豪奢な椅子から立ち上がると、隣に控えていた執事長のブルタスから酒の入ったグラスを受け取る。

 そして、チラリと手の指にはめてある指輪型の毒検知の魔道具を確認してから、皆の声に答える様にグラスを頭上に掲げた。


「では、ダンタリオン王子のご成人を祝して! 乾杯!!」


「「乾杯!!」」


 壇上の脇に居る司会から乾杯の音頭が掛かり、それに合わせて俺は皆に率先してグラスの中の酒を飲み干した。


 お酒は久しぶりに飲むけど、なかなか美味しいな。


 ……あれ?


 今、変な事を思ったな……?


 酒を飲むのは、今日が初めてなはずだが……?


 なにか妙な疑問が頭に浮かんだが、それは足元で突如鳴ったグラスの割れる音でかき消された。


 足元を見ると、さっきまで俺が持っていたグラスが粉々に砕けて、頭上のシャンデリアから降り注ぐ光を受けキラキラと輝いているのが目に入った。


 その直後。


 俺は胸に今まで味わった事のない激痛が走り、体から力が抜け、後ろの椅子に倒れ込むように座った。



 そして、そのまま意識も途絶えたのだった。 






 酷い頭痛と共に目が覚めた。



 倦怠感も酷く、まるで酒を浴びるほど飲んた次の日の二日酔いみたいな感じだ。


 今日も仕事だというのに、なんでこんなになるまで飲んだのだろう……?


 そうだ。

 昨日は俺の誕生日パーティーが開かれ、そこで――いや、違う。


 昨日はコンビニで夕食は買ったが、平日だからと酒は買わなかったはず……


「うッ……!!」


 昨日の事を思い出そうとするとズキッと頭に痛みが走り、うめき声が口から洩れた。すると――


「ダンタリオン王子が目を覚まされたぞ!」


 ――と、間近で大声を叫ばれ、さらに酷い頭痛が頭に走った。


 だれだ?

 こいつら?


 なんで俺の部屋に――いや、彼らは俺付きの執事やメイド達だ。


 なんだこれは……?


 頭はガンガンと痛むし、混乱もひどく、記憶が混ざり合ったかの様にぐちゃぐちゃだ。

 体の方も鉛の様に重いし、あちこちが痛むし、内蔵をかき回されたみたいに気分も悪い。


 記憶の混乱が激しいが、なによりも体調が最悪すぎる。


 周囲で騒いでる人達には悪いけど、このまま二度寝しちゃおうかな……――



 ――だめだ! ここで眠ってしまってはッ!!



 俺の心が警鐘を鳴す。


 記憶の混乱はともかく、この体調不良には心当たりがあるからだ。


 おそらく、俺は毒殺されかけたのだ――




 フィアスクラース王国、王位継承権第10位、ゴルドラッシュ王家の七十一男。


 ダンタリオン・ゴルドラッシュ・フィアスクラース。


 それが俺の名前と出生と立場だ。



 俺の生まれたフィアスクラース王国は、世界でも有数の大国だ。


 四六時中、隣国の何処かに戦を仕掛けている様な、少々やんちゃな国で。

 打ち負かした国々を次々と飲み込んでは大きくなっていった、まさに覇権国家である。


 そんな大国の王子なら、なかなかに悪くない生まれじゃないかだって?


 71番目の子供なのに王位継承権が10位?という事からお気づきになられた人も多いだろう。


 フィアスクラース王国は、大国だけあって、多分に漏れず継承権争いも苛烈なのだ。


 俺が住む後宮では、毎週殺人事件が起こるミステリードラマよろしく、王位簒奪や継承権を巡る争いで事件が乱発していて。

 王位継承権1~10位以内の者は1年間での死亡率は100%!!と、まことしやかに囁かれるほどに酷い有様だ。


 俺自身は、特に何もしていないというのに、上の者達がポロポロ死んでいくので、つい先日、いつの間にか継承権第10位になってしまっていた。


 父たる国王自身も『王位を奪えるものならやってみろ』という感じの態度を隠しもしていないし、この現状を黙認し、下手すれば推奨すらしている節がある。


 恐らく、この剣と魔法が蔓延る世界では、統治者にも相応の実力が必要だという考えがあるのだろう。


 だが、それに巻き込まれる側としては、たまった物ではない。




 ――とりあえず、この状況をどうにかしなければ。


 身辺に気を付け、多少なりとも対策は取っていたにも関わらず、こんな事になるとは……


 今となっては、俺を取り囲んで心配そうに見守ってる者達も、ベッド脇に置かれている水差しの中身さえも信じられない状況だ。


 こんな危険極まりない中で意識を手放すなんてとんでもない。


「ぜ……全員、出て、いけ……」


 俺は気力を振り絞り、周りの者達に部屋から出るように命じる。


 とりあえず、一人になって少しは安全な状況を作りたい。


「皇子!? 一命は取り留めましたが、まだ危険な状態です。まだお一人にするわけには……」


「体調は、少しは良くなった……今は静かに寝たい……だけだ」


「さようでございますか……かしこまりました。ごゆっくりと静養してください。御付きの者は、かならず一人、お部屋の外と控えの間に置いておきますので、何かあれば直ぐにお声かけください」


 執事長のブルタスはそう言うと、他の者達を引き連れて部屋を出て行った。


 俺はそれを見届けてから、柔らかい枕に頭を深く沈め「ふぅ……」と一息ついた。


 なんとか言いくるめる事はできたが、頭痛と体調がひどい。


 幸い、記憶の混乱は収まってきた。


 これは『転生』だ。


 前世の日本で死んだ後、神様らしき存在に会って、この剣と魔法のファンタジーみたいな異世界に魂が送られたのだ。


 なにか役目みたいな物も課せられていたはずだが、今はそんな事はどうでもいい。

 先ずは、この体調不良を何とかしないと。


 転生に成功したという事は、アレが使える様になっているはずだ。

 なんとなくだが、使い方も分かる。



 俺が転生の特典としてもらった能力は『学生時代に遊んでいたMMORPGのキャラのシステムやデータを使える』という物にしてもらった。


 所謂、ネトゲなどと呼ばれていた物で、ああ言ったオープンワールド系のゲームはシステム的に自由度が高く、相応にキャラの持つ能力やアイテムも幅広く、様々な事が可能だった。


 なので、それらが実際に使えれば「とりあえずは生き残れるだろう」と考えたのだ。



 軽く念じると、目の前に懐かしいステータス画面が開かれた。


「やっぱり毒か……」


 体力を示すHPのステータスが残り1割を切っていて、赤く点滅している。

 尚且つ、毒を示すステータス異常アイコンも明滅し、現在進行形でジリジリとHPを削っていた。


 ステータス画面からインベントリ画面へと切り替えると、ゲーム中で使っていた各種装備や様々なアイテム類が簡略化されたアイコン表記で並んでいた。


「……たのむ……回復系のアイテムか装備……」


 転生前、最後にプレイしたのも十年近く前で、転生してからの分も合わせると二十年以上も前の事なので、どれがどのアイテムなのか詳しくは思い出せないのが痛いが……


 祈るようにインベントリ内の持ち物に目を走らせると――あった。


 俺は直感でアイテムの取り出し操作をして『エリクサー』をインベントリ内から出した。

 目の前に現れた光り輝く瓶を手に取ると、震える指で蓋を開け、その中身を呷る。


 エリクサーの効果は即座に、そして劇的に現れた。


 先程までの酷い頭痛や倦怠感がスーッと消えていき、ステータスからも毒の表示が消え、HPも瞬時に満タンまで戻った。


「ふぅ……」


 なんとかなったか。


 俺は、先程まで感じていた不安や痛みを吐き出すように息をついた。


 大して、考えも無しに『エリクサー』を飲んでしまったけど、少しもったいなかったかな……?


 アイテム的には、HPとMPとSPと死亡以外のバッドステータスを全て治すという、回復系のアイテムとしては最上位の物だったけど……


「……ま、命には代えられないよな」


 そこそこ貴重なアイテムではあるけど、99個もあったし、そこまで気にすることも無いか。


 それにしても、どれくらい気絶していたんだ?


 窓の外を見るに、既に深夜近い感じがするが……まあ、いいか。


「さてと。これで、安心して寝られ――いや、そうじゃないってば」


 助かったはいいが、これからどうするか考えないとマズい。


 昨日までは「継承権10位だぜ!ラッキー!」などと無邪気に喜んでたが、誕生日のパーティーで毒殺されかけるとか、どこのサスペンスドラマだよ。


 こんな危険な所に居られるかッ!

 俺は帰らせてもらうッッ!


 と、言って逃げられれば良いのだが、ここが俺の家なのが問題だ。


「……いや、逃げ出すのもありか?」


 俺はベッドから起き上がり、落ち着いて周囲を見回した。


 この寝かされていた豪奢なベッドも、華美に飾り付けられた部屋も、そのどれもが知っている物のはずなのに、転生前の記憶が蘇った所為か、どこか他人の物の様にも目に映った。


 この生活も捨てがたいとは思う。


 娯楽の類は21世紀の地球には及ばないが、生活環境は魔法や魔道具があるので思ったよりも先進的で快適だ。


 王族という立場も悪くはない。


 今まで贅沢三昧な生活を満喫してきたし、我儘も言いたい放題だった。


 将来は王などと大それた事は目指していなかったが、どこか適当な領地をもらって悠々自適な生活ができればいいな、なんて事も考えてはいた。


 だが、今はどうだ?


 せっかく転生できたというのに、こんな所は、まっぴらごめんである。


 国王たる父親はアレで、他国から嫁いできたという母も既に死んでいて、他の親族も毒殺を企むよう様な輩だ。


 こんな家族で骨肉の争いを繰り広げる様な所に居られるか……?



「よし……家出しよう」

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