第36話:コトコト水車と自由な風

庭に戻ると、休む間もなく組み立て作業だ。


「……いくよ」


 トトが炉から取り出したのは、四角い筒状に加工した真っ赤な鉄の部品だ。


 丸太の先端も、それに合わせて四角く削り出してある。


「丸いままだと、ダメなの?」


 私が聞くと、トトは首を振った。


「……丸だと、滑る。水車の力は、強いから」


 なるほど。数百キロの水車が回る力は凄まじい。円形のままだと中で木が空回りしてしまうから、ガッチリ噛み合う「四角」にするんだ。


「モコ、押さえてて!」


「うんっ!」


 モコが丸太を抱え込むようにして固定する。


 トトが四角い鉄のキャップを先端にはめ込む。さすがに人力では入らないキツさだ。


「……入れる」


 トトが大きな木槌(カケヤ)を振り下ろした。


 ガァン!! ガァン!!


 重たい音が響き、鉄のキャップが木の繊維をミシミシと言わせながら強引に食い込んでいく。


 さらにトトは、鉄と木の隙間に、鋭く尖らせた鉄片――「楔(くさび)」を打ち込んだ。


 キン! キン!


「……生木は、乾くと縮む。でも、これなら緩んでも締め直せる」


 四角い形状による回転防止と、楔による物理固定。メンテナンス性まで考えられた、職人ならではの結合だ。


 こうして、無骨な丸太の両端が黒光りする鉄の鎧(よろい)で覆われた、ハイブリッド軸が完成した。



  † † †


 でも、これで終わりじゃない。水を受ける「羽根」が必要だ。


「ピコ、板!」


「了解!」


 私は残っていた端材(はざい)に風魔法を走らせ、同じ大きさの長方形の板を何枚も切り出した。


 トトがノミを使って、丸太の側面にザクザクと溝を掘っていく。そこへ切り出した板を直接差し込み、長い釘でガッチリと固定する。


 おしゃれな車輪型を作る余裕はない。丸太から直接、何枚もの板が生えているような、ブラシのような見た目だ。


「……不格好だけど、頑丈」


「いいのよ。回れば、回れば!」


 完成した重厚な水車を、三人掛かりで川岸へと転がしていく。


 さて、ここからが難関だ。この重たい水車を支える「土台」が川の中に必要なのだ。


 悠長に石を積んでいる暇はない。


「モコ、おねがい!」


「まかせて!」


 モコが私の太ももくらいある太い木の杭(くい)を両手に抱え、川の中へとジャブジャブ入っていく。


 そして、モコが杭の頭に手を置いた。


「ここだね……ふんっ!」


 ズズズズズ……ッ!!


 異様な音が響いた。  叩いたのではない。モコが体重をかけながら腕に力を込めると、太い杭がまるで泥に沈むように、川底の岩盤を押しのけてメリメリと沈んでいったのだ。


「……さ、さすがバカ力ね…」


 ピコがボソリと呟く。


 対岸にも同じように杭を打ち込み、高さを調整する。その杭の頂点に、トト特製の「鉄の軸受」を釘で打ち付ければ、即席ながら最強の土台の完成だ。


「仕上げは、これ」


 トトが軸受の窪みに、ねっとりとした脂(グリス)をたっぷりと塗りたくる。


 そこへ、あの重たいハイブリッド軸を慎重に下ろした。


 先端の鉄軸が、受け側の鉄の窪みにピタリと噛み合う。


 ヌルッ。


 数百キロはあるはずの軸が、まるで吸い込まれるように軸受に収まった。


 金属と金属の間に油膜ができ、重さを感じさせない不思議な浮遊感がある。


「……準備、完了」


 トトが頷く。


 軸には、ふいごを動かすためのクランク棒も接続済みだ。


 私は、水をせき止めていた木の板に手をかけた。


「いくよ……! 放水!」


 板を引き抜く。ドッと流れ込んだ水が、水車の羽を叩いた。


 バシャァッ!


 水しぶきが上がる。巨大な水車が、ゆっくりと動き出した。


 ギギ……ではなく。


 コト……コト……。


「えっ?」


 耳を疑った。


 以前、木製の水車を作ろうとした時は「バキバキ」「ギシギシ」と悲鳴を上げたはずなのに。


 今は、低く、腹に響くような静かな音しかしない。


 コト……コト……コト……。


 まるで巨大な心臓が脈打つような、安定したリズム。


 油を纏(まと)った鉄の軸は、重たい水車を軽々と、そして滑らかに回し続けている。


 そして、その回転はクランクを通じてふいごへと伝わる。


 シュー、シュー。  シュー、シュー。


 規則正しい風の音が重なる。


 無人のふいごが、まるで生きているかのように呼吸を始めたのだ。


「うわぁぁ……! 回ってる……勝手に動いてるよぉ!」


 モコが目を輝かせて飛び跳ねた。


「これで……もう退屈なパタパタをしなくていいんだね! モコ、遊んでていいんだね!?」


「ええ。これからは、この川がモコの代わりに働いてくれるのよ」


 ピコが回る水車を見上げ、呆然と呟いた。


「見てるだけで怖いくらい便利ね。……これが文明ってやつなの?」


「……ん。大成功」


 トトが珍しく、満面の笑みでピースサインをした。


 コト、コト、シュー、シュー。


 川のせせらぎに混じって、規則正しい機械の音が響く。


 それは、この森に新しい産業が生まれた産声のように、力強く響き渡るのだった……。

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