#987探偵事務所
Lutharia
オー・シャテーニュ
ところで、身の回りになにやら、おかしな出来事があると思いませんか?
いつも使っているコップから、際限なく水が溢れてきたり。
ピザがいつもより硬いと思ったら、それが紙粘土だったり。
犬がニャアと鳴き、猫がワンと笑ったように聞こえたり。
あるいは、なくしてしまったネックレスを数週間探していたのに、結局自分が着用したままにしていた、だとか。
または───ちょっと、見知らぬ人を見かけませんでしたか?
あの、ピンク色の髪をした女の子のことです。シャーロック・ホームズのコスプレをした───そうそう。
は、走っていきましたか。どちらへ?
ああ〜、あっちに。わかりました。ありがとうございます。
ん?ああ、なんで彼女を追っているか、?えっと、秘密です。すみません、ありがとうございました!
──────
私が、店頭のブラックボードにメニューを書いていたときであった。
「…かっ、匿って!!十ユーロ出す。十五までなら出せる!だからさ、お願い、
突然のことだ。店を構えて以来こんな事は初めてだったのだが、まさか、戯曲やらなんやらのように、女性に“匿ってくれ”だなんて申し出られるとは。
「こちらへ。お代は結構。」
「
カフェ・
シャテーニュ通りの朝は静かだ。開けた通りに白を基調とした石造りの建物。シャンゼリゼと違って静かなのはいいことだが、お店は見たところ、私と、いくつかの八百屋しかやっていない。つまりはお客も少なく───赤字経営も、悪くはない。
だからこそ、サービスは熱心に尽くそうと思っているのだ。紳士たるもの、やはりこういう時はレディに優しく。
彼女はすぐさまカフェの裏方に駆け込んだ。私はまた一人を救った。
ということは、次に来たるは悪漢である。
心構えをしておかねば───メガネと前髪を整え、胸を張って、店頭の椅子に座ると、程なくして、背高のスーツの、金髪の男がやってきたものだ。ただ、礼儀正しく、あまり悪そうな顔には見えない。まあ、こういうハンサムな男が彼女に暴力を振るう、なんてことはよくあるストーリーかもしれない。
──────
私は明るく彼に手を振って、店に入り、Closeの看板を下ろして、ドアを閉めた。からんからんとベルが鳴る。
「行きましたよ。」
ひょこっ、と顔を出す彼女は、胸をなで下ろしたようで、崩れるように床に座り込んだ。
まだまだ幼すぎる。一人でここらを歩くには危険だ。
「…た、助かりました。」
「彼氏さんかい?」
「いや、違くて!えっと、えっと…」
「無理に答えなくても大丈夫。」
どもどもと何やら焦っている彼女を制止する。あまり問い詰めるのも失礼なことだ。
「お好みのコーヒーは?」
「ら、ラテ…です…。」
………
「ごゆっくり。」
エスプレッソを炊き、温かい牛乳とたっぷり混ぜる温かい飲み物。値段に含まれるのは光熱費と高騰した豆代、
「お、おいしい〜…」
「やっぱりフランス人のカフェはおいしいや。」
すっかり安心したようである。
茶色のタータンチェックのインバネスコート、千鳥格子の鹿追帽。
「さながら、シャーロック・ホームズですね。」
「そそ、探偵なんだ。探偵っていうか───って、」
彼女は立ち上がり、テーブルから顔を乗り上げる。どしん。と、手をそこに突っ伏して。帽子が机の横に落ちた。
気迫に押されるように、私は椅子を少し引いた。
「理由は言えないけど、命を狙われてるから、匿ってほしいの!」
「私、このままじゃ消されちゃうんだよ!!」
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