砂漠の虐殺ショーと、ラグドール物理

2003年、イラク某所。

 午後二時の太陽は、空というキャンバスに叩きつけられた白熱灯のように、無慈悲な光量を地上に注いでいた。

 気温50度。

 地表から立ち上る陽炎が、遠くの油田の櫓(やぐら)をユラユラと歪ませている。

 吸い込む空気は熱湯のように肺を焼き、混じり合う砂塵と重油の臭いが、鼻の奥に粘り着く。

 だが、俺がいる場所は別世界だ。

 装甲指揮車両(コマンド・ビークル)の内部。

 強力なエアコンが唸り声を上げ、室温は快適な二二度に保たれている。

 革張りのシート。冷えたミネラルウォーター。そして、最高級のハバナ葉巻の紫煙。

「……で、ミスター・オニカワラ。御社の『商品』は、本当に戦局を変えられるのかね?」

 向かいに座る男が、疑わしげな目で俺を見た。

 この国の将軍だ。軍服には勲章がジャラジャラとついているが、その腹は贅肉で膨れ上がり、目には敗走続きの焦りが滲んでいる。

 安っぽいコロンの匂いが、葉巻の香りを邪魔して不快だ。

 俺は葉巻の灰をクリスタルガラスの灰皿に落とし、ニヤリと笑った。

 鬼瓦鉄治、28歳。

 見た目は屈強な傭兵だが、中身は還暦近い元ヤクザだ。仁義なき戦い世代の俺にとって、この程度のハッタリは朝飯前だ。

「将軍。あんたの軍隊は古いんだよ」

 俺はモニターを指差した。

「兵士に飯を食わせ、訓練し、士気を上げる? 効率が悪すぎる。人間ってのは、恐怖を感じるし、裏切るし、死んだら遺族年金がかかる。……コスパ最悪の兵器だ」

「な、なんだと?」

「俺の商品は違う。恐怖も感じなけりゃ、飯も食わねえ。文句も言わずに敵をミンチにする」

 俺は手元のコンソールにある、赤いボタンに指をかけた。

 小指がない。

 前世で詰めた指だ。この世界に転生した時は五本揃っていたが、俺は一八歳の時に自ら包丁で切り落とした。

 「ケジメ」じゃない。自分への戒めだ。

 二度と、誰かの下っ端にはならねえという誓いだ。

「開演だ。よく見てな」

 俺はボタンを押した。

 車両の外で、低い羽音が響き渡った。

 ブォォォォォン……。

 それは、巨大な蜂の群れが移動するような、生理的な不快感を伴う重低音だった。

 モニターに、上空からの映像が映し出される。

 解像度4K。

 荒野を走る敵対勢力のコンボイ(車列)が見える。ピックアップトラックの荷台に機銃を乗せ、ターバンを巻いた男たちが何か叫んでいる。

 次の瞬間。

 空が「黒く」なった。

 俺たちの後方に展開していたトレーラーから射出された、五500機の小型攻撃ドローン『オーガ・フライ』。

 博士(ハカセ)が開発した、自律思考型殺戮兵器だ。

 一機あたりのコストはスマホ一台分。だが、その胴体には成形炸薬弾と、悪意の塊のようなAIが搭載されている。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 ドローン群が急降下を開始する。

 その動きは、鳥や飛行機のような滑らかなものではない。

 カク、カク、と座標を瞬間移動するような、この世界の物理演算の隙間を縫うような異質な機動。

 敵の機銃掃射が空を切る。当たるわけがない。

 ドローンは正確に、トラックのエンジン部分と、人間の頭部に吸い込まれていく。

 ドォォン! ガガガッ! パンッ!

 爆発音が、防音ガラス越しに鈍く響く。

 モニターの中では、一方的な蹂躙が行われていた。

 トラックが爆発し、炎上する。

 兵士たちが吹き飛ばされる。

「……おお、すごい」

 将軍が身を乗り出す。

「なんと正確な……! これなら勝てるぞ!」

 俺は冷めた目でモニターを見つめていた。

 俺が気になったのは、戦果ではない。

 吹き飛ばされた兵士たちの「飛び方」だ。

 爆風を受けた兵士の体が、空中に舞う。

 その挙動が、おかしい。

 関節があらぬ方向に曲がり、まるで骨が入っていない布人形のように、手足がブラブラと揺れながら飛んでいく。

 そして、地面に落ちた瞬間、バウンドもせずにペタリと張り付く。

 『ラグドール物理』。

 博士が言っていた言葉を思い出す。

 『この世界の物理エンジンは手抜きだ。死体になった瞬間、重さの計算が適当になるんだよ。まるで昔の洋ゲーみたいにな』

 俺は吐き気をこらえ、煙を吸い込んだ。

 グロテスクだ。

 血は赤い。内臓も飛び散る。

 だが、そこに「命の重さ」がない。

 テクスチャの貼られた肉塊が、プログラム通りに処理(デリート)されているだけに見える。

 これが、俺たちが支配しようとしている世界の正体か。

 偽物の命。偽物の戦争。

「……くだらねえ」

 俺は呟いた。

 前世のヤクザの抗争の方が、よほどヒリヒリした。ドスで刺した時の骨の手応え、チャカを弾いた時の硝煙の匂い。そこには「生きるか死ぬか」の熱があった。

 だが、これはなんだ?

 エアコンの効いた部屋で、クリック一つで人を殺す。

 まるで事務作業だ。

「気に入ったかね、将軍?」

 俺は営業スマイル(ヤクザの脅し顔)を作って振り返った。

「ああ! 契約だ! すぐに全軍に配備したい!」

 将軍は興奮して、俺の手を握りしめてきた。その手は脂汗で湿っていた。

「毎度あり。……代金は、油田の採掘権で頼むぜ」

 俺は将軍の手を振りほどいた。

 戦闘は三分で終了した。

 敵は全滅。こちらの損害は、ドローン20機(経費100万円程度)。

 圧倒的なコストパフォーマンスだ。

 俺は車両のドアを開け、外に出た。

 ムッとする熱気が襲ってくる。

 焦げたゴムと、焼けた肉の匂いが風に乗って漂ってきた。

 俺は砂漠の砂を蹴り上げた。

 サラサラとした砂。

 博士によれば、この砂一粒一粒のデータも、拡大すると同じパターンの繰り返しらしい。

「鬼瓦社長」

 部下の傭兵が近づいてきた。元デルタフォースの屈強な男だが、俺の前では直立不動だ。

「生存者の確認はどうしますか? 捕虜にしますか?」

「いらねえよ」

 俺は葉巻を砂に捨て、靴底で踏み消した。

「飯代がかかるだけだ。……処理しろ」

「イエッサー」

 部下が去っていく。

 パン、パン、という乾いた銃声が響く。

 俺は空を見上げた。

 どこまでも青く、雲ひとつない空。

 その完璧すぎる青さが、俺には巨大なブルースクリーンのように見えた。

 俺のやっていることは、戦争ですらない。

 バグった世界の「掃除」だ。

 不要なデータを消して、G20という新しいOSをインストールするための地ならし。

 ポケットの中で携帯が震えた。

 東京の麗子からだ。

『お疲れ様、鉄ちゃん。……中東の掃除は終わった?』

「ああ。綺麗なもんだ。ペンペン草も生えねえよ」

『よかった。じゃあ、次は「心」の掃除ね。マリアちゃんが待ってるわ』

「へいへい」

 俺は電話を切った。

 次は宗教か。

 暴力で体を支配し、宗教で心を支配する。

 ヤクザの手口そのまんまだ。

 

 俺は、燃え上がる敵のトラックを背に、再び冷房の効いた車内へと戻った。

 ドアが閉まる瞬間、砂漠の熱気が遮断される。

 その静寂こそが、俺が手に入れた「安楽な老後」への特等席だった

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