帝都へ

 一通り本を読み終えると、この世界には魔術と呼ばれる概念が存在するらしいということがわかった。まだそれがどのような理屈で成り立ち、どんな能力を発揮するのかまでは理解できていない。しかし、本の内容から察するに、この世界において魔術は空気のように当たり前で、生活の基盤となる技術でもあるようだった。

 その証拠に、読んだ本にはページをめくるたびに魔術という語が登場し、生活・歴史・技術のいずれにおいてもそれが深く関わっていることが読み取れた。だが、ノヴァは疑問も抱く。


「これほど体系立った論文が存在するのに、実際の世界はそこまで発展していないのはなぜだろう?」


 という疑問だ。

 もちろん、その理由をノヴァは知らない。自分がまだこの世界に生まれて二年も経っておらず、ここが帝国の最果ての辺境であることも、帝都はその何倍も発展していることも知らなかった。

 たった数冊の本を読んだだけで知識を得た気になっていたが、ノヴァはまだ無知な赤子に過ぎなかった。

 それから月日が流れ、ノヴァは三歳程度まで成長した。この頃になると、ノヴァの異常なほど発達した振る舞いや、理解力の高さにも、両親はすっかり慣れきっていた。最初こそ驚きの連続だったが、今では「そういう子なのだ」と納得してしまっている様子だ。

 仕事にひと段落ついたらしい両親が、読書に集中していたノヴァのもとへと近づいてきた。


「今度、帝都に行ってみない?」

「今読んでる本より、もっとすごい本があるかもしれないぞ?」


 その提案を耳にした瞬間、ノヴァの胸が弾んだ。目をキラキラと輝かせ、期待に満ちた顔で両親を見上げる。


「え! 行きたい!」


 それは、ノヴァがこの世界で初めて口にした言葉だった。両親はあまりにも自然に口を開いたノヴァに驚き、顎が外れそうなほどぽかんと口を開けたまま固まってしまう。

 今までノヴァが言葉を口にしなかったのは、ただ単に話す必要がなかったからだということなど、両親にとっては知る由もない。


「父さん? 母さん?」


 問いかけると、両親はまるで呪縛が解けたようにハッと動き出した。


「そうね! 喜んでくれてよかったわ」

「お前、しゃべれるならもっと早くしゃべってくれよ!」

「そうよ! 本当に心配したんだからね!」

「でも、話す必要がないと思って……」

「必要がなくても話してくれないと、私たちが心配するの!」

「わかったよ……」


 こうしてささやかな騒動はあったものの、帝都に行くことが決まった。

 もちろん、辺境の村から帝都までは果てしなく遠く、一泊二日で行って帰るなど到底できない。数日間滞在することが前提となる。

 そうと決まればノヴァは、自分の部屋でガタガタと準備を始めた。知能が高いはずのノヴァではあるが、こういうときだけは年相応の幼さを見せる。


 数日暮らすための最低限の日用品と、旅のお供となる娯楽。つまり大量の本をとりあえずリュックに詰め込むと、満足げに両親の待つ外へと飛び出した。


「リュックの中、パンパンじゃない!」


 必要最低限と言いつつ、ノヴァにとって書籍はすべて必要だったため、日用品より本の方が圧倒的に多いというありさまだった。それに整理整頓が甘いうえ、勢いで荷物を詰め込んだためリュックは膨れ上がっていた。

 母は呆れたようにため息をつくと、リュックの中身をすべて広げ、驚くほどの手際で整頓し始めた。

 その手の動きは迷いがなく、魔術でも使っているかのように素早い。気がつけば、さっきまで破裂寸前だったリュックは嘘のようにすっきりとし、日用品も本も綺麗に収められていた。

 ノヴァは感動したと同時に、この技術をぜひ覚えたいと思った。

 馬車で数時間移動し、太陽が南中する頃、ようやく帝都の入り口が見えてきた。都会に近づけば景色が急変すると思っていたノヴァだが、実際には村を離れるごとに少しずつ建物が増え、道が整えられ、文明度が段階的に上がっていくように見えた。

 その変化を眺めるのがあまりに面白く、ノヴァは馬車の中で一度も本を開かなかった。

 気づけば、すでに帝都の中にいた。まるでアハ体験のようだった。

 帝都は辺境の村とは比べ物にならないほど発展していた。固く舗装されたコンクリートの道。歩道には整った間隔でおしゃれな街灯が立ち並び、空気そのものに活気が満ちている。

 街灯は火を灯している様子はなく、どうやって光っているのか一瞬不思議に思ったが、十中八九、魔術か魔術由来の技術が使われているのだろうと想像できた。


「ほら、帝都についたわよ?」

「それにしても、朝ちゃんと食べてきたはずなのに腹が減ったな~。先に飯を食いに行くか!」


 ノヴァは本当は図書館へ行きたかったが、今は空腹と両親の希望を優先し、食事をとることにした。

 近場の馬車置き場に馬車を預け、帝都でも評判の良い、値段も手頃な飲食店へと向かった。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「三名です」

「ご案内いたします」


 店内は華やかな装飾に包まれながらも、落ち着いた雰囲気がある。これで高級店ではないというのが信じられないほどだ。

 照明は強く明るい光を放っていた。最初は天窓からの太陽光かと思ったが、窓がないためそれはあり得ない。天井に取り付けられた奇妙な形をした物体が光源だと気づき、また魔術の存在を意識する。

 席に着いてしばらくすると、料理が次々に並べられた。両親が何を頼んだのかは聞いていなかったが、皿の上の料理はどれも食欲をそそる香りと色彩でノヴァを惹きつけた。

 図書館に行きたい気持ちも、一瞬で吹き飛んでしまった。

 三人でフォークとナイフを動かし、料理を味わう。村で食べたどんな料理よりも美味しく、ノヴァは思わず目を細めた。

 可能であれば、このまま村へ戻らず帝都で暮らしたい。そう思ってしまうほどだった。

 だが時間は必ず進む。帝都で過ごせる日々にも、いずれ終わりが来る。それまでの間、ノヴァはこの刺激に満ちた世界を、全力で楽しむつもりでいた。

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