第8話 ダンジョン攻略開始。トラップの配線図が丸見えなんですが

「ここがバルガス近郊で最大のダンジョン、『常闇の地下迷宮』か」


俺とフィオは、巨大な洞窟の入り口に立っていた。

辺境伯から屋敷をもらい、リフォームも一通り済ませた数日後。

俺たちは冒険者としての初仕事――という名の、資材調達に来ていた。


「タクミさん、本当に二人だけで大丈夫でしょうか? ここはCランク以上のパーティ推奨ですよ?」


フィオが不安げに愛用の弓(俺が弦と滑車を改造して威力を倍増させたコンパウンドボウ仕様)を握りしめている。

周囲には、フルプレートの騎士や魔法使いを連れた5~6人のパーティがたむろしており、軽装の俺たちを「自殺志願者か?」という目で見ている。


「問題ない。それに、今回の目的は戦闘じゃない。我が家のセキュリティ強化に必要な『感知センサー用の魔石』と、風呂場の拡張に使う『耐水レンガ』の素材採取だ」


「……相変わらず、目的が家庭的すぎます」


俺たちは暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。

松明はいらない。俺が作った携帯用の魔導ランタン(LED並みの光量)がある。


洞窟に入った瞬間、俺はスキルを発動させた。


『構造解析(アナライズ)』――対象:ダンジョン全域。


視界が一変する。

湿った岩肌や暗闇が消え失せ、青白いワイヤーフレームで構成された3Dマップが脳内に展開される。

壁の厚み、通路の勾配、地下水の流れ。

そして何より――このダンジョンに仕掛けられた「悪意ある構造物」のすべてが、赤くハイライトされて表示された。


「……なるほど。これは酷い」


俺は入り口から数メートル進んだところで立ち止まり、呆れた声を上げた。

「どうかしましたか?」

「いや、設計が杜撰(ずさん)だなと思って。あそこの床、踏むと矢が飛んでくる仕掛けがあるんだが、バネの張力が強すぎて、作動する前に留め具が金属疲労で壊れかけてる」


俺が指差した何もない床。

普通なら見過ごす場所だが、俺の目には床下の複雑な歯車とバネ、そして壁の裏に隠された発射装置へのワイヤー配線が丸見えだった。

CAD図面を見ながら歩いているようなものだ。


「えっ、罠ですか!? 避けますか?」

「いや、待て。あのバネ、クロム鋼製だな。我が家の自動ドアの開閉装置に使えそうだ」


俺はカバンから工具(ミスリル製のドライバーやスパナ)を取り出し、罠のある床へと近づいた。

「タ、タクミさん!? 罠ですよ!?」

「大丈夫だ。作動原理(ロジック)さえ分かれば、ただの機械だ」


俺は床の石板の隙間に細い棒を差し込み、感圧センサーの連動ギアを「ガチッ」とロックした。

これで踏んでも作動しない。

さらに床板を外し、中にある罠の機構を露わにする。


「へえ、結構いい部品使ってるな。古代文明の遺物か? 錆びてない」


俺は手際よくネジを回し、ワイヤーを切断し、危険な矢の射出装置を解体していく。

カチャカチャ、キコキコ。

静かなダンジョンに、日曜大工のような音が響く。


数分後。

「よし、回収完了」

俺の手には、高強度のスプリングと歯車、ワイヤーの束が握られていた。

罠は跡形もなく消え去り、ただの穴が開いているだけだ。


「……罠を解除する盗賊(シーフ)は見たことありますけど、罠を『部品取り』する人は初めて見ました」

フィオが遠い目をしている。

「リサイクルは大事だろ? さあ、次に行こう」


俺たちはさらに奥へと進んだ。


          ◇


ダンジョンの一層、二層は何事もなく通過した。

襲いかかってくるジャイアントバットやスケルトンといった低級魔物は、近づく前にフィオの弓で射抜かれるか、俺が石ころを投げて関節を破壊して終わった。


問題は、三層に入ってからだ。

ここは「迷いの回廊」と呼ばれ、複雑な分岐と致死性のトラップが多いことで有名なエリアらしい。


「うわぁ、派手だな」


目の前の廊下を見て、俺は苦笑した。

一見すると普通の通路だが、俺の視界には真っ赤な警告色が充満している。

落とし穴、毒ガス噴射口、天井落下ギミック、魔法感知式ファイアボール。

まさにトラップの総合デパートだ。


先行していた冒険者パーティが、入り口で立ち往生していた。

「くそっ、シーフの感知でも見抜けない罠があるぞ」

「慎重にいけ。棒で床を叩きながら進むんだ」


彼らが冷や汗を流しながら一歩ずつ進んでいる横を、俺はスタスタと歩いて追い抜いた。


「おい! 死ぬぞ!」

冒険者が警告してくるが、俺は止まらない。

俺には見えているのだ。

落とし穴の作動範囲、毒ガス噴射の感知ライン、魔法陣の魔力供給ルートが。


「ここ」

右足で、タイルの継ぎ目を踏む。

一見危険な場所だが、そこは落とし穴の蓋を支える梁(はり)の真上だ。絶対に落ちない。

「次はここ」

左に半歩ずれ、壁際の僅かなスペースを歩く。

そこは、熱感知センサーの死角になっている配管スペースの上だ。


まるでダンスのステップを踏むように、俺は致死トラップの嵐の中を素通りしていく。

フィオも俺の足跡を忠実にトレースしてついてくる。


「な、なんだあいつら……?」

「罠が作動しない? 魔法を使っているのか?」

後ろの冒険者たちが唖然としている。


廊下の真ん中あたりで、俺は足を止めた。

壁の一部に、微弱だが不自然な魔力反応がある。

「ん? この壁……裏に空洞があるな」


【構造解析】で壁の内部を透視する。

厚さ五十センチの石壁の向こうに、隠し部屋があった。

しかも、そこには宝箱らしき反応がある。


「隠し扉か。開閉スイッチは……あの燭台か。いや、面倒だ」


スイッチを探してギミックを解くのは時間の無駄だ。

俺は壁に手を当てた。

「ここ、目地のモルタルが劣化してる。構造上の強度不足だ」


『解体』。


指先から振動を送り込む。

壁を構成する石材の結合(バインディング)を一時的に解除する。

ズズズッ……と音を立てて、頑丈なはずの石壁が砂のように崩れ落ち、人が通れるほどの穴が開いた。


「ええっ!? 壁を壊しちゃった!?」

後ろの冒険者が叫ぶ。

ダンジョンの壁は魔法で保護されており、ツルハシ程度では傷つかないのが常識らしい。

だが、どんな強固な保護も、物理的な構造の「理」には逆らえない。


「お邪魔しますよ、と」

中に入ると、埃被った小部屋に古びた宝箱が鎮座していた。

罠はない。

開けると、中には青く輝く金属のインゴットが入っていた。


「お、これは……ミスリル銀か!?」

フィオが驚きの声を上げる。

「当たりだな。これがあれば、風呂場の配管を錆びない仕様にできる」

「またお風呂ですか……でも、凄いです! こんな隠し部屋、誰も見つけてなかったはずです!」


ミスリルを回収し、俺たちは廊下を抜けた。

後ろで見ていた冒険者たちが「俺たちも!」と壁の穴に殺到するのが見えたが、まあ早い者勝ちだ。


          ◇


四層。

ここからは敵の強さが跳ね上がる。

広大なドーム状の空間に出た瞬間、地響きと共に巨大な影が現れた。


全長四メートル。全身が鋼鉄のような岩石で構成された巨人。

アイアン・ゴーレムだ。

しかも三体。


「グオオオオオッ……!」

重厚な足音が地面を揺らす。

物理攻撃はほぼ無効、魔法耐性も高い、中層の門番だ。


「フィオ、下がっててくれ。あいつらは俺の欲しい『感知センサー』の素材だ」

「えっ? ゴーレムが素材ですか?」

「ああ、あいつらの目は最高級の魔石レンズでできてる」


俺は杖も構えず、ゴーレムの前に歩み出た。

ゴーレムが巨大な拳を振り上げる。

潰されれば即死の質量攻撃。

だが、俺の視界にはゴーレムの「設計図」が浮かんでいた。


【対象:アイアン・ゴーレム】

【構造:魔力駆動式自律型人人形】

【弱点:背部魔力炉と各関節の動力伝達シャフト】


「作りが雑なんだよ。量産型か?」


俺は振り下ろされた拳を、紙一重で躱す。

風圧が頬を打つが、目はゴーレムの肘関節に釘付けだ。

岩の装甲の隙間。そこに見える、動きを制御する一本のシャフト。


俺は懐から取り出した、さっきの罠から回収した「バネ」を指に引っ掛けた。

即席のパチンコだ。

弾丸は、ただの鉄クズ。


「構造上の急所(ピンポイント)を突けば、巨塔も崩れる」


バシュッ!


指先から放たれた鉄クズが、空気を切り裂く。

それは吸い込まれるように、ゴーレムの肘の隙間へと飛び込んだ。


ガギンッ!


小さな金属音が響く。

次の瞬間、ゴーレムの腕がガクンと停止した。

シャフトの回転軸に異物が噛み込み、ギアが破損したのだ。


「グ、ガ……?」

動きが止まった隙に、俺はゴーレムの足元へ滑り込む。

膝の裏。装甲が薄い部分。

そこに手を触れる。


『解体』――コマンド:結合解除(アンロック)。


膝関節を固定しているボルトの役割を果たす魔力を消去する。

ガシャアアンッ!!

足の支えを失ったゴーレムが、自重に耐えきれず無様に崩れ落ちた。

顔面から地面に激突し、首がボロリと取れる。


「残り二体!」


俺は立ち止まらない。

仲間の残骸につまずいている二体目のゴーレムに向かって走る。

今度は直接触れるまでもない。

【構造解析】で地面を見る。

このフロア、地下に空洞がある。


「『陥没』!」


俺が足を踏み鳴らすと、二体目のゴーレムの足元の床が綺麗に抜けた。

「ゴアァッ!?」

ドスン、という音と共に、ゴーレムは床下の穴へと消えていった。


最後の一体が、拳を振り回して暴れている。

俺は崩れた一体目の残骸から、目玉部分の赤い魔石を引っこ抜いた。

「いただき。お礼に引導を渡してやる」


俺は魔石を持ったまま、三体目の懐に飛び込む。

胸部。そこに魔力炉(コア)がある。

分厚い装甲に守られているが、俺にはその装甲板の「合わせ目」が見えている。


「ここをスライドさせれば……メンテナンスハッチが開くんだよ!」


俺は装甲の溝に指をかけ、特定の順序で魔力を流しながらスライドさせた。

プシューッ! という音と共に、胸の装甲がパカッと開く。

中には赤く脈動する核(コア)が剥き出しになっていた。


「嘘……あんな解除方法があるなんて……」

フィオが呟く。

普通は破壊するしかない装甲を、俺は「正規の手順」で開けたのだ。

製作者(ダンジョンマスター)用の整備用ギミック。構造解析の前では秘密でもなんでもない。


「じゃあな」

俺はコアに軽くデコピンをした。

パリン。

繊細な結晶構造を持つコアが砕け散る。

ゴーレムは糸が切れた人形のように沈黙した。


戦闘時間、わずか三十秒。


「ふう。レンズ三つゲット」

俺は動かなくなったゴーレムたちから素材を剥ぎ取った。

魔石レンズ、オリハルコンの関節部品、ミスリルの配線。

どれも市場に出せば金貨数枚はする代物だが、俺にとってはただのDIYパーツだ。


「タ、タクミさん……」

フィオが恐る恐る近づいてくる。

「ゴーレムって、あんなに簡単に倒せるものでしたっけ? 物理攻撃が効かない難敵のはずじゃ……」

「真正面から叩けば硬いけどな。機械(マシン)として見れば、隙だらけの欠陥品だよ。設計者に説教したいくらいだ」


俺は回収した部品をインベントリに放り込んだ。

「さて、目的のブツは手に入ったし、そろそろボス部屋か?」


広間の奥には、禍々しい装飾が施された巨大な扉がそびえ立っていた。

ボス部屋だ。


「行きますか?」

「もちろん。ここまできて挨拶なしじゃ失礼だろ。それに――」


俺は扉を見上げた。

【構造解析】が、扉の向こうにいる存在のシルエットを映し出す。

それは、ワイバーンよりも巨大で、高密度の魔力を宿した存在。


「あの扉の素材、黒曜石とアダマンタイトの合金だな。我が家の玄関ドアにちょうどいい」


俺の興味は、ボスモンスターよりも、その背後にある扉の建材に向いていた。

最強の建築士による、ダンジョン破壊(リノベーション)ツアーは、いよいよ最深部へと突入する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る