無職扱いの魔装師、落ちこぼれ四人と七大ゴーレム討伐へ

都丸譲二

第1話 無職の少年、落ちこぼれパーティーに拾われる

 ――世界には、《ゴーレム迷宮》と呼ばれる場所が五十以上存在している。

 どれも石と金属で組まれた巨大構造で、内部は自律稼働するゴーレムが巡回し、階層が変動し、資源が湧き続ける。

 迷宮は人を拒むように危険だが、それでも人は潜る。金と名誉があり、そして……帰ってこない者もいる。

 両親が消えた迷宮第七坑道も、その一つだった。


 俺――レオン・アストレイはずっと迷宮の“仕組みそのもの”に惹かれていた。

 

子どもの頃から、歯車や魔力導線の流れが“視える”目を持っていたせいで、迷宮が巨大な機械仕掛けの塊に思えたのだ。

 

だからこそ、両親が姿を消した理由を知りたかったし、迷宮に潜りたかった。

 

だが――神殿での職業判定は**無職(ノービス)**だった。


 戦士にも、魔術師にも、探求者にもなれない。

 それでも俺は迷宮から離れられず、ギルドの“裏方雑務”として働くことを選んだ。

 迷宮の話が聞ける。探求者が壊して持ち帰る武具を見られる。

 ――いつか自分にも入れる隙がないかと、淡い期待を抱いたまま。



「おい受付っ! また斧、壊れたんだけどよ!!」


 朝のギルドが一瞬でうるさくなる。

 振り返るまでもない。声だけで誰かわかった。


 赤茶の短髪、無駄に分厚い胸板に、斧より太い腕……じゃなく、斧よりは細い腕の男、ガイアス・ヴォルディン。

 職は《戦士》。

 本来は最前線で敵を薙ぎ払う役だが、彼は攻撃力が致命的に足りず、

 敵を倒す前に自分の武器を壊すという、ギルドでも有名な落ちこぼれ。


「街道任務で鉄皮イノグに当たっちまってよ、いやマジ硬えんだって! な? ユート!」


「……俺に振るな。報告書に“想定外”と書いたのはお前だ」


 隣の黒髪の青年、ユート・セレン。

 青い瞳で的を見るときだけ異様に集中するが、

 **矢を放つ瞬間だけ“風が曲がる”**ように外れる、残念すぎる《弓術士》。

 無表情で冷静な分、周囲は扱いづらそうにしている。


「二人ともケンカしないの~。ほら、今日もミナが回復して……あ、昨日MP切れで倒れちゃったんだった」


 癒し手・ミナ・ルーエル。薄金髪で、温かい笑顔が似合うが――

 回復魔法を二回撃つとMPが空になるという致命的欠陥持ち。しかも回復力も並以下。

 優秀な治癒士が貴重な中で、これは本当に痛い。


「はーい! 今日のリィナちゃんは元気いっぱいですよ~! ……あれ? 杖が震えて……ひゃっ……!」


 金髪ツインの少女リィナ・フェルミア。職は《魔術師》。

 元気で明るいけど、

 魔力暴発体質で、魔法発動時の半分が自爆ぎみのバックファイアになる。

 ギルド職員の避難訓練は、大体この子のせいで編成されている。


 ――これが落ちこぼれ四人組デッドライン

 加護は薄いが、悪い奴らではない。


 俺はギルド裏方として棚の整理をしていたが、ガイアスの機械斧が視界の端に入った瞬間、“視えて”しまった。


 魔力導線の焦げ。ギアの逆噛み。

 これは壊れたんじゃなく、最初から構造がおかしい。


「ちょっと、見てもいいですか」


 気づけば歩み寄っていた。


「ん?誰だお前?」


「裏方職員のレオンといいます。この機械斧ギア・アックス少し見てもいいですか?」


「ああ、新人? いや、そうでもなさそうだな。おう、好きに見てくれ」


 機械斧を持つ。重い。でも分かる。

 内部の仕組みが浮かぶように“視える”。


「……歯車が上下逆に噛んでます。魔力導管も逆流気味。

 このままだと毎回反応遅れますよ。壊れるのは当然です」


「お、おい……今の一瞬で分かったのか?」


「慣れてます。“流れ”が分かるので」


 ユートが俺を横目で見た。


「……構造視界(ストラクチャーサイト)か。珍しいな」


 リィナがぱっと身を乗り出す。


「えっ!? それって、魔術の専門家でもできないやつですよ!? なに者なのレオンくん!」


「ただの無職ですよ」


 ミナが困ったように眉を寄せる。


「無職でも……そんなに視えるんですか?」


「職にならなかっただけで、昔からこうなので」


 俺は工具棚から調整刃と導線針を取り出し、斧を分解する。

 焦げて固まった導管を削り、魔力の通りを整え、逆噛みしたギアを正規位置に戻す。


 カチ、と小さな音がした。


「……これで大丈夫です」


 ガイアスが恐る恐る斧を振り、そして――目をひん剥いた。


「軽っ!? え、なにこれ!? え、てか魔力の回り……前より良いんだけど!?!?!?」


「導線抵抗を少しだけ落としました。無理に振り回すと壊れますけど」


「レオン……お前天才かよ……!」


 ユートが短く言う。


「……本物だ」


 言葉数が少ない男の口からこれが出るのは、相当な評価だ。


 その流れで――ガイアスは急に叫んだ。


「よし、決めた! レオン、お前うちに来い!!」


「……は?」


「戦えなくても構わねぇ! 武器を壊さねぇだけで俺たち全員の生存率が跳ね上がるんだよ!!」


 リィナが両手を上げて叫ぶ。


「賛成~!! レオンくん、リィナの魔力暴発もなんとかしてほしい!!」


「……人の役に立ちたいなら、ここより良い場所だ」


 ユートの言葉は淡々としているが温度がある。


 ミナはおずおずと、でも優しく言った。


「レオンさん……迷宮、好きなんですよね? わ、私たち……まだ一度も入れてなくて。良かったら……一緒に……」


 胸の奥が少しだけ熱くなる。

 迷宮に入りたい理由は、ただの好奇心じゃない。

 両親が消えた理由を、知りたい。


 受付の職員が書類を持ってきた。


「補助枠でなら、無職でも同行可能です。戦闘は厳禁。後衛から離れないこと。それが条件です」


 ガイアスが俺の背を叩いた。


「よっしゃ! 明日、初迷宮砕石の坑道だ!!」


 俺は静かにうなずく。


「……わかった。俺にできる範囲で手伝う」


 こうして、落ちこぼれ四人組デッドラインに――

 無職の俺が加わった。


 迷宮に入る資格のない俺が、迷宮へ向かう最初の日。

 両親が消えた扉の前まで、少しだけ近づけた気がした。

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