第4話 ー美味しい昼ごはん、からの、「さあ、狩りの時間だ」ー
レイジンは朝靄の中、見晴らしの良い崖に立ち、下界を見下ろす。
「確かに、陰陽のものが移動している。南か…確かな目的があって行動しているようだ。」
冷酷な瞳をギラつかせ、黒衣を閃かせて崖を下ってゆく。
太陽が中点を指し、縁のお腹が「ぐうぅ〜」と鳴った。
「よし、昼飯にしよう!」
縁は宣言した。一様にみながウキウキとしたものになる。
「主よ、今日の昼げはなんでござりまするか??」
白曜が尋ねる。縁は、
「昼食だし、軽くサンドイッチにするよ!グレートブルの牛カツサンド、メルルーサのフイッシュカツサンド、トマトとモッツァレラチーズのサンドと野菜サンド、たまごサンドの豪華5種だ!!」
と楽しげに笑った。
「もう、名前だけで美味そうだ…。」
ヤオに至ってはヨダレが光っている。絶世の美男子が台無しだ。縁は空間魔術を展開し、テキパキと大量の食料を出していく。サンドイッチなので、口がパサパサしないように、オニオンスープも出しておく。蝶たちには、藤の蜜をご用意。稲ちゃんはサンドをかじる気満々だ。
「「「「「「うまーー!」」」」」
グレートブルの脂の旨み、メルルーサのふわふわサクサクな魚のフライ独特の軽さ。トマトがジューシーでモッツァレラチーズの食感と風味がよく生きている。アクセントのバジルもいい。レタスとハムだけのシンプルなサンドイッチも作り手によって絶品に変わる。そしてたまごサンドの卵のごろごろとした食感、マヨネーズ、なんともたまらない味であった。
幸せな時間が過ぎていく。
その時だった。縁が常に展開している探知魔術に何かがかかった。縁は、
ーあーあ。楽しい気分が台無しだよ。言わんこっちゃない。偵察が1人か、奴らのお出ましだ…。ー
大きくため息をついたあと、ヤケクソで牛カツサンドにかじりついた。
みなは大満足で昼食を済ませた。しかし、狗神達の耳は頻りに動き、アオイが天高く舞い上がり、ウスハは羽を小刻みに震わせる。稲ちゃんに至ってはしっぽがボワッとなっている。頻りに周囲を気にする使い魔たちに対して縁は、
「後で話す、気にするな。稲ちゃん以外直ちに影に隠遁しろ。」
と、耳打ちした。
「「「「御意。」」」」
使い魔達は素早く影に潜んでいく。
「ヤオ、ユエ、なにか感じるものはないか?大丈夫か?」
縁はさりげなく2人に確認する。2人はキョトンとして首を傾げた。
ー2人は気づいていない。まぁ仕方がないが、気配探知は早く身につけてもらった方がいい。修行だな…。ー
「ああ、いいんだ。ペンダントのことだよ。気にするな。」
縁はさりげなく誤魔化した。
一行は峡谷を降っていく。落石を避けながら、縁は考える。
ーこの魔力量、魔族で間違いない。人数は1人。問題は視界の共有などを行っていないかどうか。これ以上情報を与えてやる義理もない。狩りの時間だ…。ー
縁はそっと胸元の管を叩く。
「稲ちゃん。稲ちゃんも分かっているだろうが、追っ手だ。私は作戦を練りたいから、
「かしこまりました〜。おまかせあれ!」
稲ちゃんは小さな胸をぽんと叩いた。
…あーテステス。こちら稲ちゃん。各自、顔や体に出さないように。これは
ヤオがびくりとし、ユエは目を見開いた。
…えーと、こうやって伝えようと思うだけで思考共有に参加できるのね。…
…さすがユエ様、飲み込みが早うございますね。…
…我もこれは早く身につけたい術だ。…
ユエとヤオにウスハが応じる。
…ヤオ、ユエ。単刀直入に言う。魔族の追っ手だ。白曜、黒曜、狩りの時間だ。合図したら偵察の魔族の背後に回りこみ、こちらに追い込んでこい。私が迎撃する。ウスハ、アオイはヤオとユエを頼む、結界を張れ。…
…我らは何もしないのか?…
…ヤオ、相手は魔族。私の探知魔術に引っかかるぐらいのヤツだがな。2人は魔族とやりあったことないだろ?それにペンダントに何かあったら困る。今回は見学してくれ。…
…承知した。…
腹ごなしに、ゆったりと歩いているようにしか見えない彼らだったが、水面下では既に臨戦態勢が取られていた。
しばらく歩いてゆくと、開けた場所に出た。縁は
…戦闘行動開始!白曜、黒曜、行け!…
狗神達に鋭く指示を出す。2匹は影に潜んだまま、松の茂みに消えていった。
一方その頃、レイジンは優れた視力で、一行を捉えていた。
「黒髪の女が2人、白銀の髪の男が1人。女のどちらかが、封印を解いたものか??1人多いな。ゴトムル様に黒鳩を飛ばしておくか…。」
レイジンは黒い鳩を魔力で生成し、音声を吹き込み、空に放った。その時だった。全身の毛穴が開き、総毛立った。咄嗟に振り向くと、巨大な2匹の狼が立っていた。
「ワォーーーーーーーーン!」
黒い方の狼が遠吠えをする。
ーくそっ。こんな時に!魔獣か!ー
レイジンは素早く両手にナイフを構えた。白い狼の方から、氷の槍が複数放たれる。戦闘が始まった。
「ワォーーーーーーーーン!」
遠くから黒曜の声がした。縁は抜刀し八相に構えた。刃に魔力を通す。段々と刃が、禍々しい血の色に染まっていく。なのに思わず手を伸ばしてしまいそうな、そんな誘惑がある。
ーなんだ、あの刀はー
後ろでヤオとユエが目を見張っていた。
白曜と黒曜は見事な連携で、レイジンを追い立てていく。途中、土の壁や強い冷気で、さりげなくコースを誘導する。
ーこいつら、どこかに追い立てようとしてやがる。たかが魔獣の分際でっ!ー
「トリニティ・ボムっ」
攻撃魔法を何発か、レイジンも負けずと応戦する。だが、狼たちは微動だにしない。レイジンの視覚は、松林の先に広場を捉えた。
ーここで消し炭にしてやる!!ー
広場に躍り出ると、
「我災厄を招かん。マナよ答えよ!カラミティ・ボムっ!」
詠唱とともに大規模な爆発が起こった。
「クソ狼ども!死ね!」
レイジンは満足そうな笑みを浮かべた。
「んーーん、厳密には狼じゃないんだよね。狗神さ。魔族の若人くん。森を壊してはいけないよ〜。」
背後から女の声がする。咄嗟にレイジンは手に持っていたナイフに、魔力を乗せて力任せに投擲した。
「キンッ」
完全に振り向くと、刀を構えた黒髪の女がこちらを笑っていた。さらに大規模魔術を放ったはずの自分の背後には、ホコリひとつ被っていない狼たちが、低く唸っていた。
「貴様。何奴!」
「私に名前を問うなら、まず自己紹介から始めた方が礼儀というものだよ。ちなみに、私はこれから死ぬお前に名乗る名は持たない。」
「はぁぁ?お前俺を魔族と知っての振る舞いか?!クソ人間種ごときが!100年も生きられぬ弱者の分際で!」
「おいおい。その瞬間湯沸かし器みたいなおツムはあれか?その、なんかしょうがい…これ以上はコンプラに触るな。うん。自分で魔族って言っちゃって隠密に全然向いてねーじゃねーかよ!」
縁は煽りに煽った。
「なにをおおぉ!」
レイジンは大きく振りかぶって魔力の刃を放とうとする。だが、その時既に縁は懐に入っていた。レイジンは体のバネを使って刃の軌道から逃れようとするが、縁の方が早かった。
斬!
レイジンは袈裟懸けに切られる。レイジンは必死に間合いを取り、肩で息をつく。
ー視界の共有などはしてい無さそうだ。それにこいつは雑魚だ。偵察の割に気配遮断も下手、ちょっとつついてやればペラペラ喋りそうだな。Wラッキーだ。ー
縁は内心ガッツポーズを決めていた。
一方レイジンは、
ーこの人間、只者では無い。冒険者か?ならAランク以上…もっと慎重に、必ず生きて帰る!!ー
己を戒め、体の中の魔力流れを整える。空中に黒い刃がいくつも現れる。レイジンは無言で右手を縁達に向けた。
飛んでくる無数の黒い刃、縁の勘は全てよけろと告げていた。岩や木々にぶつかった刃からは、ジュージューと煙が上がっている。
「無臭の酸の刃か。避ければどうってことない。」
「それはどうかな?お仲間にもあたってるんだぜ?」
ウスハとアオイの結界はビクともしていない。縁は肩を竦めた。レイジンは青筋を浮かべながら、空中に数本の石の槍を構築し始める。
「土の魔力を解放する。我に従い、敵を追随せよ。ロック・スピアー」
詠唱を行い、縁に向けて放つ。
ーこちらを撹乱し、逃げるつもりだな。少しは頭が冷えたか…。ー
「あまい。」
縁は上段から刀を振りぬいた。
「血風百刃!」
魔力の刃が大量に生じ、全ての土の槍を粉々にする。その粉塵に紛れてお互いが動く。隠匿魔術を使っているレイジンに対し、先に間合いを詰めたのは縁だった。
「つつっっ!!!」
息を詰めたレイジンを、縁は、
「氷刃、凍てつく霜」
と、背中を切りつけた。背中の傷からは霜が広がっていく。レイジンは無理やり振り向き、
「トリニティ・ボム!」
と爆発させた。縁は
「血桜の戦慄」
赤い刃をより一層煌めかせ、紅の刃を無数発生させた。レイジンは血を撒き散らしながら、壁に叩きつけられた。
動くことの出来ないレイジンに縁は淡々と近づいている。
「動けないだろう?血桜の力を使っているからな。魔力を拡散させてしまうんだよ。」
縁はそのままレイジンの腹に刃を突き刺した。
「さて、急所を刺したが、大丈夫♡すぐには死なないよ。私の質問に答えてもらおうか?知っていることを全て話してくれるかな〜?」
「く、くそ、が。魔族の誇りにかけて貴様に話すことなどないわ!」
レイジンは舌を噛み切ろうとする。縁の瞳が紅く光った。レイジンは自分の意思で体が動かせないことに気づく。
「な、、にを、した、」
「ん?催眠魔法だよ♡これで気持ちよくおしゃべりできるね。」
「こ、の、クソアマ!」
縁は刀を捻る。呻くレイジン。
「さぁとっても失礼な魔族の若人くん♡。君の所属と名前。仲間。目的。教えてくれるかな??」
「激甚のコキュートス所属、レイジン。偵察兼ア サシン。ボスはゴトムル、副官は女のキュレー。他にギィロ、ノノル。目的は陰陽の力の掌握…。」
「陰陽の力を掌握して何を成すつもりだ?」
「知らない…分からない…。」
縁は、
ーこれ以上は何をしても無駄だろうな。こいつは下っ端すぎる。ー
「わかった。では死ね。肥前忠広よ、このものの全てを奪うことを許す。」
縁は自らの刀に許可を出す。するとレイジンの身体が霧となって刀に吸い込まれていった。残ったのは腰につけていたポーチのみ。
「戦闘行動終了。各自、緊張を解け。」
縁は勝利を宣言した。
「主様!さすが常勝でございますね!」
稲ちゃんが懐から顔を出す。結界をとかれたヤオがたちまち声をかける。
「師匠。その禍々しい刃はいったいなんです?私たちと戦った時とは別の刀ですか?あまりにも…。」
「ああ、これ?これはとても由緒ある人斬りの刀だよ。2人と戦った時は魔力を通さず使ったんだ。鞘は血桜という、人喰い桜の木の皮を使っている。まぁこれれを使うとなると、殺しちゃうからね!」
縁はカラカラと笑って言った。ユエと言えばこめかみをカリカリとかきながら、
「師匠ってば、だいぶ残忍だねぇ。流石にひくわ〜。めちゃくちゃいたぶるじゃん。」
「いや、催眠魔術は心を折っていた方が効きやすいから、ちょっとボコっただけだよ〜。それにあいつ失礼だったし!」
縁は憤慨した。
白曜と黒曜が鼻面を押付けてくる。
「主、お耳に入れておきたいことが…。」
「何?不測の事態か?」
「それが、我らが襲いかかる前に、あやつは伝令を飛ばしていたようなのです。主の存在がバレました。」
「あぁ、そんなことか。それはこいつが死んだら向こうにも伝令が行かなくなって、何かしらの事態が起きたことが分かるさ。どうせ本隊がいるんだ。時間が稼げればそれでいい。」
2匹をわしゃわしゃと撫でる。
「さてさて、このポーチの中身はなんだぁ??たぶん魔具だな〜」
レイジンのポーチを縁は無造作に開ける。
「げ!隷属の枷じゃん!趣味わっる!とりあえず私が貰っておくか〜」
縁は嫌そうにポーチを閉め、空間魔術の中に放り込んだ。
「さて、ヤオ、ユエ。残念なことに、2人には引く手あまただ。現時点で激甚のコキュートスとかいう組織の魔族4名が追ってきている。時間稼ぎはしたが、いずれやりあうだろう。覚悟はしておけ。」
廟に封じられて500年。始まったばかりの旅路は波乱に満ちている。陰陽の化身たちは目を見合せ、新たな決意を胸にした。
ー強くなるー
己の運命を己で切り開くために。
縁はそれを優しく見つめていた。
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