双蛇ノ縁ーソウダノエニシー

環林檎(タマキリンゴ)

第一章 第1話ー陰陽の黎明、封印のとける朝ー

遥か太古、空は裂け、大地は呻き、世界は終焉の音を立てた。

その原因は、人が築いた超科学文明の驕りだった――。


人の利益を重視し膨らみすぎた力は、世界を滅ぼすに至る。世界に覇を唱えんとする国々の、正義を掲げる聖戦ジハード。それは天然資源を奪い合う、弱肉強食の争いへと変貌して言った。

やがて、それは地球からの逆襲という形で答えを得る。世界全土で同時多発的に起こった地殻変動…。気候変動。磁気の異常。潮汐の破壊。

そしてある時、突如として次元がゆらぎ、途方もない量の"何か"と“生命”がなだれ込んできた。その光の粒子に似た“何か“は、既存の生命に変化をもたらし、”新たに流入した生命“は世界を改変していく。



超科学文明の残骸は世界各地に散らばっている。アーティファクトとして。命はしぶとく、地下や宇宙に逃れた人々は故郷に戻ってきた。草花は芽吹き、獣は野をかり、自然は復活していった。 そして既存の生命と新しく加わった生命たちは、交わりを深めていく。


ダウンオブカオス、混沌の夜明けーー後にそう呼称される地殻変動と、異なる次元との衝突よる生命の改変から、1500猶予年。

人類種の文明もまた、復活の兆しを見せていた。



かつての中国大陸、湖南省あたり。石灰岩質の白さ際立つ峡谷。山肌には松がへばりつき、険しい山道に影を落とす。峡谷の底には深い針葉樹の森が広がる。それでも彼女は歩みをとめない。極東からの旅人、滝野縁タキノエニシは月光のもと、青白い岩肌に指先を沿わせながら、震源の気配を確かめた。ここだ——。左腕のデバイスを見ると、統合歴5033年9月8日23:28を示している。切通を通り過ぎたそこには、石造りの古びた霊廟が建っていた。


廟の奥深く、焚き火がかすかに揺れる。体感だが、この霊廟は作られてから軽く500年に至るだろう。しかも周りとは違う、御影石をわざわざ使用している。入口の柱には三ツ鱗の彫り物もある。大きな石仏が何体も並んでいるが、欠損ひとつない。中央の壁には太極図が描かれ、地面には魔法陣が描かれている。この空間だけ時の流れから切り取られたように感じる。


縁は四方をみながら

「仏教に仙術、西洋魔術の魔法陣、その他諸々…まるでごった煮だよ…。」

頬杖をつきつつ独りごちる。野営の周りには簡単な結界を張った。縁は干し肉をかじり、微細な気配に目を凝らす。風のざわめき、古木の影、微かに揺れる仏像。そのすべてが、潜む力の存在を告げていた。



草木も眠る丑三つ時、静寂が裂ける。異形の力がほとばしった。地面の魔法陣が紫色に発光している。縁は抜刀し、低く下段で構える。 「滝野縁、極東より来た、術師にして剣士!今宵、力のほどを試させてもらおう」


時間にして数瞬。白いモヤがたち白銀の長髪の男が現れる。

「私はヤオと申すもの。陽の気を操り制する…者なり」

その声には冷静さと品格が漂うが、陽気の乱れが力を微かに揺らす。 黒い霧から黒のロングウルフの少女が輪郭を表す。

「ふふん、ユエだよ。さあ、楽しもうじゃない?」

瞳の奥には、陰気の乱れによるノイズが写る。


2人の理性と混乱が入り混じる、危うい均衡。


陽炎がたつ。 一歩。ヤオが踏み込んだ。

「おっと、急だな」

縁は下から刃を払って間合いを広げる。 銀の鱗が閃き、拳が風を裂いた。

「刀じゃ断てねぇ拳か……しかも陽の気が暴れてやがる。」


「ヤオ、ここを壊すなよ。縁とやら、切れるもんなら切ってみなよ。私たちをさ」

薄く笑うユエの声が背後から届く。挑発に似た響きに、縁は鼻で笑った。


「後悔すんなよ」


次の瞬間、刃と拳がぶつかり、乾いた衝撃音が廟に響いた。 ユエは背後から、風と闇を纏った術式を放つ。縁は水の術式で迎撃しつつ、棒クナイに雷の刃を込め、ユエの背後へと宙を蹴った。

「おっと、乙女に酷いねぇ、ずぶ濡れにしてバリバリってか!」

三者の間に微細な緊張が張り詰める。


瓦礫と埃が舞う廟の中、ふたたびヤオの拳が床を砕く。石片が飛び散り、縁の頬を掠める。


「避ける気、あるのか?」

柱の影からヤオの声が響く。


縁は答えず、指先を軽く鳴らした。 一瞬で重力が反転し、ヤオの体が天井へ叩きつけられる。無詠唱術式。


「ほらな、これだからつまんないんだよ」

ユエが肩を竦める。

「相手が動く前に終わらせたら、勝負の醍醐味ゼロじゃない」

「……だったらお前がやれ」


縁は視線すら向けず、崩れた天井を足場に跳躍する。


ヤオが苦笑しながら体勢を立て直した。

「まあいい。遊んでやるさ、手加減はしないけどな」


「遊ぶ、ねぇ」

ユエの赤い瞳が細められた。

「手加減できるような相手に見えるのかよ、こいつが」



廟内、焦げた木の匂いが漂う中――

瓦礫が弾け飛ぶ。 縁の刃が床を薙ぎ払い、石畳が波紋のように隆起した。


「……遅いな、ヤオ」

「ほざけッ!」


銀の残光が走る。 ヤオの拳が縁の肩を掠め、衝撃で柱がひしゃげる。あれが命中したら骨の2、3本では済まないな…縁は数度瞬く。天井から砂が細い雨のように降り注ぐ。


「おいおい」

漆黒の影が二人の間をすり抜け、ユエの声が背後から落ちる。

「廟を壊すなって言ったばかりだろ? 縁、あんたの刀もヤオの拳も、ほんっと加減って言葉を知らないんだな。」

縁が視線を動かす間もなく、ユエの細身の刃が横薙ぎに閃く。 速度が上がっている。縁は瞬時に半身を逸らし、衣の裾だけが切り裂かれた。

「――ッ」

「お、動きは相変わらずだな。冷たい目で避けるの、ちょっとムカつくぜ?」

皮肉混じりの笑み。 その瞬間、ヤオが踏み込み、足裏で床を粉砕する。縁は目を細め、無駄のない所作で刃を中段に構えた。


ヤオとユエは間合いを取り、縁の動きを探る。

「…まだ我らは全力ではない。しかし貴様の奥底の力、封じられているわけではないな、わざと使っていない!」

ヤオは叫ぶ。ユエは笑い、予測不能な軌道で攻撃を仕掛ける。廟の柱が揺れ、微細な亀裂が走る。陰陽の乱れは環境にまで影響を及ぼす。


縁は感じる。この2人の底知れぬ力と危うさを。全ての震源はこの2匹…早急に力を抑えるか整えるか…殺すかだ。

「どちらにせよ、全力は出さぬともよさそうだ。だが、君たちの力の一端は見せてもらった。」


ヤオは瞳を細める。

「我らのこの乱れ…早急に正す必要がある。」

ユエは肩をすくめて笑う。

「まあまあ、気負わず楽しもうじゃないの。」

突如、2人から突風が吹きつける。

「な?!」

縁は大きく跳躍し2人から間合いをとった。柱の影が長く伸び、焚き火の光が激しく揺れる。


片目をつぶった、その一瞬。風の刃が胴を狙って放たれる。紙一重、仰け反ってかわす。そこには——白銀の大蛇ヤオ、黒鉄の大蛇ユエの姿があった。


まさか、陰陽の蛇とは。いや、蛟か。太極図が表していたのはこのことか。なぜ今になって結界がほころびる?今はこの2匹の力を整えることが先か。私にはその力がある。


「ほう。なかなかに面白い。」

「…とぼけるな。我を見くびるな。」

「せっかく真っ二つにしたと思ったのになー! 全然だめー笑笑」

ヤオは陽の気を輝かせ、瞳の金色が鋭さを増す。 ユエは陰の気に溶け、壁を滑るように滑空する。赤い瞳が瞬き、尾が床を叩き、火花が散る。影の渦が廟全体を包む。


縁は刀を握りなおし、

「空間術式展開、地形操作、水刃百烈!」

と宣言する。走りながら、頭の片隅で封印の準備を整える。(魔術、術式は発声することで力を増す。)ヤオが回転し尾で柱を叩き、衝撃波で水の刃を霧散させる。縁は刀の反動で体を翻し、ユエは天井から螺旋状に急降下して挟み撃ち。縁は重心の重力に干渉し、光と影の間をすり抜ける。一先ず一手だ。


ユエの牙が首を狙い、刀でそれを打ち払う。ヤオの尾を刀で受け流し、執拗なユエの牙を躱す。光の筋となった太刀が、蛇たちの動きを縫う。

「チッ、厄介な!」

ヤオが苛立ってる。

「あは!アハハははは!!」

ユエに狂気が迫っている。

「身体強化、刀身重力荷重…」

大量の魔力消費を伴う無詠唱の連続術式。縁は攻撃をかわしきる。

「この女、何系統の魔術使いやがる?!ごった煮じゃねぇか!」

ユエは愉悦を浮かべて叫んだ。

「少なくとも2つはあるな、貴様いったい!!?」

ヤオの眼光がより鋭く縁を射抜く。

「さぁね、年の功とだけ言っておくよ!」

髪をなびかせて縁は答える。


廟は振動し、瓦礫が落ち、火花が飛ぶ。縁は刀で斬れぬ鱗を逆手に取り、2匹を生かしたまま土の術式で軌道を封じる。目的はあとひとつ——左下に符を貼ること。


ユエは尾で縁を叩きつけようとするが、縁は太刀を回転させて尾を絡め、横凪に降りぬき壁に叩きつける。ヤオが脇腹を狙い炎の矢を発したのを勘で躱しきり、符を貼る。動きの止まった縁にユエは跳ね上がり牙を立て、ヤオは絡みつく。 それが2匹が同時に5枚の符の空間に入った瞬間だった。そしてーー


「ポン!」と間抜けな音を立てて人型の形代が一枚。

「五行結界。結!おしまいだ」

「「なに?」」

「力が溢れすぎだ。少し抑えるよ。高まりすぎた陰陽の気は災厄でしかない。私が導こう。捕縛術霊子縄索——今は少しお眠りなさいーー」


目の前にいたはずの敵が、柱の上で足を組んでいるーー。ありえないーー驚愕のまま2匹は霊子の鎖に束ねられ意識を失った。


夜明け、焚き火は勢いよく燃えているーー。

縁は使役獣を呼び出す。昨夜は出番がなく、全員何も言わずとも不機嫌なのが伝わってくる。それをあえて無視しつつ、空間魔術に格納しておいた作り置きのキノコシチューとチー牛のブロックを火にかける。一応4つ。遠赤外線であぶられる香ばしい匂い。 のどかな朝だ。


攻撃系、空間干渉系、強化系は全てベースは西洋魔術である。

極東、日本の陰陽道の術式、五行結界はシンプルながらその力は強い。符を用いた五角形で木火土金水の相を表す。その元素によって空間を制圧し、ヤオとユエの陰陽の気を循環し整えている。

縁のオリジナル術式である霊子縄索は、シンプルに大量の霊子を、物質化させた力技である。あのような危うい状態には最小単位である霊子の鎖が1番頑丈だ。(霊子は魔素ともいい、一定量を超えると魔力と称される。)


ふと、2匹の視界に焚き火が映る。

「お目覚めかい? 2人? いや、2匹? 。おはようさん。だいたい、いい匂いがしたら目が覚めると思ってたんだ。」

「「は、はぁ…」」

「えーと、この子達はね先程は姿を見せずにすまなかったが、白銀の狗神白曜ハクヨウ、黒鉄色の黒曜コクヨウ、ウスバカゲロウのウスハ、オオムラサキのアオイ、そして管のイネちゃんだよ。みんな使役獣、式神さ。えーと、まぁなんだし、とにかく食べろ。」

「え?!」

ヤオとユエは息を呑む。蝶やイイズナはまぁいいとして、狗神とやらは…明らかにヤバすぎる強さだ。半端なく。しかし腹は減っている。とてつもなく。


「腹、減った」

ユエが呟く。2匹は、いや2人は、体が変わっていることに驚く。

「縁とやら、お前私たちに何をした?」

ヤオは驚愕の面持ちで尋ねる。

縁は指を鳴らして霊子縄索を解き、

「回してるんだよ。陰陽の気をな。少し小細工はしたが。随分楽になったんじゃないか?」

と質問した。

「めっちゃラク!気分さいこー!」

ユエがニコニコしながら焚き火に寄ってくる。

「不敬者。この長虫ごときが。我が主に不遜であるぞ。縁様、こちらも朝ごはんでしょうか?」

一言、冷たい言葉をなげかけたのは黒い狗神黒曜である。

「黒曜、そう拗ねるな。ユエは同じ陰の気を持つもの。仲良くしてやれ。てか、すねすぎてウケるわ。」

「主どの、私は白い長虫の方が食べたいのですが」

「おい、白曜。食うな。理由は以下同文だ。陽の気を持つもの同士、話も会うだろうから、頼むからバチバチしないで大人しくしてくれ」

「「あるじ様ー、肉が焦げておりまする!後、蓮池で取った蜜を所望いたしまする。」」

「ウスハ、アオイ、空気を読んでその馬鹿どもの仲裁に入ってくれ…。」

「あるじぃ〜お腹すきました!」

胸元から稲ちゃんが顔を出す。

縁は大きくため息をついた。

「全員!とにかく今は飯を食う!話はそれからだ!!ドアホウが!」

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