第4話

 ジョニーは傘を差して北千住の商店街を歩いて帰路についた。その道すがら、雨がそんなに嫌なものなのか、という問題を考える。たしかに靴も、黒のワイドシルエットのカーゴパンツも濡れるし、汚れるし、肌に貼りつく湿気は両面テープの粘り気に似ている。だからといって、やはり嫌いになれないのがジョニーだったりする。靴もカーゴパンツも、洗えばいいだけだ。そもそも、靴は、歩くためにある。裸足ではいけない場所へ連れて行ってくれる。それに、靴が変わるだけで全身の印象というのは一気に変わるもので、ジョニーを守ってくれる。そういうものが、靴だ。靴は、歩くためにある。水たまりを踏む。靴と服を選ぶということは、一日をどう生きたいかの選択だったりする。少なくとも、ジョニーにとっては。

 ふと足を止めた。通行人や行き交うバイクのわきで足を止めて、ビニール傘を貫くほどの雨の重みを感じながら条件がそろっているな、と考える。なにせ、梅雨明け直前の誕生日の前日に、珈琲の香りと湿気の漂う間から、彼は、ジョージは現れたのだから。胸の内側で、重たい感情が落下を続けている感覚があった。

「どんな視点にもその人の心が映されている!」

 ジョージの言葉はまるでジョニーへの当てつけのようにも感じる。しかし、十歳になったあの、十一年前、それからずっと、ジョージとは感情のやり取りができていない。まるで、空気のように、ハウスダストのように、花粉のように、そこにいて、見えなくて、当たり前にあるただの法則に過ぎない。いつからかジョニーは、彼に対して疑問を持つこともなく過ごすようになった。そもそも、ジョニーが三歳のときにジョージは一度いなくなったそうだ。それから七年もの月日を経て、彼は月から日本へと隕石のごとく落下してきた。屈強な肉体と白い歯と酒焼けした喉から語られる男らしさ云々は、それから十一年が経過した今日も続いているわけだが。とにかく、雨の降りしきるこの季節には母の話を思いだす。エマでもアメリアでもない冴子さえこから聞いたのは、ジョージは父親で、実際のジョージは内弁慶だったらしい。ジョニーの知っているジョージとは随分違う。母親はジョージの行方を知らないし、月日が経つうちに彼なりの変化があったのかもしれない。とにかく、ジョージの血を引いたのがジョニーであるが、とても似ても似つかない。

「かわいそうだよな、雨って」

 ジョニーは短く息をつくように言った。

「己を信じ、突き進め!」

 そうかと思えば、ジョージが風でも巻き起こしそうな声を発す。ジョニーは再び足を踏みだして、少しでも新しい靴を足に馴染ませようとした。ジョージは未だにスクワットを続けて、汗だか雨粒だかわからない水を垂らしながら、トレーニングに励んでいる。

 そういう男がジョニーで、こういう男がジョージなわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る