第2話


 


 たぶん、全部わかっている。

 ジョニーが一つの仕事を続けることができないと判断したのは、高校を卒業して、母である冴子さえこの反対を押し切って就職したときだった。仕事そのものは恐らく、飲み込みが早い。一つのルールや決まりから、自分でルールを作って応用をするのはとりわけ得意なほうだ。しかし問題は、別のところで。ジョニーは特定の職業を続けるよりも、フリーターという道を選んだ。

「ねえジョニー君さ、私の代わりに表のアルバイト募集の張り紙、取ってきてくれない?」

 店主に言われれば従うのが従業員で、ジョニーはわかりました、と短く答えた。表の扉を開くと、ドアベルの音と共に何層にも重なった重たい雨音が聞こえる。店前には、オレンジのマリーゴールドと、なにやらよく知らない黄色い丸い花が咲いていた。ジョニーは雨避けが施されたテラス席に出て、ガラスに透明ガムテープで貼られた「アルバイトさん募集」の張り紙を見つめる。このラミネートが施された張り紙を見て、ジョニーはこの喫茶店で働くことになった。剥がすこと自体にはなにも思わないのだが、二度目のカフェ店員という事実に、なぜだか心臓の辺りがキュッと縮まる。ジョニーはそういう不安定な感情から離れるように、ガムテープを一枚剥いだ。声がしたのはそのときだ。

「愛を与える人間になれ!」

 マーベル映画に出てくるような、今にも天気をも変えてしまいそうな声があった。梅雨入りの雨の中、延々とスクワットをするジョージが見えた。ジョージはスクワットに励んで、イチ、ニ、サンシのリズムを守っている。屈強な肉体を保つためにトレーニングをして、いつも白い歯をひけらかす。長生きのためなのか、男らしさ云々を説きながら永遠に続けているさまは、どうにも滑稽だが、ジョニーにはもう見慣れた光景だった。

「愛を与えられるだけの人間になれ!」

 そういう男が、ジョージだった。まるでとりつかれたように、〈愛〉を説いているわけだが、ジョニーには彼の言う言葉はまるで理解ができない。この湿気のように鼓膜にまとわりつく言葉に、ジョニーはうんざりしていた。

 結局、愛だのなんだの、お前の語るその愛って、一体何者だ?

 きっとそれだけ語るのであれば、口にするのであれば、たぶん、全部わかっているのだろう。このジョージという存在だけは、世界中で唯一、愛とやらを知っているに違いない。筋肉に沿って貼りついた白いティーシャツに、水色の夏のジーンズ。カッコよさも、色気もないスポーツスニーカーを履いたジョージにだけは、きっと。そうでなければ、これだけ口を動かし続けることなんてできない。

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