第35話 憧れとお祝い
「おはよう」
「お、おはようございます。師匠」
アリスがルナシェルを抱えて嬉しそうに歩いてくる。きっと良い夢を見れたのだろう。アリスもルナシェルも心なしか元気そうだ。
「ルナ、昨日は良い夢が見れた?」
「私は良い夢を見たの。師匠とお出かけする夢よ」
あれっと思う。アリスが普通にルナシェルと話している。僕と話した時も吃音がいつもより少なかった。ルナシェルと話すときにはプレッシャが無いからだろうか。それとも魔法を使えて自信が付いてきたからだろうか。両方だろう。指摘すると緊張しそうなので、見守るだけにする。
「師匠。き、気になることがありますか?」
「アリスもルナシェルも可愛いなぁって思って見ていたんだ」
一人と一匹を微笑ましく見ていると、アリスが急に僕の方を振り返る。僕がごまかすように発した言葉にアリスが顔を赤くした。
☆
それは突然起こった。ルミエールさんの杖が薄い光の膜で覆われる。そして世界樹の大精霊アウウレア様が現れる。ルミエールさんの身体が震えている。レオナスさんも驚きで目を見開いている。
「ルミエール、夢で語って以来じゃな。杖を辿って来てみたのじゃ」
「レオナスも久しいな。活躍は聞いているぞ」
「ハルト、久しぶりじゃ。頑張っているようじゃの」
「アウウレア様、直にお会いできるなんて。今日はどういったご用件で」
「その子が賢者の条件を満たしたからじゃ。普段は夢で会うんじゃが、ルミエールたちがいるから来てみたのじゃ」
みんなが驚く中、アウウレア様がアリスの前に立つ。そして言葉を紡ぐ。
「星の下に生まれし子よ、 眠れる叡智を呼び覚ませ。 大地は記憶を、風は言葉を、 水は心を——汝に授けん。
大地の力は揺るぎなき礎、 風の力は真理を運び、 水の力は癒しと循環を与える。 三つの流れは一つとなり、 汝の魂に宿るだろう。
賢者よ、忘れるな。 力は誇りではなく、導きの灯。 言葉は刃ではなく、癒しの歌。 汝の叡智は、人を救い、 世界を照らすためにある。
今ここに、新たなる賢者が立つ。 星々はその歩みを見守り、 精霊はその声に応え、 人々はその導きに従うだろう。 ——叡智の継承、ここに成る」
静寂の中、アウウレア様の声だけが響き渡る。そして、最後にアウウレア様は指先をアリスの額に当てた。
「ふむ。これで良いじゃろう。アリス、賢者として仲間を支えるのじゃ。ハルト、また会えるのを楽しみにしているのじゃ。ルミエール、レオナス、少し話をするのじゃ」
アウウレア様の言葉で緊張が少し解ける。アリスは深くアウウレア様に頭を下げる。僕も深く頭を下げた。ルミエールさんたちがアウウレア様と別の部屋に移動するのを見て、僕たちは大きく息を吐いた。
☆
羨ましくないと言ったら嘘になる。僕が憧れてきた賢者だ。僕が魔法を教えたんだ。そう思って嫉妬しそうになる自分もいる。だけど、アリスはアリスで努力してきただろう。きっとたくさん苦しんできた。その全てが今結実したんだ。喜ぼう、自分に言い聞かせる。
「おめでとう。アリス」
「「おめでとう」」
「あ、ありがとうございます」
僕が、みんながアリスを祝う。アリスは戸惑いながらも嬉しそうだ。
「今日はお祝いだね。学校帰りにみんなで美味しいものを食べに行こう」
嬉しそうにしている人を見るのは嬉しい。アリスにとって大きな人生の節目だ。ちょっとした心の棘でそれを蔑ろにしてはダメだ。仲間の節目だ。盛大に祝おう。
☆
「ハルトではなくアリスですか?」
「ルミエールには言っておるのじゃが、ハルトは大賢者だ。アリスが賢者になったのは大賢者の一番弟子、大賢者から新しい魔法を10個贈られ、そして使いこなすことじゃ。
簡単そうに見えるが、本来はそれなりに達成するのは難しいのじゃ。大賢者がいて、一番弟子になること。大賢者が弟子のために魔法を10個以上創り出すこと、もちろん弟子の属性に合っている必要がある。そして弟子がそれを使いこなせるようになる必要があるのじゃ。
新しい魔法を生み出すのも難しいが、習得するのも難しい。ハルトとアリスはあっさりとそれをやってのけた。タイプは異なるが2人とも魔法の才能に溢れておる」
レオナスの質問にアウウレアが答える。
「ハルトが大賢者?」
「世界樹に辿り着く過程でグリムファングを倒しておる。そのときに勇者と賢者の称号を得たのじゃ。だがまだ属性も得ていない世間知らずの若者じゃ。称号を隠すことをしてしまった。そして勇者の仲間を救い出す旅で大賢者となり聖者となったのじゃ」
「ハルトが強いのには納得がいった。最も臆病なものがグリムファングを倒すんだ。勇者になるのは当然か」
「秘密じゃぞ」
大賢者と言う言葉にレオナスが疑問を抱く。アウウレアが簡潔に説明する。レオナスは首を横に振り、そして自分を納得させるように強く縦に振った。
「アウウレア様、またいらっしゃってください」
「もちろんじゃ」
別れを惜しむルミエールにアウウレアが言葉を返す。そして徐々に杖の光が弱くなりアウウレアの姿は宙に溶けていった。
☆
授業中、アリスはずっとソワソワとしていた。トワやカスミは私も頑張るとやる気を見せ、リコはただ嬉しそうにニコニコしている。
授業後レストランへ向かう。ルミエール様が紹介状を書いてくれた。受付でスタッフに紹介状を渡す。個室に案内される。ドレスコートはあるが個室では学園に通う服装で大丈夫なようだ。
大理石の床、綺麗なシャンデリア、壁に飾られる古典絵画、静かで威厳のある雰囲気に押されそうになる。トワもカスミもリコもみんな固まっている。そんな中、アリスは普通に入っていき、そしてこちらを振り返る。主役を待たせてはダメだ。リコと頷きながら僕たちも個室の中へ足を踏み入れた。
コース料理が順に運ばれてくる。こういった食事には慣れない。トワも珍しく借りてきた猫になっている。そんな中アリスだけが堂々としていて不思議な感じだ。
「し、師匠。美味しいですね。しょ、正直、わ、私も慣れている訳では無いんです。父と義母は弟をパーティに連れて行っていましたから。ま、魔法と一緒です。その分想像をしたんです。貴族としてパーティに出席するときに恥をかかないように。
そして部屋に入ってみると想像通りでした。給仕も料理人も街の宿屋と同じ人間でした。雰囲気が厳かで、料理が少し高級なだけです。安心して味わいましょう。雰囲気にはすぐに慣れますよ。こんなにおいしい料理、味わった方が絶対良いです」
僕たちが雰囲気に飲まれる中、僕たちに気を遣ってアリスが話を始めた。主役に気を遣わせてはいけない。雰囲気になんて負けない。そう思い前菜を口に運んだ。
「ありがとう。本当においしいね」
「本当だわ」「美味しい」「美味しいです」
アリスの言葉にみんなの緊張が解ける。みんな笑顔になる。アリスが微笑んだ。
「まず前菜ですね。今みなさまが食べているものです。季節の野菜や小さな魚を美しく盛り付けてあります。前菜は食欲をそっと呼び覚ますための一皿です。 その後にスープ。温かいものか冷たいものかは季節次第ですが、滋味深く、心を落ち着けてくれます。 次は魚料理。川魚や海の幸を繊細に調理してあって、軽やかな味わいを楽しめます。 そして肉料理。ここが主役です。力強い味わいで、みなさまにもきっと満足いただけるでしょう。 最後にデザート。果物や甘い菓子で締めくくり、香り高いお茶や珈琲が添えられます。きっとこんな感じで料理が着ますので楽しみにして下さい」
アリスが優雅にコース料理の紹介をしてくれる。淀みなく流ちょうに言葉が紡がれる。
「アリス、凄いじゃない」
「凄い練習しましたもの。いつか当主になってお客さんを招待するんだって。ですが、今はみなさまに会えてむしろ幸運だと思っています」
「普通に、むしろ流暢に話しているわよ。今なら詠唱もできるんじゃないの」
「えっ。あっ。ああ。ハ、ハルト師匠」
「凄いよ。今日はしっかりと話せたね。無理のない範囲でちょっとずつ話せるようになっていこう」
トワがアリスの言葉に驚く。アリスが練習の成果が出たと嬉しそうに僕たちに話す。そして流ちょうな言葉を指摘され、驚いた表情となった。そして僕の名前を呼び、静かに涙を零した。
その後、アリスの言う通りスープ、魚、肉料理が順に出てくる。全てが美味しい。そしてデザートを待つ間、僕は箱を収納箱から取り出した。
「おめでとう。みんなからのお祝いだよ」
「えっ、えっ。ありがとうございます」
「開けてみて」
2つの箱をアリスに渡す。アリスが驚きそしてすぐに笑顔が咲いた。トワもカスミもリコも早く開けてほしそうだ。
「毛布?あとお茶かしら?」
「陽だまりの毛布っていうんだ。包まれると体温が安定して気分が上向きになるって。お茶は静謐の茶葉っていうんだ。心が落ち着きリラックスできるみたい。貴族だったアリスには物足りないかもしれないけど、喜んでもらえると嬉しいかな」
「もちろんです。ありがとうございます」
「そういえば賢者って収納箱が使える?」
「あっ。そうですね。大切に仕舞っておきます。初めての収納品です」
貴族ではないから立派なものは買えない。だけどアリスに笑顔になってほしくてみんなで選んだ。アリスは大事そうにそれを収納箱に収めた
「あとこれは僕から。賢者になって弟子は卒業だけど、一応師匠だからね」
「あ、ありがとうございます。弟子は卒業しないです。ハルト様にはずっと師匠でいてもらいます」
「さすがに賢者の師匠は恐れが多いかな。開けてみて」
「師匠は師匠です。あっ。ペンですね」
「知恵の羽根ペンって言うんだって。学びの象徴で、魔力を込めると紙に自動で記録を残してくれるみたい」
「ありがとうございます」
せっかく師匠と呼んでくれるんだ。そう思い何か送りたくなった。アリスの嬉しそうな顔を見て僕も嬉しくなった。
授業を抜け出し買い物に行ったんだ。ローブは高い。もしかするとアリスが身に着けているものの方が目の前のローブよりも高価かもしれない。水晶は違う気がする。占いをしたい訳では無い。
喜んでもらえて手の届くもの、贈り物を買いに来た街の魔法店で僕は羽ペンを見つけた。そこそこ値段はするそれを僕は思い切って購入した。僕は平民だ。貧乏性だ。でも仲間の大事な節目だ。今がお金の使い時で間違いない。
購入した後も足がドキドキして震える。その足を宥めながらもう数件回った。みんなで贈るモノの候補を挙げた。心が温まる者が良い、みんなの共通した思いだ。
ペンも毛布や茶葉も喜んで貰えた。トワたちもニコニコしている。
「陽だまりのプリンと月影のティラミスです」
温かい雰囲気の中、給仕がデザートを持ってくる。プリンを口に運ぶと温かさが口の中に広がる。ティラミスを食べると甘さが口に広がる。心まで温かくなった。
☆
翌日、ディーターたちがパーティハウスに来る。食堂に色とりどりの食事が並ぶ。ルミエールさんや黎明の聖光のみんながアリスのお祝い会を開いてくれる。連日のお祝いにアリスは喜びながらも恐縮していた。
「お招きいただきありがとうございます」
「今日は何のパーティですか」
「アリスが賢者になったの。そのお祝いよ」
ディーターがルミエールさんに挨拶をする。ヘルガがパーティの目的を尋ねる。ルミエールさんの言葉にディーターたちが驚いた表情を浮かべ固まった。
「お、おめでとう」
「ありがとうございます」
半信半疑と言った表情でディーターたちがアリスへお祝いの言葉を伝える。アリスの流暢で優雅な返しに、さらにディーターたちは驚いていた。
「金糸の食卓ほどではないけど、黎明の聖光のパーティハウスの本気も結構凄いでしょう」
ルミエールさんの言葉に僕は頷く。普段の食事も美味しい。だけど特別な日の食事はもっと美味しかった。
「師匠と弟子にプレゼントだよ。世界樹の杖を作ったときに余った材料でリングを作ったんだ。」
みんなの食欲が一息つく頃、ルミエールさんが僕とアリスに小箱をプレゼントする。杖を作ったときに出た小枝や切れ端を丁寧に編んだその指輪は凄く温かい雰囲気がする。
「心が落ち着き魔力が上がるのよ。それにアウウレア様とも繋がれるかもしれないわね」
「「ありがとうございます」」
僕たちのお礼にルミエールさんが少し誇らしげな顔をする。僕の師匠はサクヤやリンだ。リンの師匠はルミエールさんと聞いている。連綿と受け継がれているんだな。いつかルミエールさんに恩返しをしよう。そして僕たちの学んだことも将来誰かに伝えていこう。
「王宮へはいつ頃伝えるんですか?2ヶ月目の成長を測る日では確実に知れ渡ります」
「数日内と考えているの。既にブランジェ公爵からアリスの勘当と嫡子の変更の届けは提出されているわ。だけれど、賢者となった我が子をブランジェ公爵が諦めきれるかは分からないわね」
パーティの終わりにディーターとルミエールさんが難しい顔で話をする。
「いっそのこと、ハルトが手を出してくれた方が話が早かったりするわ。勘当した娘が平民と結ばれてしまえば、外聞もあり動けないでしょう。王宮へは学園より先に私から連絡するわ。猶予はあと半月ね。ハルト、頑張りなさい」
ルミエールさんが急に僕の方を振り返る。猶予と言われても、そう思いアリスを見るとアリスの顔が赤くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます