第29話 気さくな貴族

「討伐および浄化をありがとうございました。この欠片の大きさからネームドであることは間違いないです。このローブと杖そして籠から本人が名乗っていた通り、グレイヴ・ソヴリオであると思われます。土地の浄化と併せて1,000万バルをお渡しします。グレイヴ・ソヴリオであればもっと報酬を出さなければならないのですが、ネームドの魔物を想定した予算を取っていなくて」


「僕たちにとっては十分な金額です。街のお役に立てたのならそれで十分です」


「ありがとうございます。それとグレイヴ・ソヴリオは強い怨念を持つ魔物を使役し、勇者パーティでも厳しいと言われるネームドのアンデッドです。今回ギルドの調査不足でみなさまを危険に晒してしまったことをお詫びします」


「危険はありましたが僕たちにとっても良い成長の機会でした」


「この後は王都に?」


「はい」


「立派な勇者になってくださいね」


墓地から戻った僕たちは討伐報酬を受け取り、レティアさんの見送りを受けながらギルドを出る。たった3日だけど濃い3日間だった。アンデッドを討伐し、土地を浄化し、指輪を貰い、そして何故か兎を連れていくことになった。



"キーィ”。ギルドから出ると鋭い金属音を出しながら馬車が停まるところだった。初日に見かけた貴族の馬車に負けずとも劣らない立派な馬車だ。そしてそこから若い女性が降りてくるとそのままギルドに駆けていった。


レティアさんが扉を開けてギルドの外に出てくる。


「アリシア、ありがとう。でも無事土地は浄化されたところ。そちらのパーティが対応してくださったの」

「そうなんですね。ヘッセン侯爵家のディーター様が気にかけてくださったのですが」


二人が話しているところに馬車の扉が開く。そして男性が降りてきて口を開いた。


「アリシア、解決したのならそれで良いぞ。学園に向かう途中に寄っただけだ。無駄足ではない。ついでにこの街を観光していこう」


「ディーター様。サングレイブの街まで足をお運び頂きありがとうございます」


「アリシアが気にかけていたからな。アリシアは良い魔法使いだ。彼らがアンデッドを倒したパーティかな?」


「はい。彼らも学園へ向かう途中のようで、たまたま依頼を受けていただきました。ネームドのアンデッドも出ましたがしっかりと対応し、墓地の浄化までしてくれました」


「優秀なパーティのようだね。貴族はいないようだが誰の推薦かな」


「ルミエール様のご推薦です。印も確認しました。レオナス様の署名も添えてありました」


「黎明の賢者ルミエール様か。今まで推薦したことはなかったと聞いているが。ネームドを倒す実力があれば不思議ではないか。君たち、名前は?」


馬車からは貴公子と呼ぶに相応しい男が出てくる。だけど一昨日あった貴族より柔和な感じでレティアさんとも気さくに話している。彼らも学園で一緒に学ぶんだ、そう思っていると急に話が振られた。


貴族とはほとんど話したことが無い。礼儀も作法も分からない。気後れする自分がいる。だけどここは僕がしっかりしないといけない。


「ハルトです。こちらがトワ、カスミ、リコ、そしてこの街で仲間になった兎です。まだ名前は付けていません」


「兎もか。面白いな」

「可愛い~」


リコまで紹介したところで兎が耳を立てて自己主張した。仕方なく兎の紹介も行う。でもそのおかげで空気が和んだ気がした。幻獣らしいところは見ていないが、さすが幻獣と言ったところだろう。馬車からさらに2人の女性が降りてきて、アリシアと一緒に兎を可愛がり始める。


「ディーター・ヘッセンだ。勇者を目指している。こちらがアリシア、この街出身の魔法使いだ。小さいころから優秀だったのでスカウトした。こちらはヘルガ・ポラック、彼女も勇者を目指している。そしてポーラだ。彼女は癒し手だな。


癒し手一人だとネームドのアンデッドは厳しかったかもしれない。アリシアの生まれ故郷を救ってくれて感謝する」


ディーターはさわやかにみんなの紹介を行った。そしてアンデッドを倒したことを感謝してくれる。初日の貴族、ウルリッヒ・ゼンゲルとは受ける印象が異なる。


「僕のパーティは半野良と呼ばれるものだ。野良とか半野良とか、言いたい奴らに言わせておけば良い。貴族だと思わず、仲良くしてくれると嬉しい」


「はい。よろしくお願いします」


戸惑う僕にディーターは気さくに声をかけてくれた。



ディーターたちと観光をする。街の広場の中央には大きな像が立っている。燼光の勇者と祈涙の聖女の像だ。広場の端には屋台が並んでおり、ディーターが従者たちにいくつか買ってくるよう指示をしている。


"この像は、サングレイブを滅びの炎から救った三柱を讃えるものである。 燼光の勇者は、灰の中から立ち上がり、魔炎の軍勢を討ち払った。 祈涙の聖女は、絶望に沈む民の魂を癒し、命の祈りを空へ捧げた。 月光の幻獣ルナシェルは、夜の帳を裂き、希望の光を導いた。 三者の絆は、闇を越えてこの街を照らし、未来への道を開いた”


像の説明書きを読む。彼らは確かに偉業を成している。不屈の魂と人を想う心、そして希望だ。月光の幻獣ルナシェル、よく見ると聖女の肩に小さな兎の像が載っていた。


「ルナシェル」


肩に載っている兎に声をかけると嬉しそうに胸を張った。


「良いね。幻獣様から名前を貰うんだ」


「少し恐れ多いきもするわ」


「あら、可愛いじゃない」


「兎のままよりずっと良いわよ」


ディーターたちのパーティメンバーが耳ざとく聞きつけ楽しそうに話し合う。幻獣だと知っているトワやリコ、カスミは少し複雑そうだ。そうこうしているうちに従者たちがたくさんの屋台物を買って戻ってきた。


「うん。たまにはこういうのも良いね。アリシアには懐かしいだろう」

「ありがとうございます。ディーター様」


「そうだ。ハルトたちも僕たちと一緒に来ると良いよ。消耗品を乗せてきた馬車がほとんど空になっているんだ。僕たちの馬車ほど立派ではないけど、それでも乗合馬車よりは快適だと思うよ」


急なディーターの提案にトワたちと目を見合わせる。彼女たちもどう答えて良いか分からないようだ。


「ハルトさん、ご厚意に甘えてよいと思います。ディーター様は勇者レオナス様のファンなので、黎明の聖光ののパーティハウスまで送って、あわよくばレオナス様に会いたいと思っていますから」


「アリシア、ばらすな。アリシアだってルミエール様の大ファンだろう。会えなくてもパーティハウスは見てみたいと思っていたからちょうど良いんだ。それでなくても、学園生として仲良くできればと思っている。どうかな?」


「はい。ありがとうございます」


トワたちを目を合わせた後、ディーターの言葉に頷く。気さくだ、そして打算もある。こちらに気を遣わせないための打算かもしれないが、それでも彼らにとっても嬉しいことだろう。


僕は臆病だ。人と話すのも苦手だ。トワやリコのように馴染んだ人とは気楽に話せる。レティアさんやジェニーさんのようにギルドの受付の人たちとは、目的が明確だから話せる。


だけどディーターたちのように目的が無い場合や目的があいまいな場合には途端に話せなくなる。彼らを見て、彼らと話して少しずつ学んでいこう。ディーターたちのように気さくな貴族だけではない。ウルリッヒのように話にならない貴族たちとの付き合い方、多種多様な同級生たちとの付き合い方、苦手なことでも避けずにしっかりと学んでいこう。



「王都ドラケンホルムが見えてきたぞ」


前の馬車からディーターの大きな声が響く。馬車から顔を出し前を見ると大きな門が見える。跳ね橋の付いた石造りの立派な門だ。


ディーターの提案通り、僕たちはディーターたちと一緒に王都へ向かった。消耗品を載せていたと言っていたが予備の馬車としての役割もあったようで、乗合馬車よりもずっと立派な馬車だ。そしてとても快適だった。


旅路は代り映えのない景色が続いたが、賑やかなディーターの声に刺激を貰い、ルナシェル、兎の幻獣が可愛がられ、意外に飽きのない旅となった。



貴族用の門を通り王都に入る。乗合馬車だとここで下ろされているところだ。そしてそのまま貴族街へ続く門を通り、馬車のまま黎明の聖光のパーティハウスへ到着した。


執事がパーティハウスから出て来てディーターの従者と話をする。そして僕たちは馬車を降りて、パーティハウスの中へと案内された。ディーターの狙い通り彼らも一緒だ。


「みんな、よく来たわね。疲れたでしょう。遠慮せずに座って。そちらはヘッセン家のディーター様で良かったかしら」

「はい。サングレイブでお会いして送ってもらいました」

「ディーター・ヘッセンです。お見知りおきを」


ルミエールさんが気さくに声をかけてくる。だけど高名な黎明の賢者だ。勇者レオナスもいる。僕たちだけではなく、快活なディーターも恐縮した感じを見せていた。


「ハルトたちは住むところは決まっているの?良ければここを使ってみない。自分で言うのもなんだけどど良い場所にあるわ。学園にも通いやすく、街にも遠くないの。空き部屋も多いから遠慮はいらないわ。ハルトとは魔法談義もしたいしね」


「ハルトとは一度手合わせをしたな。ここで一緒に訓練しよう」


「そうなの。ここのパーティハウスの良いところは訓練場が付いていることね。それにトワ、カスミ、それとリコで良かったかしら。女性たちにとっても安全な場所よ。もちろんその兎さんにとってもね。黎明の聖光のパーティハウスに手を出そうとする不届き者はいないから」


「ありがとうございます」


従者が運んできた紅茶を口にしながら、ルミエールさんからパーティハウスを住まいとすることを提案された。レオナスさんが一緒に訓練することを持ちかけてくる。嬉しく思いつつも、行為に甘えるべきかを迷い、仲間の方を見る。



「遠慮は要らないわよ。枝も頂いているからね。気にするなら、時々お水を分けてもらえるとうれしいわ」

「分かりました。よろしくお願いいたします」


迷っている僕を見て、ルミエールさんが助け船を出してくれる。トワたちも頷いている。好意に甘えて、お世話になることにする。


「ディーター様は?」


「私たちは王都にあるヘッセン家の屋敷に滞在する予定です。でも正直ハルトが羨ましいです。憧れの聖光のパーティハウスですから」


ディーターが自分のことを俺ではなく私という。使い分けられるのは素直に凄い。僕はまだ自信がなくいつも”僕”だ。いつかは”私”も使えるようになりたい。ディーターの立派な受け答えを見ながら場違いなことを考える。その間にも話は進んでいた。


「憧れるほどのものではないけど。もし良ければ訓練に来てもらっても大丈夫よ。ハルトたちも同年代の勇者候補がいた方が刺激になるわ」


「本当ですか」


「本当よ。その代わり、学園でハルトたちを少し気にかけてくれないかしら。この子たち実力はあるけど世間知らずで、そして貴族との関りも全くしたことが無いの」


「もちろんです。来る途中に友達になりましたから、このことが無くても面倒を見るつもりでした」


ルミエールさんが僕たちのことを気にかけてくれる。ディーターが友達と言ってくれる。何となく嬉しくなり頭を下げる。


「ハルト、頭を下げるな。みんなお前を認めているんだ。それより訓練に行くぞ。トワもディーター様も大丈夫か」


「えっ」


「旅の途中で魔物と戦うのなんて良くあるだろう。それと似たようなものだ。ガルドももちろん行くだろう。何かあればセレナが治してくれるさ」


「「はい」」



「ハルト、ちょっと見ない間に腕を上げたな。属性を使っていないとはいえ、かなり本気だったぞ。賢者じゃなくて勇者を目指せよ」


「トワは学園生としてはかなり上の方だろう。勢いで相手を押そうとする。良いときは良いが、いなされると厳しくなる。勢いを活かす鋭さと相手を躱す技を身につけると良い」


「ディーターは貴族として技を磨いているのが分かる。実戦の相手は騎士ではないから、絡め手を交えられると脆いだろう。基礎はできているから実戦を積んでいくともっと伸びるだろう」


「カスミは手数が多いのが長所だ。セルバートさんにいろいろ叩き込まれたのが分かる。勇者と直接戦わずに絡め手を使うのは一つのやり方だ。仲間との連携が大事になるから普段からコミュニケーションを心掛けると良い」


「ヘルガは素早いな。素早い動きで相手を躱し鋭い一撃を加える。だが軽すぎる。魔物の中には人間より素早いものも多い。素早さで対応できなくなったら詰むぞ。勇者として剣の訓練を積むとともに、カスミのように探索術や弓矢の技術を身につけるのも良いと思うぞ」


レオナスさんとガルドさんが僕たちに胸を貸してくれる。二人との模擬戦もそうだが、二人が他の仲間と模擬戦をしているのも参考になる。人によって得手不得手は異なる。しっかりと成長していきたい、そう思った。

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