第25話 猿の王

宿に泊まる。食堂へ行く。この街には長くいたけれど最初のころに安宿に泊まっただけで、こんな立派な宿に泊まったことはなかった。フロストヘイブンの名物は兎パイだったんだ。初めて知って初めて食べる。兎肉とベリーが挟んである。口に運ぶと甘酸っぱい味が口の中に広がった。薬草も少し挟んでいるようで、自分の仕事が意外なところで使われていると知り、なんだか嬉しくなった。


「ハルト様、このパイ美味しいですね」


「そうだね。正直に言うと僕も食べるのは初めてなんだ」


「私も駆け出し用の宿しか泊まっていなかったから、こんな食事は初めてよ。なんか新鮮ね」


街にいた頃を回想していると、リコがパイを頬張りながら話しかけてきた。トワにとっても初めてのようで何となくホッとする。


「フロストヘイブンに戻ってきたのも悪くなかったわね。それで明日はどうする?」


「4人で森を調べるか、他のメンバを誘うかだよね」


「街に戻ってきて分かったけど、私たち結構強くなっているわよね。他のメンバを入れても足手まといになるし、ハルトの収納箱のこともあるから4人が良いんじゃないかしら」


「そうだね。進み方を決めようか。先頭はカスミが適任なんだけどエイプが複数出ると危いかもしれない。僕も気配が探れるから僕が先頭で良いかな。トワは2番目で何かあったら任せるよ。リコが最後尾は危ないから、カスミが後ろで気を配ってもらえると嬉しいな。あとは危ないと思ったらすぐに戻ろう。情報を持って帰ることが重要だから」


「「はい」」


食事をしながら明日のことについて話す。薬草採取ばかりしていた僕が街の役に立てるかもしれない、そう思うと嬉しくなる。宿の布団はいつもよりふかふかだった。



「見かけないわね」


「後ろから人の集団がついてきています」


「確かに。良く気付いたね。さすがカスミだ。もし近づいてくるようだったら教えてくれるかな」


森に入って100mほど進んだだろうか。魔物の姿はほとんど見られない。一方でカスミは僕たちの後ろを人が着いてきていることに気づいた。立ち止まり耳を澄ますと確かに枯葉を規則的に踏む音が聞こえる。ジェニーさんからは冒険者が手伝ってくれることは聞いていない。街が危機に陥っている状況で馬鹿なことを考える人はいないだろうが、念のためカスミに警戒をお願いする。


森が明るくなった。木々が開けたところに来たのだろうか。そう感じたとき、前から多数の魔物が近づいてくるのを感じる。右からも左からもだ。


「ハルト」


「みんな固まって。囲まれている。後ろの人たちは?」


「魔物の後ろで道を塞いでいるわ」


カスミの声に僕は頷く。僕の油断だ。囲まれたのは偶々ではない。魔物に罠を張る知恵があるとは思っていなかった。人間と連携する知恵もだ。


「右はトワ、カスミは後ろ、僕は前と左を対応する。トワは余裕があったら僕やカスミをフォローして。リコはみんなをサポート」


「分かったわ」「分かりました」


みんなが僕の声に頷く。こんな時でもみんな落ち着いていて頼もしい。



右側に30匹くらいの猿が見える。少し遅れて前と左にも30匹ぐらいの猿が現れた。後ろには10匹の猿と10名くらいの冒険者が立っている。レオやアレク、ユートが僕たちを指さして嗤っている。猿たちはすぐに襲ってくることはせず、歯を剥いたり大きく吠えたり威嚇行動をとっている。


そして一匹の猿が現れると、猿たちの騒めきが大きくなり静まった。その猿は他の猿たちよりも二回りも大きく全身が赤い毛で覆われている。その目は鋭く瞼に傷跡がある。


「我はムンザ。猿の王だ。人間たちよ。よくも我らの仲間を殺してくれたな」


「ウォッ 、ウォッ」「ガッガッ」「薬草拾いが調子に乗るから」「ムンザ様やっちゃって下さい」


ムンザの言葉に猿たちが、そしてレオたちが歓声をあげる。多数の圧迫するような声は苦手だ。克服したと思っていたけれど怯みそうになる自分がいる。だけど僕はみんなを守るんだ。そう思いムンザを見て声を出した。


「僕はハルトだ。この街を守っている。ムンザよ、なぜこの街に」


「手ごろな森だからだよ。我らはエイプは知恵のある魔物だ。力が劣る分を知恵で補い生き延びる。魔王様亡き後、魔の森の秩序は乱れている。我ら力の劣るエイプには暮らしづらい森となった。


魔の森に近い街には勇者がいてやはり危険だ。だが、人間の棲家の中に入ってしまったらどうだ。街には平和ボケした冒険者しかいない。冒険者同士で争っているくらいだ。その近くの森は我らにとって安全で餌に溢れている。弱い魔物とひ弱な冒険者だ。


我が住処を探して10匹ほどの部下と旅をしたときに、そやつらが他の冒険者と争っていた。理はそいつらには無く、力もそやつらが劣っていた。だから我はそやつらに恩を売るために、冒険者たちを殺した。そしてそやつらに街の有力な冒険者たちを誘い出してもらった。そしてこの森が安全となった後に仲間を呼んで住処とした。


森の魔物が溢れ出たのが悪かったのだろうか。ときどき冒険者がやってきた。我は仲間を守るために人間を殺した。そして次にお前らがやってきて我の仲間を殺した。我は仲間を守るためにお前たちを逃すわけにはいかない。勇敢な冒険者よ。自分が死ぬ理由が納得できただろう。安心して死んでくれ。


ものども、かかれ。仲間の仇だ」


ムンザの掛け声とともに猿たちが飛びかかってくる。仲間のためというムンザの言葉に共感する僕がいる。そのために魔弾の準備が遅れ、その隙にエイプたちが目前に迫っていた。


「考えすぎないでハルト。みんなハルトと一緒にいるわ」


まずいと感じたとき、トワが僕の目の前に立ちエイプを3匹斬って捨てる。そして僕の肩を軽く叩いた。カスミも後ろからの攻撃を上手くいなしている。


10個の魔弾を放つ。殺すよりも飛びかかられないようにすることが先だ。そう思い速度重視で魔弾を放つ。エイプが次々飛んでくる。トワもカスミも精一杯だ。魔弾を放つ。魔弾を放つ。10回それを繰り返した時にエイプたちの猛攻は止んでいた。ほとんどのエイプが息絶え、息をしているものも手足に大きな怪我をしている。


「勇敢な冒険者よ。まさかここで勇者に会うとは我も運が無い。一騎打ちを所望する。我が勝てば3人の冒険者が森を立ち去ることを許そう。その代わりお前が勝ったときは我の話を聞いて欲しい」


エイプたちが倒れ伏しているのをムンザが驚いた顔で見て、そして何かを決意するように僕に話しかけてきた。


「ハルト、受けて良いわよ。このまま押し切れると思うけれど、ムンザは礼を通してきているから、それを無視するとハルトの性格では後を引くでしょう」


僕は勇者ではない、そう思いながらトワを見るとトワは意外にも僕を後押しした。確かに僕の性格では後を引く。ムンザが卑怯だったことは一度も無いからだ。


「ウォッ 、ウォッ~」


僕が頷くと、ムンザが叫びその身体が一回り大きくなった。僕は月光の剣を抜きムンザに相対する。


「良い剣だ。我の命を取るに十分だ」


ムンザはそういうと僕に向かって真っ直ぐに飛びかかってくる。まるで自分が斬られることが当然のようにフェイントもなかった。僕は月光の剣を静かに振り下ろす。ムンザは僅かに身を捻る。そして肩から脇にかけて剣が通り抜けた。


「良い剣だ。痛みが少ない。我の願いを言おう。聞くかどうかは勇者の判断に任せる」


少し辛そうな表情で言葉を発するムンザに僕は頷いた。トワたちも周りを警戒しながら、ムンザの言葉を待つ。エイプたちは倒れたままで、レオたちは驚愕したようにその場で立ち尽くしている。


「我の願いはエイプの血を残すことだ。我の首を取ることで仲間を生かしてやってくれ。怪我をして亡くなってしまうのは仕方がない。だが生きている仲間はそのまま生かしてほしい。子供たちに知恵を伝える大人が必要だ。


我らエイプは積極的に人を襲わない。森の中で細々と暮らしているだけだ。魔王がいなくなったことで森が不安定になり、意図せずこの森をかき乱すことになった。魔の森が落ち着いたら仲間たちもこの森から去るだろう。


対価として証拠をやろう。そこの卑怯な冒険者たちが悪さをした証拠だ。防具に付いた傷が彼らの剣と一致するであろう。あの男は特別な剣を使っているようだしな。冒険者同士のいざこざには証拠があった方が良いであろう。どうだろうか?」


「僕は良いと思う。でもみんなの命を危険に晒したから、みんなの意見を尊重する」


「私も良いと思うわ。多くの冒険者が亡くなっているからネームドの首は必要ね。だけど私たちの受けた依頼は調査だから、襲ってこなければ討伐する必要はないの。逃げるなら勝手に逃げれば良いのよ」


僕の言葉にトワが意外にも頷いた。確かに僕たちが受けた依頼は調査依頼だ。リコもカスミも頷いている。


「分かった。襲ってこなければ手を出さない」


「安心した。勇者よ。卑怯な奴らに倒された冒険者の防具はここから7つ目の木の裏に保管している。やつらが裏切ったときのために保管していたが意外な形で役に立ったな。それでは我の首を刎ねよ。少し苦しくなってきた」


安心した表情のムンザに僕は月光の剣を振り下ろした。エイプたちから諦めのようなため息が漏れる。そしてエイプたちは生きている仲間同士で支えあい、森の奥へと去っていった。



「これが防具です。全部ではないですけど、必要があればまた取ってきます。あと、入り口にレオたちを拘束しています」


「ありがとう。まだ上手く整理できないけど、ハルトたちが問題を解決してくれたのは分かったわ。調査依頼に加えて特別報酬も出ると思う。赤毛の猿、瞼に傷、間違いなくムンザね。ネームドの盗伐でだけでも十分な成果だけど、街の問題も解決してくれたわ。後日また来てくれるかしら」


ムンザを倒した後、レオたちが襲ってきた。当然僕たちに敵うはずもなく、あっさりと拘束できた。森の外に運び出す方が大変だったくらいだ。丸太のように転がして擦り傷だらけになったのは仕方がないだろう。それからムンザの亡骸と、レオたちを台車に詰め込み、僕たちはギルドへと報告に戻った。


ネームドについては驚かれたが、既に倒されたとあって、ギルドのみんなは安心したようだ。そしてレオたちの行動についても思い当たる節があったようだ。証拠として持ってきた鎧とレオの剣を比較して、すぐにレオたちを牢屋へと連れて行った。


魔物が知恵を持ち仲間を思いやるとは考えたこともなかった。人があんなに醜くなれるとも思っていなかった。今回はいろいろ考えさせられた。頭が上手くまとまらず疲れを感じる。


「宿に帰って美味しいものを食べるわよ。ハルトは考えすぎるから、頭の中までで食べ物で埋め尽くした方が良いの」


「私も賛成です。ハルト様は真面目過ぎるから」「スイーツが食べたい」


トワが僕の肩をポンと叩く。カスミがスイーツと呟きながら僕の手を取る。リコが微笑んで僕を見つめている。まずはゆっくりしよう。そう思った。

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