第15話 殻を破る
「バッファロー3頭か。二人でよく持てたな。それとリコは薬草か。いつもありがとな」
ジルナークさんが査定をしてくれる。東街のことについては聞いてこない。ギルド職員の立場からは聞けないだろう。だが、避けることはせずにいつも通り応対してくれる。感謝しかない。
「明後日は祈りの儀だ。リコが嫌じゃなければ、ポーションを売るのを手伝ってくれないか。この前みたいな事故があったり、十分な治癒が得られなかった人が買っていくんだ。
これはレオン様も希望されている。全員を治癒するのは無理だからな。祈りの儀以降、薬草を採ってくる冒険者が減ったから、十分なポーションを提供するのは難しかった。今回はリコのおかげでポーションが準備できるようになった」
査定をしながら、ジルナークさんがリコに話しかけてくれる。ジルナークさんは良い人だ。リコが失敗に感じないよう、役割をくれている。僕がリコの後ろで頭を下げると、ジルナークさんは目で頷き返してくれた。
「はい。頑張ります」
後ろを向いたリコに僕が頷くと、リコは嬉しそうにジルナークさんに返事を返した。
☆
魔法の練習をしたい。宿屋でも矢の生成までは繰り返した。だから後は遠い距離から同じところに当てる練習が必要だ。だけど普段と違う行動はしたくない。普段と違うことをしたら、レオンを狙撃した後に怪しまれる。だから午前中は城壁の補修を行う。
「ハルトとトワが来てくれてから城壁の補修が進んだよ。お金は払えないけど、そちらの嬢ちゃんもな。雰囲気が良くなって単調作業を楽しめるようになった。おかげでほら、崩れていない城壁まであと少しだ」
現場監督がうれしそうに僕たちに話しかける。そして現場監督が指さす方を見ると、城壁の上に大きな弓のようなものが置いてあるのに気づいた。
「ありがとうございます。僕たちにとっても属性魔法の良い訓練になっています。属性を得て間もないので。ところであれは?」
「あれはバリスタだ。そこにもあるだろう。城壁ができたら上に置くんだ。引っ張るのに大人が数人必要だが、魔物さえ貫くぞ。狙いを付ける奴もいて、ほらこの筒のおかげで狙いがブレないんだ」
「凄いですね」
現場監督と話しながら、僕は弓から目を離せないでいた。筒で照準を合わせるんだ。これで再現性も上がるかもしれない。上の空のまま午前中はたくさんのレンガを作った。
☆
空魔法で弓を作る。筒を作る。台も作った方が良いだろう。そして矢を放つ。また矢を放つ。100m離れた木を確認すると、ずれは2㎝程であった。アソコは外れても足、お腹。命には関わらない。水玉はぶつかった後に破裂するようにしよう。
小さな水玉を作る。それを大きな水玉で覆う。その上を空玉で覆い圧縮する。狙い通りだ。一つ一つの水玉の威力は弱くなるが、幹の内部が傷ついている。動くバッファローでも試すが問題なく額を貫いた。
「ハルト、それ自分で考えた魔法?魔法を作れるのは賢者だけって聞くよ」
「バリスタを真似ただけだから、大したことは無いよ。自分で作ってみたけど、他の人も作っているかもしれないね」
「それでも凄いわ」「さすがハルト様」
「今日、この後ユイのところへ行ってみるね」
「焦っている気もするけど、東街の人のことを考えると早い方が良いわね」
僕の提案にトワとリコが頷いてくれる。僕も一昨日東街で見た母子のことが気になっている。少しでも早く状況を改善したい。言い訳かもしれないけど、僕の精一杯だ。そう思って街へと帰った。
☆
「うそ。どんな魔法を使っているの?2つの玉を圧縮する。そこまでは分かる。それを繋げて矢にする?そして発射台を作って安定させる?そんなの聞いたことがないわ。だけどできているのね。"もっとも臆病なもの”か。サクヤも凄い子を見つけたものね」
東街の奥深くでユイにバリスタ魔法を披露する。前例があるかもしれないが、僕が今回考えたのは空魔法の覆いを使って圧縮形状を決めること、空魔法で二つの魔法玉を圧縮すること、空魔法の矢で闇魔法と水魔法を包むこと。バリスタの台車で再現性を高めること。そして水魔法の粒を水魔法で覆って炸裂するようにしたことの5つだ。
聖女であるユイが驚いてくれたことは、密かに自信になった。だが本番で成功させなければ、僕が感じる自信なんて意味がない。
「改良点があったら言ってほしい。失敗しそうだったら延期する」
「思いつかないわ。自慢じゃないけど、うちには"聖なるスイング”っていう二つ名が付いているの。棍棒を振り回す聖女よ。こんな複雑なこと考えられないわ。だけど経験から言わせてもらうと、風向きには注意した方が良いわよ」
「ありがとう。矢の通り道を風の筒にしてみようかな」
シルフ、声に出して呟く。その呟きに風が応えたような気がした。二度目に打った矢は寸分違わず一つ目の矢が付けた傷を拡げていた。
「大丈夫そうね。ふ~。気を取り直して、レオンに世界樹の葉を摂って貰う作戦ね」
僕の試射を見たユイはため息をついた後、狙撃後の作戦について提案してきた。
「リコがポーションを売る。これは合っているね」
「はい」
「それは町の広場の近くで?」
「ギルドの前になるので、遠くはないと思う」
「狙撃した後にハルトにはまだ魔力は残っている?」
「今くらいの威力で良ければ十分に」
「分かったわ」
「リコを危険に巻き込みたくはない」
「想像通りよ。シンプルな作戦ね。その方が失敗は少ないから。まずハルトが狙撃をする。レオンが気を失うと結界が解ける。ハルトは馬車を吹っ飛ばして。その中にポーションがあるかもしれないから。そして他の人がポーションを持ってきても吹っ飛ばして。バリスタなら足止めくらいできるでしょう。
そしてレオンの手下がギルドにポーションを求めに行ったら、リコが世界樹の葉で作ったポーションを持っていく。レオンにかけるのは手下でもリコでもどちらでも良いわ。直接飲むわけではないので、2本ある方が安全よ」
「リコが一番危険だ。あの子は十分に辛い目にあっている」
「やるかやらないかはリコの判断よ。うちはリコが勇気を出すと思っている。あの子の勇気の種をハルトが摘むのは良くないわ。この手紙をリコに渡してちょうだい」
本当にシンプルな作戦だ。そしてこれ以上の作戦はないだろう。リコの勇気の種か、リコが危なくなったら僕が守れば良い。魔力はたぶん残っているだろう。迷いながらも僕はリコに手紙を渡すことを決めた。
☆
「ハルト様のお役に立てるんですね」
「僕のために無理はしないでほしい」
ユイの予想通りリコは前向きだ。だけどリコには自分のために前向きになってほしい。
「嫌じゃないです。人を治すだけですから。それにレオン様が来る前はお母さんももう少し優しかったんです。友人がレオン様に傷を治してもらったって見せびらかしに来て、それから酷くなったんです。レオン様の力の使い方は傷は治すかもしれないけど、みんなが幸せになれる使い方じゃない。正しい使い方じゃないと思います。お母さんのためにもレオン様の力を聖女様に返したいです」
リコが続けた言葉はしっかりと自分で考えたものだった。ユイがここまで見越していたのかは分からない。だけど、確かにリコは自分の考えを持っていた。僕の想いで止めていたら、リコの勇気の種も、成長の芽もすべて摘んでしまっていただろう。
僕はリコの言葉に頷き、そして頭に軽く手を置いた。
☆
ジルナークさんには僕とトワは怪我をしていないから、広場には行かないことを伝える。トワはリコの手伝いで、僕は街中を散策する。
服を着替える。気づかれにくいように屋根と同じ色の服だ。周囲を伺い人気のないことを確認し、目星をつけていた屋根に登る。予想通り狙いがつけやすい。
広場には多くの人が集まっている。リコとトワは見えない。僕は冒険者ギルドからは見えない位置にいる。冒険者のスキルで僕の姿が見られるリスクは避けたいからだ。
緊張してくる。臆病者だ。トワは優しい。僕のことを慎重だと言ってくれる。臆病な僕だけど、トワの期待に応えたい。息を吸い込み大きく吐く。そして自分を奮い立たせる。強がりも押し通せばきっと本当になる。
馬が台車を曳いてきた。レオンが出てくる。演説を始める。幸いなことに下半身は全く動かない。照準を合わせる。そして魔法の矢を放った。
広場が騒がしくなる。何人かが慌てて馬車に駆けこんでいく。魔法を放つ。幌が燃えて瓶が割れるくらいの魔法だ。裏町の人たちとはいえ、一方的に傷つける気にはなれなかった。
何人かがギルドに走っていく。リコの姿が見えた。ポーションの瓶を2つ持っている。そしてその瓶をひったくるように男が奪い取り、悶絶しているレオンにかけている。
誰かがこちらを見ようとする雰囲気を感じる。顔を見せないように気を付けて屋根を降りる。そして少し走ったところでいつもの服に着替えた。屋根と同じ色の服は収納箱に仕舞いこむ。
街を歩く。出店で肉を買う。街の人が声をかけてくる。その声に笑顔で答えトワとリコの分の肉も買って宿に戻った。
しばらくしてトワとリコが宿に戻ってくる。街の門が閉じられる。家から出たものは厳罰に処すとの声が窓の外から聞こえてきて遠ざかっていく。
「しーっ」
「話は落ち着いてからね。今は普通の話にしよう」
リコが嬉しそうに自分の口を塞ぐふりをする。トワが笑顔でそれを窘めている。二人とも笑顔でいるということは危ないことは無かったのだろう。
「ギルドで少し足止めされた程度よ。他の冒険者も足止めされていたから、特別じゃないわ」
「門も閉ざされるし、大騒ぎになっているね」
「広場では怪我人は出たみたいだけど、亡くなった人はいなかった。だから、みんな思ったより早くギルドから返してもらったんじゃないかな。レオン様の怪我も治って、奇跡だって声も聞こえてきたわ。だからレオン様の株も今のところ上がっているわ」
「それは凄いね。奇跡が起きたんだ」
「ハルトはどうだった」
「僕は屋台を回っていただけだよ。お土産もある。今日は人が集まるから屋台が多く出ていたよ。みんな広場が騒がしいって不思議に思っていた。屋台の人たちも足止めかな」
僕たちに疑われる理由はない。この部屋の声が聞かれている心配もないだろう。だが慎重を期して、レオン様と呼びながら僕とトワは情報を交換していった。リコは僕が買った屋台のお肉を嬉しそうに食べている。
僕の前には自分の殻を破ったリコがいる。トワの時もそうだった。僕はもっと仲間を信じないといけない。臆病な僕が全てできると思うことが自惚れだ。トワもリコもしっかりとした考えがあり、しっかりと自分の役割を果たしている。もっと謙虚になろう。もっとトワとリコに甘えよう。そう思って二人を見る。二人も嬉しそうに僕を見て微笑んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます