第12話 優しい母親

「それじゃあ仕方がないなぁ。一頭持ってきてもらっただけでも十分だ。商人に卸したバッファローも街の人の腹を満たすだろう」


事情を説明すると、ジルナークさんが少し難しい顔をした後で、自分を納得させるように頷いた。


「この街は交易の街だ。商人同士の駆け引きはあったが旅人が多く、助け合いの気持ちの強い街だ。だから少女を助けてくれたことには礼をいう。だけど、少女の引き取り先はない。今は似たような境遇の子供たちが溢れているんだ。少し前からこの街はお金が優先になっちまった。それはそれで大事なんだがなぁ」


少女の引き取り先を確認したが、ジルナークさんは難しい顔になりため息をついた。少女はますます身体を小さくして俯いている。


「仕方がないわよ。私たちは3人分くらいは稼げるわ。私がもう少し頑張っても良い。とりあえず宿に行きましょう」


「そうだね。その子を助けられて良かった。僕も頑張るよ」


「リコっていうんだって。名前で呼んであげてね。私より一つ年下なんだって」


リコと呼ばれた少女の手足は細く折れそうだ。きっと十分に食べていないのだろう。トワの提案に僕たちは宿屋へと向かった。



「こんなに食べてよいの?」


「遠慮なく食べて。私たち冒険者なの。だからしっかりと食べて元気にならないと」


「でもいつもこんなに食べないよ」


少女が戸惑ったように尋ねてくる。トワが話してもまだスープにさえ手が伸びない。


「無理する必要はないけど、少しずつ慣れてほしいかな。仲間になった記念に僕の分も上げるよ」


「私の分も」


遠慮しているリコに僕はお肉を少し切り分ける。トワも一緒になってリコに食事を勧める。リコは迷いながらもお肉を口に運んだ。


「温かい。美味しい」


リコの目から涙が溢れてくる。


「私こんなに食べて良いのかな。あまり高く売れなかったのに」


「良いに決まっているじゃない。売られたことなんて気にしなくて良いわ。リコは仲間よ。子供を売るような母親なんて忘れなさい」


戸惑うリコにトワが真っ直ぐに話しかける。


「お母さんは優しいの。いつも怒鳴って叩くけど、ときどき撫でてくれるの。高く売れなかったのは私のせいなの」


トワの言葉に、リコが戸惑ったように母親を褒める。そして僕が真っ直ぐにリコを見られなかった理由が分かった。上手く声がかけられなかった理由が分かった。リコは僕だ。


「そんなことはないわ。母親が自分の傷を治すために子供を売るなんてしちゃダメなのよ。本当に事情があるならともかく、あの態度はないわ」


トワが真っ直ぐに感情をリコにぶつける。リコは戸惑ったような表情をしている。トワらしい真っ直ぐさだ。羨ましくなる。僕も蹴られても父親が正しいと思っていた。怒られる理由が僕にはあると思っていた。機嫌が良いときは優しい言葉をかけてくれる。そしていつも僕を否定する。


俯いている。辛気臭い。もっと明るく振るまえ。僕はダメな子供だ。だけど、否定されて育ったんだ。僕が自分をダメだと思い込んでも仕方がないじゃないか。サクヤとの一ヶ月、そしてトワとの数週間は僕の気持ちを少しずつ変えている。


俯いているリコは、少し前の僕だ。


「リコはしっかり成長できるよ。明日から僕たちの冒険を手伝ってね」


人の役に立てば、人との関りが増えれば、きっと少しずつ自分を肯定できるようになるだろう。そう思い僕はリコに声をかけた。そしてリコと向き合うことで僕も自分をもっと受け入れられるようになるだろう。


「はい。頑張ります」

「よろしくね」


リコが戸惑ったように小声で答える。トワは僕を見て嬉しそうに頷いた。



トワがリコの世話をして、リコを寝させる。身体を拭き着替えさせられたリコは戸惑いながらベッドに入る。疲れていたのだろう、すぐに寝てしまった。汚れを落としたリコは細身ではあるけれど可愛らしい少女だった。肩まで伸びた茶色の髪、クリっとした目、そして通った鼻筋が白い肌色を引き立てている。


「リコに何をしてもらおうかな」


「バッファローは持てないわよね」


「狩りのついでに薬草も少し採取しようか。調合もちょっとずつ勉強してもらおう。できることが増えるときっと自信がつくよ」


「そうね。それとごめんなさい。ハルトの目的を邪魔しちゃったわ」


「邪魔にはなっていないよ。きっと僕が支えたい人も同じことをしていたと思う。きっとリコを助けたことは巡り巡って僕たちもその人も助けることになるんだと思うよ」


リコが自信を持てると良い。そしてリコと一緒に僕も成長していこう。そう思い、心配するトワに僕は強く頷いた。



甲虫を見ても、グラスバッファローを見てもリコはまるで自分の危険はどうでも良いかのようにその場から動かなかった。命よりも僕たちの邪魔をしないことの方が大事だと思っているのだろう。


「ありがとう。少し運ぶのを手伝ってくれるかい」


リコに声をかけて、バッファローの端を持ってもらう。


「せっかくだから薬草を採取していこうか。葉っぱの色と形、それと手触りで見分けるんだ。分からなかったら聞いてね」


「はい」


僕の言葉にリコが小さく頷き、そして黙々と草花と向き合い始めた。魔物が出ても気にしない。一瞬怖がるが、それよりも採取を中断することの方を嫌がっている。そのおかげか、数時間のうちにたくさんの薬草が採取できた。間違いもほとんどない。


「リコ、凄いね。ほとんど間違いがないよ。僕が最初に採取したときは半分くらいギルドに突っ返されたんだけど」


僕の言葉にリコは一瞬顔を上げて僕を見た。そして照れたようにまた顔を伏せる。一歩前進だ。そう思いリコの頭を撫でると、リコは戸惑いながらも嬉しそうにはにかんだ。



「今日は薬草も持ってきてくれたのか。祈りの儀で怪我が治るからって無茶する冒険者も多い。この量の薬草は有難い」


「リコが頑張ってくれました」


ジルナークさんの言葉にリコは戸惑い、僕の後ろに隠れた。だけど、何となく嬉しがっているのが分かる。僕まで嬉しくなった。



「水を汲んできて、みんなに渡して」


「おお。嬢ちゃんありがとう」「こっちにも水をくれ」「お礼に干し肉を少しやるよ」


城壁の補修ではリコの出番はない。だけど水汲みでも十分に役に立つ。重い土を持つ。熱い火を扱う。喉が渇くんだ。ボランティアかもしれないが、人の役に立つことはリコにとってきっと良い経験だ。


それにリコのような少女が水を持って走り回っていると作業現場が明るくなる。


「リコが手伝ってくれてよかったよ」「本当よ」


僕とトワの言葉に、リコは顔を赤くして水を汲みに行った。


「そろそろ行こうか」「おこぼれが貰えるって本当か」「範囲魔法だからな。近くにいれば多少は治るだろうよ」


昼頃になると少し現場が浮ついた雰囲気になる。祈りの儀に向かうのだろう。みんなが作業を中断して移動を開始した。


「お前たちも来いよ」「お水ありがとな」


一緒に作業をしていた冒険者たちが声をかけてくれる。僕たちは彼らの後をついて、広場へと向かった。



広場には多くの人が集まり、真ん中そして西側の通路を除いて人でごった返している。その中を白い馬が二頭、白い台車を曳いてきた。台車は広場の中心に来たところで停まる。台車には数名の男が乗っており、みんなが真ん中の男に従っている。真ん中の男がボスなのだろう。でっぷりと太り、脂ぎった顔をしている。


「まずは1,000万バル以上を持ってきたものが並べ。レオン様が直々に見てくださる」


従者の言葉に、群衆から10名ほどが前へ出てくる。大きな傷を負っているもの、自分では歩けず運ばれてくるものなど、怪我人や病人ばかりだ。


「これは1億バル必要だな」

「はい。こちらに」


従者がお金を受け取ったあと、レオンが祈るような姿勢を取る。そして怪我人が輝き、光が収まったときには怪我がなくなっていた。


「これは5,000万バルだな」

「3,000万しかありません。どうにかお願いします」

「ちょっと治してやろう。次に2,000万持ってきたら全快できるだろう」


従者の言葉に病人が落胆する。そしてレオンの祈りのあと、その病人の病状は良くなったが、治りきってはいないように見えた。


「次は100万バル以上持ってきた奴らは、レオン様を取り囲むように集まれ。金額が大きい方が近くだぞ」


1,000万バル以上持ってきた人たちの次は100万バル以上だ。金額順に台車を取り囲むように並ぶ。そしてレオンの祈りとともに、光が降り注ぐ。全快して喜ぶ人。効果が少なく落胆している人、さまざまだが、確かにみんなに治癒魔法が届いている。


「次は10万バル以上だ。10万バル以下は今回は人数が多いから無しだ」


また金額順に台車を取り囲むように整列する。だがその輪の大きさは100万バルの10倍以上だ。そして輪の端の方にリコの母親がいた。期待するような騒めきの中、光が降り注ぐ。100万バルよりは光の密度は薄い。その光が広場に広がりそして消えた。リコの母親の頬の傷も半分くらい消えている。


凄いと感じてレオンを見ると肩で息をしていた。借り物の力とは言え、聖女の魔法を手を抜かずに使っているようだ。


「レオン様」「ありがとうございます」


群衆が口々にレオンを讃える。怪我のない僕たちに効果が分からないが、広場に集まった人たちの傷や体調も少し良くなったようで、喜んでいる人が多い。


レオンが手を振りながら去っていく。群衆が歓声を上げる。そして大きな音とともに空中で何かが爆発した。魔法の欠片が空から降ってくる。悲鳴が上がる。広場が喧騒に包まれる。


「大丈夫だ。私に魔法は効かない」


喧騒の中、レオンが大声で無事をアピールする。そして群衆の中から一人の男が捕まって出てきた。


「傭兵団の残党か。まあまあの腕だな。俺には効かないがな」


「兄貴の仇」


「無駄だよ。俺には剣も魔法も届かない。お前に家族や友人はいるか?一緒に売り払ってやるよ。こいつに隷属の紐を付けて仲間を吐かせろ」


「はい」


レオンの言葉に、レオンの従者たちが従い、男を引き立てていった。男は家族という言葉のところで顔を青くしていた。



「もう少し薬草を取ってきてくれないか」


城壁補修の報告にギルドに顔を出した時、ジルナークさんから依頼があった。どうやら群衆の中に落ちた魔法の欠片で少なくない数の怪我人が出たようだ。


「分かりました。二人とも良いかな」


トワを見ると頷いている。リコは俯いたままだが、何となくソワソワしている感じがする。良い傾向だ。そう思いながら僕たちは薬草採取に向かった。


トワが周りを警戒し、リコが薬草を採取する。僕は両方だ。リコは人の役に立つのがうれしいのか、口元が緩んでいるように見える。袋一杯の薬草を採取して僕たちはギルドに戻った。



「冒険はどうだった」

「楽しかった。でも二人に守られてばっかり」


宿屋に戻り夕食を取る。少し嬉しそうなリコに僕は感想を聞いた。楽しかった。前向きな言葉が出るようになってきている。は自分の悪いところを見てしまうクセが直ればもっと良くなるだろう。


「人には得意不得意があるから、自分の得意なところで人の役に立てば良いんだよ」


「そうよ。私は薬草についてはまったく分からないわ。勇者を目指しているけど、人を癒すことにおいてはリコの方が役に立っているのよ」


僕の言葉にトワが言葉を重ねる。返事はないものの口元からは笑みが零れている。


「今日はお疲れさま。しっかり休もうか。特にリコは冒険に慣れていないから」


そう言い、僕たちは部屋に戻る。リコはやはりすぐに眠りに落ちる。


「治癒そしてあの結界。素晴らしい力を持っていて、なぜ裏組織のボスなんてやっているのかしら」


「人格と力が一致していないよね」


「これからどうするの?街の人は良い人が多いし、危険はなさそうだけど」


「リコが冒険に慣れるまではこの街にいようと思う」


まだ反転の呪いのことは言えない。リコが冒険に慣れるまで2週間くらいはかかるだろう。僕はリコを言い訳に、この街にいることを提案した。


レオンの力は間違いなく聖女の力だろう。聖女の力が失われていないということは聖女がどこかにいるはずだ。まずは聖女を探して世界樹の葉を渡す。そしてレオンという男にも世界樹の葉を摂らせてどうにかして呪いを解こう。


やり方は分からない。不安になる。後ろ向きに考えるのはリコと同じクセだ。2日でここまで分かったんだ。順調に進んでいる。焦るな。そう言い聞かせて僕も眠りについた。

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