聖女の姉が弟を女装させて身代わりにしようとしてきます!

秋犬

第1話 姉という横暴な生き物

 姉という生き物は軒並み全て理不尽で横暴である。例えそれが「聖女」という一般的に見れば徳の高い存在だとしても。


「アルケッド。私、暇なの」


 暇。ハイそうですか。俺はまた姉のワガママが始まると思ってうんざりする。聖女控え室の姉専用ソファでふんぞり返っている姉はローブがだらしなく着崩れていた。そういうの他の人が見たら落ち込むからやめてほしい。


 セリーヌ・ミルヴス。俺の3歳年上の姉だ。ミルヴス家は代々制御魔法を司る一族で、聖女も最高司祭も過去に何度も排出している。だから俺も将来何らかの制御魔法を取得して聖職者になるよう義務づけられていた。


「暇なの。わかる?」


 ハイわかります。その次に何かろくでもない頼みごとが来るんだ。こっちは弟を13年やってるんだ。もうその展開は何度も何度もあったんだ。


「だから、代わってよ」


 は?


「代わってよ、聖女」


 知るか。俺に女になれってか?


「大丈夫。ちゃんと考えがあるから」


 姉が意地の悪そうな顔でニヤーっと笑った。俺はもうどうにでもなれ、と思った。


***


 最近他国では石炭や石油を動力として活用する研究がされているようだけど、うちの国はまだまだ魔力でその辺をまかなっている。魔力は日々人力で魔導炉に込められ、そして大量の魔力を制御するために必要なのが聖女であった。


 毎日聖女が取り仕切る制御魔法を国の中心にある礼拝堂、つまり中央魔導炉にかけつづけなければならない。聖女の仕事は朝昼晩の礼拝で制御魔法を披露し、国民の魔力に対する信頼を訴えること。それは魔力を安定的に供給させるために大事な仕事のはずだ。


 そして去年、第何代目だかの聖女に抜擢されたのが類い希なる魔力と才能を持つうちの姉だった。確かに姉は見た目も美人って感じだし、何よりとても頭がいい。黙っていれば髪の長い素敵な見た目の聖女様だ。ただ、口を開けば一匹の横暴な生き物でしかない。何故俺がこんな奴の弟なのかと、子供の頃から両親と運命の神様を恨んでいた。


「大体、俺に制御魔法を代行しろって言うのは無理だぞ? 確かに代理基礎くらいはできるかもしれないけど、礼拝クラスの魔法なんてまだまだ」

「誰がアンタに制御魔法を使えって言ったのさ、この早とちり」


 姉はソファの下から何やら紙を取り出して、俺に渡した。俺にはさっぱりわからない何やら難しい魔術式が並んでいる。


「大体ね、制御魔法なんてやってることは毎回同じなんだから毎回同じ魔法が同じ時刻に予め発動するようにマクロを組んだの。教会の鐘が時間通りになるのと原理は同じよ」


 ま、マクロ……何だかよくわからないけれど、自動で鐘の紐を引っ張るのと組み立てる魔術式のレベルが違うのは俺でもわかる。


「でも、もし俺一人のときに何か不具合があったら」

「大丈夫。試運転から数えてもう数ヶ月これで礼拝回ってるから。毎日同じことは自動化するに限るわ。あ、でも月に一回くらいメンテナンスは必要かもね」


 俺は衝撃の事実を聞かされてしまった。そんな超技術ができていたなんて、俺どころかこの国の要人はおそらく誰一人知らないのでは?


「じ、じゃああの礼拝は? 制御魔法の発動呪文は!?」

「あれも全部録音よ。予め呪文と礼拝用の台詞を録っておいて、礼拝堂で流しておくの。あそこ無駄に広いから声も響くし、今まで誰も気がついてなかったんだからいいじゃない」


 いいじゃない、って軽く言われてもこっちも困る。呆気にとられかけた俺だったが、急いで反論した。


「じゃあ、なおのこと俺に代役を頼まなくてもいいんじゃないのか?」

「えー、だってこのマクロのことがバレたら多分聖女追放されちゃうじゃん? それもめんどいなーって思うのよ。だからこのシステムを誰にもばらさず、でも私が外でのんびり遊んできたいって思うのは不自然でも何でもないでしょう?」


 姉のワガママがビンビンに発動している。とても嫌な予感がする。


「だから、代役を立てて礼拝堂に立てこもってもらう人がいればいいんじゃないかって思ったのよ。そうすれば私は晴れて自由の身。アンタは私の代わりに聖女として礼拝に出てもらう。すごくいいプランだと思わない?」


 思わない。自分勝手にも程がある。しかし俺には「ハイごもっともです」以外の言葉が思い浮かばなかった。


「ちょうど、アンタと私結構顔が似ているし、礼拝中の聖女はローブとヴェールで半分くらい顔が隠れているし、アンタは私の声に合わせて拝む振りをするだけ。ね、楽な仕事でしょう?」


 何が楽な仕事なんだ?


「でも、俺がいなくなったことに誰か気がつくんじゃないか?」

「大丈夫よ。誰もアンタがいなくなったって気にしないじゃない」

「流石にそれは酷すぎる!」


 俺が怒ったように言うと、姉は気まずそうに応える。


「……冗談よ。ちゃんとアンタは聖女からの要請で地方魔導炉のメンテナンスの件でお使いに出ているってことにしてあるから」

「してある、ってもう決定してんの!?」

「してるから呼んだんじゃない」


 俺は内心地団駄を踏みまくった。何でこいつが聖女なんだ!? 何でこいつが姉なんだ!? この横暴ワガママ女のどこが「聖女」なんだよ!!


「じゃあ、あとは仕上げと行こうかしらね」

「仕上げ?」

「だって、アンタは『私』になってもらうんだから。ちょっとくらいいじってもいいでしょう、ねえ?」


 そこで俺はようやく姉の魂胆がわかった。俺に聖女の服を着ろって言ってるんだ、こいつ。


「やだよ、何で俺が聖女にならなきゃいけないんだ!」

「アンタだって聖女の控えの勉強しているでしょう? だから早く本番に慣れてもらおうと思って」

「本番なんか来なくていい! 俺はずっと控えでいいの!」

「ダメよ、これは決定事項なんだから」


 そう言って姉は勢いよく立ち上がると俺の腕を引いて、聖女控え室の奥に俺を引っ立てる。こうなったら俺に逆らうという選択肢はない。逆らったところで、後で礼拝堂のてっぺんにくくりつけられるか俺の服の中に毛虫を入れられるか、とにかくもっとろくでもないことが待っている。俺一人が嫌な目に合うくらいなら、姉と共犯になったほうがまだマシだ。


「でも、こんなんで本当に大丈夫かな……」

「大丈夫大丈夫、バレやしないから」


 結局俺は姉のなすがままになった。女の服なんか着たことないから、俺はとても気恥ずかしかった。姉に「アンタ細いねー」と言われながら謎の布をぐるぐる胴体に巻かれて、その上から着物、ローブ、そして聖女のヴェールを身につける。姉はニッコニコで俺を人形か何かのように扱う。俺の表情も、人形みたいに無になっているはずだ。


「大体、男が聖女になってたら誰か気がつくだろ!」

「大丈夫よ、アンタまだ声変わりしてないし、それに」

「それに?」

「何でもない!」


 この姉は肝心なことは何一つ教えてくれない。姉は面白そうに俺の顔におしろいを塗りたくり始めた。礼拝用の独特な化粧で、ますます俺が俺らしく見えなくなった。そして姉の毛色と似たようなかつらをかぶらされて、これで俺は晴れて「聖女様」になってしまった。


「明日の夜には帰ってくるから、頑張ってね」


 あ、明日の夜だって!? 聞いてないぞ!?


「ついでに声は、風邪でも引いたって言っておいて。適当にしていればいいから。それじゃっ!!」


 そう言うと、姉は俺の身軽な服をさっと身につけて礼拝堂から一目散に逃げていった。待てよ、という俺の声が小さく控え室に響いた。


「……どうしよう」


 俺はやれやれと聖女用のソファに座った。楽な姿勢になろうとしたら、ローブの裾が思い切り乱れた。どうやら「聖女」っていうのは思ったよりも大変らしい。ま、どうでもいいや。何かあったとき、怒られるのは俺じゃない。姉のほうだから。俺は何も知らずに言うことを聞いたまでです、って言えばいいや。


 ……それにしても、誰にも内緒で姉は一体どこへ出かけたんだろう。自由になりたい、って言うことなんだろうけど、俺は朝昼晩の礼拝さえこなしていれば姉は十分自由だと思っていた。そうでなければ、こんな変態みたいな自動化できる魔術式なんて編み出せるはずもない。一体姉は、いつも何を考えていたんだろうか。人知れず俺はため息をついた。

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