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 仕事を終えて家に帰れば、クラウンが優雅にお茶をしている。

 ティーカップを傾けて、香りを楽しんでいる。

 お婆ちゃんの家にいた時からクラウンが使っていたティーセットには、クラウンの好物であるササミや鰹節なんかが綺麗に盛り付けられている。

 座卓には白いテーブルクロスまで敷いている。

 六畳キッチン、風呂、トイレ付きの小さな部屋が、ちょっとだけノーブルになっている。

 

「おや、お帰りなさいませ。陽菜お嬢様」


 私の姿に気付いて、クラウンが恭しく礼をする。


「ただいま、クラウン。留守中、何かあった?」

「いいえ、本日も特に何もございません。……そうですね、避暑地の午後のように優雅で静かに過ごしました」


 避暑地の午後がどんなかは分からないが、クラウンが静かに過ごしたのなら、まあいいか。


「そういえば、陽菜お嬢様」

「何よ」

「こんな手紙が来ておりました」


 クラウンが、私に手紙を渡してくれる。

 ……手紙? 

 親しい人とはメールで済ませることの多い世の中で、来る手紙と言えば、企業の広告か健康診断結果みたいなものだけだ。

 私のポストは、だいたい近隣のお店がポスティングした広告で埋め尽くされているのに珍しい。

 ……なんだろ。


「さ、陽菜お嬢様も、お紅茶をどうですか?」


 私が手紙を確認している間に、クラウンが紅茶を淹れてくれる。

 普通の猫は、紅茶なんて飲まないし、体に悪いから飲ませることもできない。

 だが、クラウンはご飯は猫ご飯だが、紅茶をたしなむ。

 電気ポットで沸かしたお湯があれば、それで上手にポットでお茶も淹れてくれる。

 小さめ猫のお手々にフィットする特別な白い陶器のポットに、クラウンが器用にお湯を注ぐ。

 ……と言っても、電気ポットのスイッチを肉球お手々で押すだけなのだが。

 クラウン愛用の小さなポットをクルクルと回して茶葉とお湯を馴染ませて、ゆっくりと私のカップに紅茶を注ぐ。琥珀色の液体が、カップから優しい香りを漂わせている。

 クラウンの淹れた美味しい紅茶を片手に、私は、手紙の裏を見る。


「差出人の名前は……ないわね……」


 茶色い封筒。

 表には、私の部屋番号だけ。

 これは、封筒を開いてみないと、中身は分からない。

 嫌な予感がする。

 だって、差出人が書いていないだなんて、嫌な想像しか浮かばない。


「物語では、たいがいこういうのは、爆破予告とか、殺人予告とかなんだよね」

「お言葉ですが……陽菜お嬢様のこじんまりした家屋を爆破する意味が分かりませんが?」


 クラウンが、私の妄想を否定する。

 でも、これ開けざるを得ないよね。

 クラウンが差し出してくれたペーパーナイフで、私は封筒の上を切る。

 中には、便箋が一枚入っていた。


『犬の鳴き声、うるさい!』


 便箋には、そう書かれていた。

 ……いぬ?

 クラウンをじっと見る。

 耳が三角で長い尻尾……どう見ても猫だ。


「ねぇ、うるさくした?」

「いいえ、少しも」


 クラウンが首を横に振る。

 だよねぇ……、猫だもの。

 猫なのよ。

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