タイムマシンな話
しわす五一
前編 タイムマシンの実証実験
薄暗い地下室には、低いモーターの唸りと、精密機械の微かな駆動音が満ちていた。空気が重く、湿っている。壁際には所狭しと計器類が並び、その無機質な光が部屋の中央にある巨大な金属の柩(ひつぎ)のような装置――すなわち「タイムマシン」の試作機を、鈍く照らしていた。
「……ふむ。今回も同じか」
博士は白衣の袖で額の汗を拭いながら、タイムマシンの横に立つ、助手のアリスに声をかけた。
「ええ、博士。投入したバナナは、数分前の過去の座標に設定しましたが、こちらで確認できたのは、投入時の光と音、そして消滅のみです」
アリスは、知的な印象を与えるフレームの眼鏡をかけ直しながら、手に持ったクリップボードに淡々と記録を記している。彼女の落ち着いた声とは裏腹に、博士の心には焦りが募っていた。
最初の実験以来、バナナをマシンに入れて過去に送る試みは、ことごとく失敗している。失敗というより、バナナはマシンごと、この世界から消えたままなのだ。こちら側の観測機器にも、過去からバナナが戻ってくる痕跡は一切ない。
「何度やっても、どこかに送られるが、消えたままか。バナナが過去でちゃんと存在しているのか、それとも途中で霧散したのかさえ分からん」
それから、博士らは幾度となく、物を送る実験を繰り返した。果物、石、安価な機械部品。結果はいつも同じ。埒があかない。このままでは、実験費用ばかりがかさみ、何より「博士」と「アリス」の人生という時間が、無為に過ぎ去ってしまう。
「博士、もう、これしかありません」
アリスは、決然とした目で博士を見つめた。
「私が乗ります」
博士は、その言葉に顔色を変えた。
「何を言っておる! 馬鹿なことを言うな、アリス!」
「しかし、このままではいつまでも検証が進みません。私なら、万が一戻れなくても、残された博士が外部へ実験の全容を伝えることができます。バナナでさえ戻ってこないのなら、次は人体実験しかないでしょう」
「いかん! 断じて認めん!」
博士は怒鳴るように声を荒げた。
「お前は、亡き友たちの残した一人娘だ。もしお前をこのマシンで失ったら、わしは死んだ後に、あいつらに合わせる顔がないわ!」
「博士……」
「わしは、わし自身の人生を犠牲にすることはできる。だが、友人たちの子であるお前の人生を賭けることだけはできん。これは、わしの、わし一人の責任だ」
アリスは、博士の深い愛情と固い決意に、押し黙るしかなかった。
その夜、アリスが帰宅した後、博士は決心した。
「すまん、アリス、確認する方法はこれしかないんだ」
過去に送った物がこちらで確認できない以上、人間が自ら赴くしかない。幸い、戻ってこられなかったとしても、数分間の過去への旅だ。万が一の場合、こちら側への影響も最小限で済むだろう。
博士は、アリスに内緒でカプセルに乗り込み、タイマーを3分前に設定した。重々しい金属の扉が閉まり、機械の稼働音が一段と大きくなる。全身に圧迫感を覚え、視界が歪んだ後、再び扉が開いた。
薄暗い地下室の、いつもの景色。しかし、壁際の時計は、たしかに3分前を指している。そして……
「おお!わしじゃ。実際に同じ自分を向き合うのは変な感じじゃな」
博士がマシンから出ると、そこには、今まさにカプセルに乗り込もうとしている過去の自分がいた。過去の博士は、突然目の前に現れたもう一人の自分に、目を丸くして立ち尽くしている。
「驚くことはない。わしだ、数分後のわしだ」
博士は、過去の自分にゆっくりと歩み寄り、落ち着いた声で告げた。
「安心せよ。実験は成功だ。戻ってきたぞ」
過去の博士は、一瞬混乱したが、すぐにその顔に深い安堵と歓喜の色を浮かべた。
「そ、そうか! 成功か!」
過去の博士は、博士の言葉を聞き終えると、意を決したように再びカプセルの扉を開けた。これから、彼もまた、数分前の過去へと向かうのだろう。
博士は、静かにカプセルから離れ、彼を見送った。
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