エピローグ:黒いダイヤモンドの戴冠

(ディア視点)



父の怒声が響く書斎に、わたくしは静かに足を踏み入れた。

赤い絨毯をゆっくりと踏みしめ、父の机の前でぴたりと立つ。

机の上には山のような書類と、ひび割れたコーヒーカップ。その奥で父が目を血走らせている。


「お父様、ご機嫌いかがかしら」


皮肉も混じらない、ただの事実の確認。わたくしの声は氷のように静かだった。


「……ディア、お前、どういうつもりだ。役員連中が全員、お前に寝返ったとでも……」


「ええ、その通りですわ」


父の顔がみるみるうちに青ざめていく。

母は壁際で肩を震わせている。執事も、扉の外で気配を殺して立っている。

わたくしは机の上に一枚の書類を置いた。それは、【全権限委譲の同意書】だった。


「……あなたの時代は終わりですわ。これからは、わたくしの時代。──新しい価値が、この家と会社の基準となります」


「ディア……お前には、まだ分からないことが多すぎる。経営は金だけじゃ──」


「お金の話だけなら、もう十分ですわ。ですが、本当の価値は、あなたが一生理解できなかったもの。わたくしは、あの人に教わったのです」


父が顔をゆがめる。



「あんな庶民の男に何ができるっ!」



「ダイヤモンドは、泥に塗れても砕けませんの。ただし、今までのように純白である必要はない。わたくしは、黒く染まった新しいダイヤモンド──カーボンナードとして、この家を導きます」


母がすすり泣く。

父が机に拳を叩きつける音が響く。

でももう、誰もわたくしを止められない。


「さようなら、お父様、お母様。わたくしの世界を、これからはあの方と創るのですから」


わたくしは振り返りもせず、書斎を出た。



廊下の先に、彼がぽつんと立っているのが見える。




~~~




(主人公視点)



廊下の冷たい空気の中で、俺は自分の居場所が分からなくなっていた。

身分も財産も、何一つ持たない俺が、この屋敷で唯一手ぶらでいることに、妙な居心地の悪さを感じていた。


でも、ドアが静かに開いて、ディアが現れた瞬間、全部どうでもよくなった。


彼女の瞳は、前よりも深く、強く、どこか遠くを見ている。

まるで全部を手に入れた女王の眼差しだ。



「終わりましたわ」



そう告げて、ディアは何の迷いもなく俺の手を取る。

その手は、信じられないほどしなやかで温かい。指先まで震えひとつなかった。


「お疲れさま……って、俺でいいのか?」


「当然ですわ。あなた以外、世界に価値などありませんもの」


そう言い切る彼女は、誇りと愛の両方で自分を支えている。

俺が逃げようとしたら、きっと絶対に離してくれない──そんな確信すら抱かせる、圧倒的な支配力だ。


「わたくし、あなたに汚されて、もう元には戻れなくなってしまいましたの。責任、とっていただけますわよね?」


その囁きは、甘美で、命令で、懇願で──すべてが混じり合っていた。


「……責任、取るよ。ていうか、もう逃げ場もないし」


「よろしい。では、わたくしの王として、お務めを全うなさい」


ディアが微笑む。

その笑顔は、かつての冷たいダイヤモンドではない。愛と執着の黒い光が、彼女の瞳に宿っている。



~~~



(ディア視点)



わたくしは彼の手を取り、王座の間──いえ、今はもうわたくしの居場所となったホールへと進んだ。

これから、彼をすべての価値の中心に据える。新しい時代の幕開け。


庶民の泥に塗れ、黒く輝くカーボンナード。世界で一番硬く、傷つかない、新しいダイヤモンド。



「わたくしは、永遠にあなたのもの。あなたも、永遠にわたくしのものですわ」



そう告げると、彼は諦めたように、でもどこか誇らしげに微笑んだ。


これが、黒く染まったダイヤモンドの戴冠式。



今この瞬間から、世界の中心は──あなただけ。




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