静かすぎる死 後編

「また変な症例持ってきたな〜、朝比奈刑事」


 KARESカレスの柴田主任が千尋から書類を受け取りながら、にやにやと笑う。


 ※KARES(正式名称:希少疾患解析支援機構)。

 厚生労働省の外郭団体で、通常の医療機関では診断不能な症例を扱う“最後の砦”。


「で、今回はどんな“違和感”?」

「28歳女性。心不全と診断されたけど、状況が不自然なんです。死因が“病気”なら、それでいい。でも、もし“病気を利用した何か”だったら……」

「う~ん、心不全かぁ。心臓は複雑だからね~。……じゃあ、うちの“変人”に診て貰う?」

「変人?」

「おーい、九条くじょう~! またお前好みの案件来たぞぉ~!」


 奥の部屋から、白衣姿の男が現れた。

 無駄のない動きと、冷たい目。

 千尋と視線が合っているのにもかかわらず、会釈一つしない。


「……また、刑事か」

「朝比奈刑事は、初めてだったよね? 彼は九条くじょう つかさ。うちのエース。診断精度は神レベルだけど、性格はかなり微妙」

「聞こえてます」


 九条は捜査資料を柴田から受け取りながら、静かに反論した。

 そして、暫く無言で資料に視線を落としていた九条が、ぽつりと呟いた。


「心不全じゃないかも。もっと深い、……“空白”みたいなものがある」


 千尋は、その言葉に背筋がぞくりとした。


 ♢ ♢ ♢


 佐久間は、湾岸エリアにそびえるガラス張りの建物を見上げていた。


「……ここがKARESカレス? 研究所っていうより、未来の研究要塞って感じだな」


 手元の地図を見ながら、敷地内をウロウロすること数分。

 どの入口も似たような自動ドアと無機質な壁面ばかりで、完全に方向感覚を失っていた。


「……あなた、誰なの?」

「うぉっ!」


 思わず飛び跳ねて振り返ると、そこにはゴスロリ服に身を包んだ女性が、無表情で立っていた。

 フリルのついた黒いワンピースの上に、白衣を羽織っている。

 足元は編み上げブーツ。手にはスライドガラスを持ち、まるでそれが魔法の道具であるかのように、光を透かして覗き込んでいた。


「え、えっと……警視庁刑事部・第一捜査課の佐久間です。同僚の朝比奈を探してまして……」

「……この建物、呪われてるの。細胞が言ってるわ」

「……細胞が?」

「えぇ。“また変な奴が来た”って、ちょっと怒ってたの」

「……あの、すみません、どちら様?」

「ミヤコ。検査担当よ。あなた、迷子?」

「……まあ、ちょっとだけ」

「じゃあ、こっち。案内するわ」


 ミヤコはくるりと背を向け、無言で歩き出す。

 佐久間は戸惑いながらも、その後を追った。


「……なんか、凄いとこ来ちゃったな」


 佐久間が小声でぼやくと、ミヤコがぴたりと足を止めた。


「聞こえてるわよ」

「えっ、それも細胞が?」

「……違う。耳がいいだけ」


 佐久間は、深~いめ息をついた。


 ♢ ♢ ♢


「正式依頼、受け取りました」


 KARESの執務デスクがあるフロアの一角。

 柴田が千尋から書類を受け取る。


「じゃあ、早速本格的に調べようか」


 柴田は執務エリアの隣りにあるガラス張りのラボへと向かう。

 入口脇にあるインターホンを押す。

 ガラス越しに見えるラボの中では、九条が顕微鏡を覗いていた。


「作業中悪いな、九条。先日の案件、正式に調査依頼を受理したから、頼むな~」


 柴田の声に反応するように顔を持ち上げた九条。

 柴田はガラス越しに九条に依頼書を掲げた。

 すると、九条は一瞬柴田の隣りにいる千尋に視線を向けた。

 何を考えているのかまったく読めないその目に、千尋は身構えた。

 

 KARESの実力は本物だ。

 なら、その中心にいる彼なら、声なき声を聞き取ってくれるはず。

 刑事の勘が、そう告げていた。

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