第四章:学園祭と忍び寄る影

第31話 学園祭の出し物は「野菜直売所&カフェ」に決定

夏休みが終わり、アルカディア魔術学園に二学期が訪れた。

季節は秋。

空は高く澄み渡り、校庭の木々が色づき始める頃。

しかし、学園内の空気は、秋の穏やかさとは無縁の熱気に包まれていた。


年に一度の最大イベント、「学園祭」が迫っているからだ。


「……というわけで、我が園芸部も出し物を決定しなければなりません」


放課後の園芸部室。

生徒会長であり顧問のアイリスが、ホワイトボードの前に立ち、厳粛な声で宣言した。


テーブルを囲むのは、いつものメンバーだ。

俺、クロム。

剣姫セリス。

アイドル・ミナ。

天才錬金術師ルル。

そして、足元で丸まっている元神話級モンスターのポチ。


「議題は二つあります」

アイリスがチョークで板書する。


1.学園祭での園芸部の企画内容

2.帝都魔導学院からの挑戦状への対策


「まずは1についてです。例の『挑戦状』にもありましたが、ライバル校との勝敗は、当日の『売上高』および『来場者投票』によって決まります」


アイリスが鋭い視線を俺たちに向けた。


「相手はエリート集団です。最高級の魔術ショーか、あるいは宮廷料理人を雇ったレストランか……とにかく派手なことをしてくるでしょう。私たちも、それに対抗できる企画が必要です」


「派手なこと、ねぇ」


俺は腕組みをして、椅子の背もたれに体を預けた。

正直、ライバル校との勝負なんてどうでもいい。

俺の頭の中にあるのは、別の問題だ。


「俺の意見は決まってるぞ」

俺は手を挙げた。


「『野菜直売所』だ」


「……はい?」

アイリスの手が止まる。


「夏休みの合宿の成果と、最近のポチの働き(熱源としての温室管理)のおかげで、畑の野菜たちが爆発的に育ってるんだ」


俺は指折り数えた。

「カボチャ、サツマイモ、秋ナス、キノコ類……。自分たちで消費するには限界がある量だ。腐らせるなんて農業への冒涜だろ? だから売る。新鮮なSランク野菜を、格安でな」


俺の提案に、部室が一瞬静まり返った。

そして、猛反発が起きた。


「却下よ、クロム!」

セリスがバンッと机を叩いた。

「せっかくのお祭りなのよ? ただ野菜を並べて売るだけなんて地味すぎるわ! もっとこう、華やかさが足りない!」


「そうだよクロム君!」

ミナも頬を膨らませる。

「私のアイドルパワーを使うなら、もっと可愛いお店がいい! 泥だらけの野菜売り場じゃ、ファンのみんなも引いちゃうよ~」


「分析結果……直売所だけでは、集客力に欠けます」

ルルが冷静に指摘する。

「一般の来場者は、素材そのものより『体験』や『完成品』を求めています。野菜の凄さを伝えるには、加工が必要です」


「むぅ……」

俺は唸った。

確かに、一般人にいきなり「この光るカボチャを買え」と言っても、不審がられるだけかもしれない。


「では、折衷案といきましょう」


アイリスが眼鏡をくいっと押し上げ、ホワイトボードに新たな文字を書き込んだ。


『園芸部特製・青空カフェ&野菜直売所』


「カフェ?」


「はい。クロム君の野菜を使った料理を提供するカフェを開きつつ、その横で気に入った食材を買って帰れる直売所を併設するのです」


アイリスの説明に、全員の表情がパァッと明るくなった。


「それなら賛成よ! クロムの料理が食べられるなら、お客さんも絶対喜ぶわ!」

セリスが身を乗り出す。


「カフェなら、可愛い制服が着れるね! ウェイトレスさんやりたーい!」

ミナが目を輝かせる。


「調理過程で錬金術のデモンストレーションも行えますね。一石二鳥です」

ルルも納得顔だ。


俺も想像してみた。

俺の作ったカボチャのスープや、焼き芋を食べて喜ぶ客の顔。

そして、「美味しかったから家でも食べたい」と言って野菜を買っていく姿。

……悪くない。いや、生産者として最高の喜びじゃないか。


「よし、乗った。それでいこう」


俺が頷くと、部室に歓声が上がった。

方針は決まった。

次は具体的なメニューだ。


「秋の味覚といえば、まずはカボチャだな」


俺はキッチンから、巨大なオレンジ色のカボチャを持ってきた。

『ランタン・パンプキン』。

夜になるとほんのり発光する魔力カボチャだ。


「こいつを使って『丸ごとカボチャの濃厚ポタージュ』を作る。中をくり抜いて器にして、果肉をミルクとバターで煮込むんだ」


「おいしそう……!」

ミナが喉を鳴らす。


「それから、サツマイモだ。『蜜芋(ハニー・スイート)』がある。これはシンプルに『焼き芋』にするのが一番だが、カフェっぽくするなら『スイートポテトのバニラアイス添え』だな」


「熱々の焼き芋に、冷たいアイス……罪深い味がしそうですわ」

アイリスがうっとりする。


「メインディッシュはどうする?」

セリスが尋ねる。


「畑の真ん中に『石窯』を作る。そこで焼く『秋野菜たっぷりのピザ』だ。トマトソースも自家製、小麦粉も自家製、具材のナスやキノコも採れたてだ」


「決定ですね。メニューを聞いただけで、勝利を確信しました」

ルルが力強く頷いた。


「よし、じゃあ役割分担だ」


俺は指示を飛ばした。


「俺は調理と石窯の設営を担当する。ルルは調理補助と、怪しい薬品の混入防止係だ」

「薬品じゃありません、スパイスです!」


「ミナは接客隊長だ。その笑顔で客を呼び込め」

「任せて! 行列作ってみせるよ!」


「セリスとアイリスは……すまんが、警備も兼ねてホールを頼む」

「警備?」


「ああ。ミナがいる時点でファンが殺到するし、ライバル校の妨害もあるかもしれない。いざとなったら実力行使で排除してくれ」

「ふふ、了解よ。迷惑な客はツマミ出すわ」

「生徒会長権限で鎮圧します」


頼もしい用心棒たちだ。


「じゃあ、さっそく準備に取り掛かるか。俺は外で窯を作ってくる」


俺が立ち上がると、ミナが袖を引っ張った。

「ねえねえクロム君、一つ忘れてない?」


「ん?」


「カフェってことは……『衣装』が必要だよね?」


ミナが悪戯っぽく笑い、背中に隠していたカタログを取り出した。

そこには、フリルたっぷりのメイド服や、伝統的なカフェの制服が載っていた。


「学園祭だよ? コスプレしなきゃ損だよ!」


その言葉に、セリスとアイリスが顔を赤らめた。


「こ、コスプレ……私が……?」

「騎士として、そのような破廉恥な……いや、でも給仕の正装と考えれば……」


「クロム君はどれが好き? ミニスカ? ロング? それとも……猫耳?」


ミナが俺に詰め寄ってくる。

三人の美少女がメイド服を着て給仕をする姿。

想像しただけで、学園祭当日のカオスな光景が目に浮かぶようだ。

客の血圧が上がって倒れるんじゃないか?


「……動きやすければ、何でもいいよ」


俺は当たり障りのない回答をして逃げようとしたが、ミナは逃してくれなかった。


「じゃあ、全部試着してみよっか! クロム君、審査員ね!」


「はあ!?」


「賛成です。当日に恥ずかしい思いをしないよう、リハーサルは必要です」

アイリスが真面目な顔で乗ってきた。

「……貴方が見たいなら、着てあげなくもないわよ」

セリスも満更でもなさそうだ。


こうして、園芸部の「メニュー開発会議」は、いつの間にか「クロムのためのファッションショー」へと変貌した。

フリフリのメイド服を着たセリスが赤面しながらお盆を持ったり、アイリスが猫耳をつけて「にゃーん」と言わされたり(ミナの指導)、ミナがあざといポーズを連発したり。

俺は鼻血と理性の戦いを強いられることになった。


だが、そんな平和な準備期間の裏で、不穏な影は確実に近づいていた。


   ◇


数日後。

学園の正門前に、一台の豪華な馬車が止まった。

降りてきたのは、漆黒の制服に身を包んだ、金髪碧眼の美男子。

帝都魔導学院の首席候補、レオンハルト・ヴァン・アスターだ。


彼は扇子を広げ、遠くに見える園芸部の部室――そこから立ち上る石窯の煙を見つめた。


「……ほう。あの薄汚い小屋が、噂の園芸部か」


レオンハルトは冷ややかな笑みを浮かべた。


「『カフェ&直売所』だと? ふん、庶民的な発想だな。我々が用意する『至高の宮廷魔導レストラン』の前では、遊びにすらならんよ」


彼の背後には、エリート魔術師たちが控えている。


「行くぞ。挨拶代わりの『視察』といこうか。……私のプライドを傷つけた『農夫』とやらが、どのような顔をしているのか見ものだ」


彼が足を踏み出すと同時に、周囲の空気が凍りついた。

Sランク相当の魔力。

学園祭当日を待たずして、嵐が訪れようとしていた。


一方、その頃の俺は。


「よし、石窯完成! 火入れのテストついでに、ピザ焼くぞー!」

「「「わーい!!」」」


呑気にピザの試食会をしていた。

ライバルの接近になど気づきもせず、俺はとろけるチーズと秋ナスのハーモニーに酔いしれていたのだった。


「(……ん? なんか寒気がするな。風邪か?)」


俺が首を傾げると、ポチが「ワンッ!(敵襲の予感!)」と吠えた。

だが、焼きたてピザの香りの前では、その警告も空腹の音にしか聞こえなかった。

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