第13話 修羅場の予感? いいえ、野菜の収穫祭です

「クロム君、あーん!」

「……ミナ、近い」

「えー、いいじゃん。だって私たち、運命の再会を果たした幼馴染なんだよ?」


翌日の放課後。

園芸部の部室(元廃屋)の中は、外の喧騒とは裏腹に、張り詰めた空気に包まれていた。


学園の正門前には、国民的アイドル・ミナの転校を聞きつけたマスコミが押し寄せ、先生たちが対応に追われている。

しかし、当のミナ本人はそんな騒ぎなどどこ吹く風で、俺の隣にぴったりと張り付き、持参したクッキーを俺の口に押し込もうとしていた。


そして、その対面には。

絶対零度の視線を送る二人の少女が座っていた。


「……随分と楽しそうね」

セリスが冷ややかな笑みを浮かべ、手元のティーカップを強く握りしめている。陶器がピキピキと悲鳴を上げているのが怖い。


「節度というものを知らないのですか? ここは神聖な部活動の場であり、イチャつくための場所ではありません」

アイリス会長が眼鏡の奥からビームのような眼光を飛ばす。


「あれー? 二人とも怖い顔しちゃって。もしかして嫉妬?」

ミナが煽る。

「違います!」

「誰が!」

二人の声が重なった。


副部長のルルだけは、「この緊張状態における魔力波形の変化は興味深いですね……」と、空気も読まずにメモを取っている。


(……胃が痛い)


俺、クロムは天井を仰いだ。

マスコミ対策として、アイリスが裏ルートを使ってミナをここ(旧校舎裏)に匿ってくれたのはいいが、そのせいで部室内は一触即発の「修羅場」と化していた。


このままでは、俺の楽園が女の戦いで崩壊してしまう。

俺は決断した。

こういう時こそ、土に触れるべきだ。


「よし、お前ら。喧嘩はそこまでだ」


俺は立ち上がり、パンと手を叩いた。


「外に出ろ。今日は忙しいぞ」

「え? 何するの?」

ミナがキョトンとする。


俺はニヤリと笑い、窓の外に広がる畑を指差した。


「見ろ。祭りの準備は整ってる」


   ◇


部室の外に出た四人は、息を呑んだ。

そこには、昨日まで青々としていた畑が、黄金色に染まっていたからだ。


「これ……トウモロコシ?」

セリスが目を丸くする。


俺の背丈よりも高く伸びた茎。

そこにずっしりと実っているのは、皮の上からでも分かるほどパンパンに詰まったトウモロコシだ。

Sランク肥料『アビス・マンドラゴラ』の効果と、俺の育成魔法の相乗効果により、通常よりも遥かに早く、そして巨大に成長していた。


「名付けて『黄金郷(エルドラド)・コーン』だ」


俺は一本のトウモロコシに手をかけ、グッと下に引いた。

バキッ! という小気味よい音と共に、丸々と太った実が収穫される。

皮を少し剥くと、中から現れたのは、まるで宝石のように輝く黄金色の粒たちだった。


「うわぁ……! キラキラしてる!」

ミナがアイドルスマイルで歓声を上げる。


「今日はこいつの収穫祭だ。一本残らず収穫するぞ。働かざる者食うべからず、だ」


俺が作業用手袋(軍手)を投げ渡すと、彼女たちの表情が変わった。

「食べる」という単語に反応したのだ。


「仕方ありませんね。部活動の一環として協力します」

アイリスが素早く軍手を装着する。

「剣の修行に比べれば、野菜の収穫なんて造作もないわ」

セリスも腕まくりをした。

「サンプルの採取ですね! 了解です!」

ルルはカゴを持ってスタンバイ完了。

「私もやるー! 農業アイドルへの第一歩だね!」

ミナもジャージ(持参)に着替えてやる気満々だ。


さっきまでの険悪な空気はどこへやら。

「食欲」という共通の目的の前では、すべての対立は無意味となる。


「よーし、競争だ! 一番多く採ったやつには、一番美味い一本をやる!」


俺の号令と共に、園芸部初の収穫祭が始まった。


「ふんッ!」

セリスが鋭い動きでトウモロコシをもぎ取っていく。無駄のない動きはさすが剣の達人だ。

「分析完了。この角度で力を入れるのが最も効率的です」

アイリスは理詰めで攻めている。ペースは早いが、土汚れを気にして少しへっぴり腰なのが可愛い。

「クロムくーん、これ大きいよ!」

ミナは楽しそうに畑を駆け回っている。体力はないが、持ち前の根性でカバーしているようだ。

「すごい……粒の一つ一つに魔力が渦巻いています……」

ルルは収穫そっちのけで観察しようとするので、俺が背中を押して働かせた。


「ほら、もっと腰を入れろ! 根元を持って一気に下へ引くんだ!」


俺は現場監督のように指示を飛ばしながら、自分でも次々と収穫していく。

土の匂い。草の擦れる音。

そして、少女たちの賑やかな声。


「きゃっ、虫!」

「動くなミナ、私が斬る」

「トウモロコシごと斬らないでくださいセリスさん!」

「あ、私のカゴがいっぱいになっちゃいました!」


気づけば、畑の横にはトウモロコシの山が出来上がっていた。

数百本はあるだろうか。

豊作すぎる。


一時間後。

すべての収穫を終えた俺たちは、心地よい疲労感と共に地面に座り込んでいた。


「ふぅ……意外と重労働ね」

セリスが額の汗を拭う。その顔は、稽古の後よりも清々しい。

「でも、達成感はありますね。……これ、全部私たちが採ったんですか?」

アイリスが山積みのトウモロコシを見上げる。

「すごーい! 宝の山だね!」

ミナが泥だらけの顔で笑う。


「ああ、宝の山だ。……さて、労働の後は報酬の時間だ」


俺は立ち上がり、部室の前で準備しておいた炭火コンロに火をつけた。

採れたてのトウモロコシは、茹でても美味いが、やはりこれに限る。


「焼きトウモロコシだ」


皮を剥いたトウモロコシを網の上に並べる。

パチパチと炭が爆ぜる音。

黄色い粒が熱でさらに輝きを増し、香ばしい匂いが漂い始める。


仕上げは、特製の醤油ダレだ。

刷毛でタレを塗った瞬間。


ジュワァァァァァ……!!


醤油の焦げる匂いと、トウモロコシの甘い香りが混ざり合い、暴力的なまでの食欲刺激臭となって周囲に拡散した。


「「「ゴクリ……」」」


四人の喉が同時に鳴った。

さっきまで「疲れた」と言っていたのが嘘のように、全員が身を乗り出している。


「よし、焼けたぞ。熱いから気をつけろよ」


俺が串に刺した焼きトウモロコシを渡すと、彼女たちは野生動物のような素早さで受け取った。


「いただきまーす!」


ガブッ。

四人が一斉にかぶりつく。


「んんん~~~ッ!!!」


絶叫にも似た感嘆の声が、夕暮れの空に響き渡った。


「甘いッ! 砂糖菓子みたいに甘いのに、醤油の塩気が絶妙ですわ!」

アイリスが眼鏡を曇らせて悶絶する。


「粒の皮が弾ける感触がたまらない……! 噛むたびにジュースが溢れてくるわ!」

セリスは口の周りをタレだらけにして夢中になっている。


「なにこれぇ!? 村で食べてたのと全然違う! 魔法の味だ!」

ミナは足をバタバタさせて喜んでいる。


「魔力活性化……細胞の若返り……脳内麻薬物質の分泌……すべて計算外の数値です!」

ルルはブツブツ言いながらも、猛烈な勢いで完食していた。


俺も一本、自分の分をかじる。

うん、最高だ。

炭火の香ばしさ、タレの旨味、そして何より素材そのものの圧倒的なポテンシャル。

世界を救った報酬が金メダルなら、このトウモロコシはプラチナメダルだ。


「……ねえ、クロム」

食べ終わった芯を名残惜しそうに見つめながら、ミナが言った。


「私、ここに転校してきてよかった。こんなに美味しいものが毎日食べられるなら、アイドルなんてどうでもいいかも」

「それは事務所的にマズいだろうけどな」


「私も……」

セリスが口を開く。

「最初はクロムの力が気になっていたけれど、今は貴方の作る野菜に夢中よ。……悔しいけれど」


「生徒会としても、この活動は正式に保護すべき文化遺産だと認定します」

アイリスが真顔で頷く。


修羅場の空気は、完全に消え去っていた。

美味しいご飯の前では、人間は争えないのだ。

「同じ釜の飯」ならぬ「同じ畑の飯」を食った仲間意識のようなものが、彼女たちの間に芽生え始めていた。


「ま、仲良くやってくれよ。俺は静かに野菜を作りたいだけだからな」

俺が苦笑すると、四人は顔を見合わせて、ふふっと笑った。


「でもクロム君、一つ問題があるよ」

ミナが指差す。

「この山のようなトウモロコシ、私たちだけで食べ切れるの?」


確かに。

そこにはまだ、数百本の『黄金郷コーン』が積み上げられている。

いくら彼女たちの胃袋がブラックホールでも、消費しきれる量ではない。

鮮度が落ちれば味も落ちる。それは生産者として許せない。


「……仕方ない」


俺は決断した。


「売るか」

「え?」

「学園祭も近いし、予行演習だ。『園芸部・特別直売所』を開くぞ」


「賛成です! 部費の足しになります!」

アイリスが即座に計算モードに入った。


こうして、修羅場を回避した俺たちは、次なるミッション「野菜販売」へと乗り出すことになった。

だが、俺は甘く見ていた。

Sランク品質の野菜を市場に流すことが、どれほどの騒動を巻き起こすかということを。


「明日は忙しくなるぞ」

俺の予感通り、翌日の学園は、伝説のトウモロコシを求めてパニックに陥るのだった。

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