第45話 単身で軍を壊滅させるレンの魔法
王都、王城『白亜の宮殿』。
夕暮れ時の謁見の間は、怒号と悲鳴が入り混じる混沌の渦中にあった。
「ぜ、全滅だと!? アイゼン将軍が!? 二千の騎士団が!?」
国王の絶叫が響き渡る。
伝令兵は床にひれ伏したまま、ガタガタと震えながら報告を続けていた。
「は、はい……! ダンジョン突入からわずか数時間で、通信魔道具の信号が全て途絶えました! 最後に送られてきたのは、将軍の断末魔と……『黒い悪魔』という言葉だけです!」
「馬鹿な……あり得ん! 我が国の精鋭だぞ! それが、たかだか一箇所のダンジョンに飲み込まれたというのか!」
国王は顔を真っ赤にして玉座を叩いた。
信じられない、いや、信じたくない現実。
虎の子の軍事力を失った今、王都を守る戦力は近衛兵五百と、残存する魔導士団のみ。
もし、その『黒い悪魔』とやらが地上に出てきたら――。
ドォォォォォンッ!!
思考を遮るように、城全体を揺るがす轟音が響いた。
シャンデリアが激しく揺れ、悲鳴が上がる。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「へ、陛下! 外を! 空をご覧ください!」
宰相が窓の外を指差して叫ぶ。
国王が窓に駆け寄ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
王都の空、夕焼けに染まるはずの西の空が、ひび割れていた。
まるでガラス細工が砕けるように空間が裂け、そこから漆黒の闇が漏れ出している。
そして、その亀裂の中から、二つの人影がゆっくりと降下してくるのが見えた。
一人は、全身を黒い甲冑に包んだ巨漢の騎士。
もう一人は、黒いロングコートを優雅になびかせた、黒髪の青年。
「あ、あれは……アビス商会の会長!?」
国王が目を見開く。
以前、商会の設立許可証で見た似顔絵と同じ顔だ。
だが、纏っている雰囲気が違う。
商人のそれではない。
世界そのものを踏みつけにするような、圧倒的な覇王の気迫。
青年――レンは、王城の前庭、石畳の広場に静かに着地した。
その背後には、護衛のオニキスが音もなく控える。
「き、貴様ァ! 何者だ! 空から侵入するなど、王宮への反逆罪だぞ!」
広場に待機していた近衛兵たちが、槍を構えてレンを取り囲む。
弓兵が城壁の上から矢をつがえ、魔導士たちが杖を向ける。
総勢五百人による完全包囲。
だが、レンは眉一つ動かさなかった。
彼はゆっくりと周囲を見回し、そして城のバルコニーにいる国王と目が合った。
ニッコリと、友好的な笑みを浮かべる。
「やあ、国王陛下。わざわざお出迎え感謝します」
レンの声は、魔法による拡声などしていないにも関わらず、広場全体、いや、王都中に朗々と響き渡った。
「先日いただいた二千人の騎士団、とても美味しかったですよ。……あ、失礼。『良い働き手』になってくれました」
「き、貴様……! やはり貴様が!」
「これでお互い様ですね。陛下が僕の家に軍隊を送り込んできたので、僕も陛下のお宅にお邪魔しに来ました。……国盗りのご挨拶にね」
国盗り。
その言葉が出た瞬間、近衛兵たちの顔色が変わった。
これはテロではない。戦争宣言だ。
「撃てぇぇぇッ! 殺せ! この不届き者を串刺しにしろ!」
近衛隊長の号令一下。
ヒュンヒュンヒュンッ!
無数の矢が放たれ、同時に数十発の攻撃魔法がレンめがけて殺到した。
逃げ場のない弾幕。
人間一人が生き残れる密度ではない。
しかし、レンは一歩も動かなかった。
防御魔法すら唱えない。
ただ、右手を軽く横に振っただけ。
「【収納】」
シュンッ。
音が消えた。
矢も、炎も、雷も。
レンに触れる寸前で、空間に生じた黒い渦に吸い込まれ、跡形もなく消滅した。
「な……ッ!?」
「消え……た? 魔法が?」
兵士たちが呆然とする中、レンはつまらなそうに掌を閉じた。
「エネルギー充填(チャージ)、完了。……お返しするよ」
レンが指を弾く。
彼の背後に、無数の黒い球体が浮かび上がった。
【収納】した攻撃エネルギーを、純粋な魔力弾に変換して再構築したものだ。
「散れ」
ドガガガガガガッ!!
黒い雨が降り注いだ。
正確無比なホーミング弾が、城壁の弓兵たちの武器だけを弾き飛ばし、魔導士たちの杖をへし折り、近衛兵たちの鎧を粉砕した。
殺しはしない。
だが、全員が衝撃で吹き飛び、地面に叩きつけられ、戦闘不能に陥った。
一瞬。
たった一撃で、王都の最終防衛ラインが沈黙した。
「ば、化け物……」
国王は腰を抜かし、手すりにしがみついた。
あれは人間ではない。
魔神だ。
レンは倒れ伏す兵士たちの間を、悠然と歩き始めた。
まだ息のある兵士が、震える手で剣を拾い、レンに斬りかかろうとする。
「う、うおおおッ!」
「やめなよ。痛い思いをするだけだ」
レンは視線すら向けなかった。
ただ、彼の周囲に展開している『自動防御領域(オート・ガード)』が、近づく刃を弾き返し、兵士を優しく(それでも骨が折れる威力で)弾き飛ばす。
「さて、まだやるかい? 僕としては、無駄なリソースの消耗は避けたいんだけど」
レンが広場の中央で立ち止まり、右手を空に掲げた。
その指先に、一点の闇が凝縮される。
周囲の空気が振動し、重力が狂い始める。
瓦礫が浮き上がり、空が暗く変色していく。
「見せてあげるよ。軍隊なんていう『数』が意味をなさない、圧倒的な『個』の力を」
レンが静かに言葉を紡ぐ。
「【重力崩壊(グラビティ・コラプス)】」
ズズズズズズズンッ!!
王城の上空に、巨大な魔法陣が出現した。
そこから放たれたのは、破壊の光ではない。
絶対的な「重圧」だった。
広場にいる全員が、地面に縫い付けられたように平伏した。
石畳がクレーター状に陥没し、城の塔がミシミシと悲鳴を上げる。
物理的な重さではない。魂に直接語りかける、生物としての格の差による圧力。
抵抗することすら許されない、強制的な服従(土下座)。
「ぐ、ぁぁぁ……息が……」
「動け……ない……」
兵士たちは地面に顔を押し付けられ、指一本動かすことができない。
バルコニーにいた国王でさえ、見えない巨人の手で押し潰されたように床に這いつくばらされていた。
「これが、レベル1500の世界だ」
レンは重力の影響を受けない空間を独り歩き、城の正門へと近づいていく。
門番たちはすでに気絶している。
巨大な鉄の扉が、レンの魔力に反応してギギギと自動的に開いていく。
「オニキス、彼らを回収しておいてくれ。優秀な近衛兵だ、ダンジョンの警備員として再就職させてあげよう」
「御意。慈悲深いマスターに、彼らも感謝することでしょう」
オニキスが影を広げ、倒れている兵士たちを次々とダンジョンへと転送していく。
王都を守るはずの兵士たちが、まるで収穫される野菜のように消えていく。
レンは城内へと足を踏み入れた。
誰も彼を止める者はいない。
侍女や文官たちは、廊下の端で震え上がり、レンが通り過ぎるのをただ祈るように待っていた。
レンは迷うことなく、玉座の間へと続く大階段を登っていく。
かつて、勇者パーティーの荷物持ちとして、ファルコンたちの後ろをついて歩き、遠くから眺めることしか許されなかった王城。
今は、その王城の主として、堂々と中央を歩いている。
「皮肉なものだね」
レンは階段の踊り場にある巨大な鏡に映った自分の姿を見た。
漆黒のコート。冷徹な瞳。
そこには、かつての弱気な少年の面影はない。
「僕はただ、平穏に暮らしたかっただけなのに。……君たちが僕をここまで強くしてしまったんだ」
レンは自嘲気味に笑い、最上階の大扉の前に立った。
この向こうに、震える国王がいる。
ダンッ。
レンは手を触れず、魔力の波動だけで扉を押し開けた。
玉座の間。
そこには、近衛兵もおらず、宰相も逃げ出し、たった一人で玉座にしがみついている哀れな老人の姿があった。
「やあ、陛下」
レンは優雅に一礼した。
まるで舞踏会のパートナーを誘うように。
「国のお引越しの時間ですよ」
単身での王都制圧。
それは、戦いと呼ぶにはあまりにも一方的な、魔王による蹂躙劇だった。
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