第42話 地上への報告、「勇者一行は行方不明」

 王都、王城の謁見の間。

 重苦しい沈黙が、広大な空間を支配していた。

 玉座に座る国王の顔は、怒りと焦燥で赤黒く変色している。

 その御前で膝をついているのは、近衛騎士団長と、一人の女性――アビス商会の代表を務めるセラだった。


「……して、もう一度申せ。勇者ファルコンたちは、どうしたと?」


 国王が低い声で問う。

 騎士団長が、脂汗を流しながら報告を繰り返した。


「は、はい……。勇者パーティー『光の剣』が『深淵の迷宮』へ調査に向かってから、既に二週間が経過しております。当初の予定では、一週間で帰還するはずでしたが、未だ戻らず。……連絡も一切途絶えております」


「馬鹿な!」


 国王が玉座の肘掛けを叩いた。


「彼らはSランクパーティーだぞ! しかも、アビス商会の最新鋭の装備で固めていたはずだ。それが、たかだか新発見のダンジョン一つ攻略できずに音信不通だと!?」


「そ、それが……。現地に派遣した斥候の報告によれば、ダンジョンの入り口付近には戦闘の痕跡もなく、彼らは自らの足で深層へと進んでいったとのこと。しかし、それ以降の足取りは完全に消失しております」


 行方不明。

 それは、事実上の「全滅」を意味していた。

 国の威信をかけて送り出した英雄たちが、辺境の穴の中で野垂れ死んだかもしれない。

 その事実は、王国の権威を根底から揺るがす大スキャンダルだ。


「……セラ殿」


 国王の鋭い視線が、涼しい顔で控えている黒衣の美女に向けられた。


「そなたの商会が提供した装備に、不備があったのではないか? 欠陥品を売りつけたせいで、勇者たちが命を落としたとなれば、タダでは済まさんぞ」


 責任転嫁。

 自分たちの見通しの甘さを棚に上げ、商会に罪を擦り付けようとする王の浅ましさ。

 だが、セラは動じることなく、扇子で口元を隠して優雅に微笑んだ。


「陛下。それは心外でございます」


 鈴を転がすような声。だが、その瞳に宿る光は氷のように冷たい。


「我が商会の製品は、最高品質を保証しております。現に、彼らは出発前、あの装備の力で岩をも砕くほどのパワーを発揮しておりました。……問題があるとすれば、それは道具ではなく、使い手の『器』の方かと」


「なんだと……? 勇者を愚弄するか!」


「事実を申し上げたまでです。……証拠もございます」


 セラが懐から布に包まれた物体を取り出し、騎士団長へと渡した。

 騎士団長がそれを検分し、息を呑む。


「こ、これは……勇者が帯びていた『アビス・ブレード』の柄(つか)?」


 それは、ダンジョンの入り口付近(と見せかけて、実際にはレンが演出のために置かせた場所)で回収された、無惨に折れた剣の残骸だった。


「ご覧の通り、内側から破裂したような痕跡がございます。これは、使用者が剣の性能に頼りすぎ、無理な魔力操作を行った結果、負荷に耐えきれずに自壊したものと思われます」


 セラは淡々と、もっともらしい嘘をついた。


「最高級の馬も、乗り手が未熟なら脚を折る。……勇者様たちは、少々ご自身の力量を見誤っていたのではないでしょうか?」


「ぐぬゥ……」


 国王は言葉に詰まった。

 証拠品を突きつけられては、商会を責めることはできない。

 何より、アビス商会は今や国の経済を左右するほどの大企業だ。下手に敵対すれば、国中のポーション供給が止まりかねない。


「それに、我々としても困っているのです」


 セラはわざとらしくため息をついた。


「勇者様たちには、多額の『貸付』がございます。装備代、ポーション代、その他諸々……。彼らが行方不明のままでは、我々は莫大な焦げ付きを背負うことになります。被害者は我々なのですよ、陛下」


 被害者面。

 実際には、彼らから搾り取れるだけ搾り取り、今は奴隷として酷使しているのだが、地上の人間がそれを知る由もない。


「……金の話などどうでもよい!」


 国王がいらだたしげに手を振った。


「問題は、勇者が敗れたという事実だ。このままでは、近隣諸国に示しがつかん。『深淵の迷宮』とやらに、我が国の英雄が飲み込まれたままなど、断じて許されん!」


 王の目に、強欲な光が宿る。


「それに、勇者すら飲み込むダンジョンということは、それ相応の『何か』があるはずだ。強大な魔物か、古代の兵器か、あるいは山のような財宝か……」


 勇者の命よりも、ダンジョンが秘めているであろうリソースへの関心。

 レンの読み通りだった。


「騎士団長!」

「はっ!」

「直ちに『王国騎士団』の精鋭部隊を編成せよ! 数は二千! 王宮魔導士団も同行させろ!」

「に、二千ですか!? たかがダンジョン一つに、戦争規模の動員を!?」


「たかがではない! これは『救出作戦』であり、同時に『制圧作戦』だ!」


 王が立ち上がり、拳を握りしめた。


「『深淵の迷宮』を攻略し、勇者一行を捜索せよ(生死は問わん)。そして、ダンジョンの最深部にある財宝と、この地を脅かす魔物の王を討伐し、迷宮の全てを王国の管理下に置くのだ!」


「は、ははッ! 直ちに準備にかかります!」


 騎士団長が慌ただしく退室していく。

 セラはその様子を、扇子の陰で冷笑しながら見送った。


(愚かな。数で押し切れると思っているとは)


 彼女は一礼し、静かに言葉を添えた。


「陛下のご英断に敬意を表します。……アビス商会としても、討伐隊への物資供給という形で、全面的に協力させていただきますわ」


「うむ。頼んだぞ。大量のポーションを用意しておけ」


 敵に塩を送るどころか、敵から武器を買って戦争を仕掛けるようなものだ。

 アビス商会は、この遠征でさらに莫大な利益を上げ、同時に騎士団の情報をリアルタイムでレンに流すことができる。

 完璧なマッチポンプだった。


 ◇


 その日の夕方。

 王都中に号外が出回った。


『勇者パーティー、行方不明! 深淵の迷宮にて消息を絶つ!』

『国王陛下、騎士団の派遣を決定! 大規模討伐作戦へ!』


 街は騒然となった。

 酒場では、冒険者たちが深刻な顔で議論を交わしている。


「おい、あのファルコンたちが全滅したってマジかよ?」

「アビス商会の装備でもダメだったのか……。あそこ、相当ヤバい場所らしいぞ」

「でも、騎士団が出るなら勝てるだろ。二千人だぞ?」

「ああ。ダンジョンの魔物なんて、軍隊の前じゃ蟻みたいなもんだ」


 人々は、まだ楽観的だった。

 騎士団の強さは絶対であり、数の暴力はダンジョンの個の力を凌駕すると信じていた。

 彼らは知らない。

 その「蟻」が、Sランク冒険者すら捕食する怪物であることを。


 ◇


 ダンジョン最深部、玉座の間。

 地上のセラから送られてきた報告書を読み終えたレンは、ワイングラスを片手に薄く笑った。


「二千人か。……少しは楽しませてくれそうだね」


 傍らに控えるオニキスが、好戦的な笑みを浮かべる。


「マスター。いかがなさいますか? 迎撃の準備は整っておりますが」

「正面から叩き潰すのもいいけど、せっかくだから『新しい素材』も試したいね」


 レンはモニターに映る、忙しなく準備をする王国騎士団の映像を見つめた。

 ピカピカの鎧。整列した兵士たち。高慢な指揮官。

 それら全てが、レンにとっては「経験値」と「リソース」の塊に見えていた。


「彼らは勇者の救出に来るつもりらしいけど、残念ながらファルコンたちは忙しいからね」

「左様でございますな。ファルコンは先ほど、ゴブリンに殴られて泣き叫んでおりましたし、リナはトイレ掃除で手が離せません」


「ふふっ。……さて、お客様を迎え入れる準備だ」


 レンは玉座から立ち上がった。


「ダンジョンの構造を『戦争モード』へ移行する。迷路を単純化し、大軍を引き込みやすくしろ。そして、中層以降には『広域殲滅トラップ』を配置だ」


 勇者パーティー相手には、個別の精神攻撃でじわじわと甚振った。

 だが、軍隊相手には別の「おもてなし」が必要だ。

 圧倒的な質量と、絶望的な火力による蹂躙。


「来るなら来い、王国の兵隊たち。君たちの血肉が、僕の城をさらに強固にする礎となるんだ」


 奈落の王は、静かに開戦の狼煙を上げた。

 地上最強の軍事力と、地下最強の魔王。

 その激突の時が迫っていた。

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