第40話 【第三章完】許すわけがない、ここからが「教育」だ

 リナの絶叫が扉の向こうへと消え、大広間には再び重苦しい静寂が戻った。

 残されたのは、腰を抜かして震え続ける魔導士ヴィエラと、壁際で虫の息となっている勇者ファルコン。

 そして、玉座から彼らを見下ろすレンだけだ。


「さて、ヴィエラ」


 レンが名前を呼ぶと、ヴィエラはビクリと肩を跳ねさせた。

 彼女は砕かれた杖の残骸を握りしめ、ガタガタと震えている。

 賢者と呼ばれた知性は、今はただの恐怖の増幅装置としてしか機能していなかった。


「は、はい……」


 消え入りそうな声。

 かつてレンを「グズ」「ノロマ」と罵っていた威勢の良さはどこにもない。


「君は計算が得意だったね。魔力効率、経験値配分、移動時間の短縮……。いつも『効率的じゃない』と僕を叱責していた」

「そ、それは……その……」

「だから君には、もっとも効率が求められる職場を用意したよ」


 レンが指を鳴らすと、空中にホログラムのようなウィンドウが表示された。

 そこに映っていたのは、ダンジョンの最下層にある薄暗い作業場だった。

 スライムや汚泥のような魔物がうごめき、アビス・アントたちが廃棄物を運んでいる。

 『資源リサイクル・プラント』だ。


「このダンジョンから出るゴミ、排泄物、魔物の死骸……それらを分解し、魔力リソースへと還元する施設だ。今まではアントたちに任せていたけど、彼らにはもっと戦闘に専念してもらいたいと思ってね」


 レンはヴィエラを見下ろして微笑んだ。


「君のその繊細な魔力操作があれば、ゴミの中からでも一滴残らず魔素を抽出できるはずだ。一日十八時間労働、ノルマ未達の場合は食事抜き。……どうだい? 効率的だろう?」


「そ、そんな……ゴミ処理係……? 私が……?」


 ヴィエラは絶望に顔を歪めた。

 彼女はプライドの塊だ。泥に汚れることを嫌い、知的な作業以外を見下してきた。

 そんな彼女が、汚物と死臭にまみれて一生を過ごす。

 それは、死刑宣告よりも残酷な処遇だった。


「嫌? 拒否権はないよ。君の魔力回路には、既に僕の『支配の呪印』が刻まれているからね」


 レンが指差すと、ヴィエラの首筋に黒い紋様が浮かび上がった。

 アビス商会の装備を使い続けた代償だ。


「サボろうとすれば激痛が走り、逃げようとすれば魔力が暴走して君自身を焼き尽くす。……安心しなよ。死ぬまで『賢者』としての能力を有効活用してあげるから」


「あ、あぁぁ……」


 ヴィエラは泣き崩れた。

 助からない。逃げられない。

 彼女は現れたアビス・アントたちによって、無抵抗のまま引きずられていった。

 その目からは光が消え、ただの労働力としての絶望だけが残っていた。


 ◇


 最後に残ったのは、ファルコンだ。

 彼は壁際で血反吐を吐きながら、まだレンを睨みつけていた。

 四肢は砕け、動くこともできないはずなのに、その瞳だけは執念深く燃えている。


「……殺せ」


 ファルコンが掠れた声で言った。


「こんな屈辱……耐えられるか……。殺せよ、レン! 俺は勇者だぞ! 勇者として死なせろ!」


 最後まで勇者という肩書きに縋る男。

 レンはその哀れな姿を見て、ふっと息を吐いた。


「殺す? 君も勘違いしているな」


 レンはファルコンの目の前にしゃがみ込み、彼の髪を乱暴に掴んで顔を上げさせた。


「死ぬことで逃げられると思っているのか? 『悲劇の勇者』として幕を引こうなんて、虫が良すぎるよ」


「な、んだと……?」


「君には生きてもらう。……永遠にな」


 レンが懐から一本のポーションを取り出した。

 ドス黒い紫色をした、特製の『アビス・エリクサー(呪)』だ。

 それを無理やりファルコンの口にねじ込む。


「んぐっ!? ごぼっ……!」


 液体が喉を通り、ファルコンの体内で爆発的な再生が始まった。

 砕けた骨が繋がり、裂けた筋肉が修復される。

 だが、それは治癒の温かさではなく、焼けるような激痛を伴う再生だった。


「ぎゃああああああッ!!」


 ファルコンがのたうち回る。

 死ぬことすら許さない、強制的な生への縛り付け。


「君の配属先は『訓練場』だ。ただし、教官としてではない」


 レンは冷酷に告げた。


「このダンジョンで生まれたばかりの魔物たちの、『サンドバッグ』になってもらう」


「サ、サンドバッグ……だと……?」


「ああ。君は頑丈だからね。それに、このエリクサーの効果で、どんなに殴られても、切られても、死なずに再生し続ける体になった。……新人たちの攻撃を受け止めるには最高の教材だ」


 ファルコンの顔色が白蝋のように変わった。

 終わりのない苦痛。

 名もなき雑魚モンスターたちに殴られ続け、肉塊になり、再生し、また殴られる日々。

 勇者のプライドなど、初日で粉々に砕け散るだろう。


「俺は……俺は主人公なんだぞ……! そんな扱い、許されるわけが……」

「主人公? ああ、そうだったね」


 レンは立ち上がり、冷たく見下ろした。


「じゃあ、その『不死身の体』で、いつかここから脱出してみせるといい。何百年かかるか分からないけど、それこそが主人公の試練だろう?」


 それは希望ではない。

 永遠に続く地獄への突き落としだ。


「連れて行け」


 オニキスが片手でファルコンの首根っこを掴み、軽々と持ち上げた。

 ファルコンは手足をバタつかせ、泣き叫んだ。


「嫌だ! レン! 頼む、殺してくれ! いっそ殺してくれぇぇぇ!」


 勇者の尊厳も何もない。

 ただの泣き喚く子供のような姿。

 その声は、重厚な扉の向こうへと消えていった。


 ◇


 三人がいなくなった『王の間』。

 レンは一人、玉座に戻り、深く腰掛けた。

 復讐は終わった。

 彼らを殺すことなく、それぞれの罪に見合った「職場」へと送った。

 聖女は汚物にまみれ、賢者はゴミを漁り、勇者は雑魚に殴られ続ける。

 かつて彼らがレンに押し付けてきた「雑用」や「盾役」の苦しみを、何倍にもして味わわせる『教育』の始まりだ。


「……ふぅ」


 レンは天井を見上げた。

 胸のすくような爽快感があるかと思ったが、意外にも心は静かだった。

 ただ、やるべきことをやり遂げたという達成感だけがある。


「終わったな……いや、まだか」


 レンの視線が、サイドテーブルに置かれた羊皮紙に向いた。

 そこには、地上のアビス商会から送られてきた最新のレポートがあった。


『勇者パーティー、行方不明の報により、王国政府が動く気配あり』

『Sランクダンジョン攻略のため、騎士団の派遣を検討中』


 ファルコンたちは、腐っても国の象徴だった。

 その彼らが帰還しないとなれば、国はメンツにかけて調査団を送ってくるだろう。

 あるいは、軍隊を差し向けてくるかもしれない。


「第二ラウンドの始まりだね」


 レンはグラスを手に取り、残っていたワインを飲み干した。

 これまでは個人的な復讐劇だった。

 だが、ここからは違う。

 一人の魔王として、国家という巨大な敵と対峙することになる。


「オニキス」


 レンが呼ぶと、影から新たな黒騎士が現れた。

 ファルコンを収容し終えて戻ってきたようだ。


「はい、マスター」

「ダンジョンの防衛レベルを引き上げろ。これからは『勇者ごっこ』の客人は来ない。本気で殺しに来る軍隊が相手だ」


 レンの瞳に、紫色の魔力が激しく灯る。


「僕の居場所を奪おうとするなら、国だろうが世界だろうが、すべて【収納】してやる」


 奈落の底から這い上がった少年は、今や真の魔王として覚醒していた。

 勇者パーティーの全滅は、世界を巻き込む大戦乱の狼煙(のろし)に過ぎなかったのだ。


 【第三章 完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る