第16話 勇者の装備がボロボロだが、修理できる鍛冶師がいない

 ガキンッ!


 鋭い金属音が響き、勇者ファルコンの体勢が大きく崩れた。

 場所は王都近郊の街道。魔物の討伐依頼の帰り道でのことだ。

 なんの変哲もない『オーク・ジェネラル』の大鉈の一撃を受け止めた際、ファルコンの愛剣『聖剣エクスカリバー(レプリカ)』が悲鳴を上げ、同時に左腕を覆うミスリルの籠手(ガントレット)に亀裂が走ったのだ。


「ぐっ、うぉぉぉっ!?」


 衝撃が骨に響く。

 普段なら弾き返せるはずの攻撃が、今のファルコンには重い。


「ファルコン! 大丈夫!?」

「くそっ、鎧が……!」


 ファルコンは舌打ちをし、力任せにオークを斬り伏せた。

 戦闘は終わったが、彼の表情は晴れない。

 左腕を見ると、国宝級の防具であるミスリル・アーマーの一部が歪み、留め具が弾け飛んでいた。隙間から擦り傷ができ、血が滲んでいる。


「あり得ねぇ……。オーク程度の一撃で、ミスリルが凹むだと?」


 ファルコンは信じられないものを見る目で自分の腕を見つめた。

 この鎧は、王国から貸与された至高の一品だ。ドラゴンの爪すら通さないと言われる強度を誇っていたはずだ。


「ファルコン様、剣の方も……」


 リナが恐る恐る指差す。

 聖剣の刃には、無数の刃こぼれが生じ、輝きが失われていた。かつては鏡のように美しかった刀身が、今は曇った鉄屑のように見える。


「ヴィエラ、お前の杖はどうだ?」

「……最悪よ。魔導石にヒビが入って、魔力の伝導率が半分以下になってるわ。これじゃ上級魔法なんて撃てない」


 三人は街道の端で立ち尽くした。

 ポーションで体力は回復できても、装備の耐久値は回復しない。

 連戦に次ぐ連戦、そして雑な扱い。

 これまでは、野営のたびにレンが装備を預かり、翌朝には新品同様にピカピカにして返してくれていた。

 彼らはそれを「魔法の道具だから勝手に直る」あるいは「少し布で拭けば綺麗になる」程度にしか思っていなかったのだ。


「……街に戻るぞ。鍛冶屋だ。一番いい鍛冶屋に直させる」


 ファルコンは焦りを隠すように早口で言った。

 装備がなければ、勇者はただの力自慢の若造に過ぎない。


 ◇


 王都の大通りに面した、王室御用達の老舗鍛冶屋『鉄の髭』。

 ドワーフの名工が腕を振るう、この国で最高の工房だ。


「なんじゃこりゃあぁぁぁっ!!」


 工房に入った瞬間、雷のような怒号が飛んできた。

 主人の頑固親方、ドワーフのガンバルドだ。彼はファルコンがカウンターに置いた鎧と剣を見るなり、顔を真っ赤にして激昂した。


「お前さん、国宝をなんだと思っとる! 漬物石か何かか!?」

「な、なんだと! 俺は勇者だぞ! 魔物と戦って傷ついたんだ、名誉の負傷だろ!」

「馬鹿を言え! これは戦闘の傷じゃない、『手入れ不足』による腐食と金属疲労じゃ!」


 ガンバルドは籠手を掴み、ファルコンの目の前に突きつけた。


「見ろ、この関節部分! 油が切れて錆び付いとる! 魔物の血を浴びたまま放置したせいで、酸が内部まで浸透しておるわ! ミスリルが泣いとるぞ!」

「そ、そんな細かいこと、俺が知るかよ! とにかく直せ! 金なら払う!」


 ファルコンが金貨袋(と言っても中身は心もとないが)を叩きつける。

 しかし、ガンバルドは鼻で笑った。


「直せ? 簡単に言うな小僧。ここまで組織が死んだミスリルを打ち直すには、一度溶かして精製し直さなきゃならん。そのためには『地竜の火炎袋』と『純度99%の魔法銀』が必要じゃ」

「なっ……そんなレア素材、どこにあるんだよ!」

「自分で取ってくるか、市場で探すんじゃな。まあ、見つかったとしても修理には三ヶ月はかかるぞ」


「さ、三ヶ月!?」


 ファルコンは絶句した。

 そんなに待てるわけがない。借金の返済も迫っているし、名誉挽回の依頼も控えているのだ。


「そ、そこをなんとか……! 前は一晩で直ってたんだぞ!?」

「ああん? 一晩?」


 ガンバルドが怪訝な顔をする。


「誰がそんな神業を使ったんじゃ。王宮の筆頭魔導鍛冶師でも無理だぞ」

「だ、だから、前の荷物持ちのレンだよ! あいつが朝起きたら直してたんだ!」


 それを聞いた瞬間、ガンバルドの目が鋭く光った。

 彼はじっくりと剣の柄や鎧の裏側を観察し始めた。


「……なるほどな。こりゃあ、ただ磨いただけじゃねぇ」


 ガンバルドが唸る。


「微細な魔力コーティングの痕跡がある。しかも、素材の分子レベルでの結合を維持するような、特殊な術式かスキルを使った形跡が……。おい小僧、その『レン』とかいう荷物持ち、何者だ?」

「はぁ? ただの村人だよ! スキルだって【収納】しか持ってねぇ無能だ!」

「無能? ふん、無能はお前さんらの方じゃな」


 ガンバルドは呆れたように吐き捨てた。


「そいつは【収納】の亜空間内で、素材の時間を止めたり、あるいは不純物を分離させたりして、常に最高の状態を保たせていたんじゃろう。もしかしたら、独自の『修復』スキルまで編み出していたかもしれん。……そんな国宝級の職人を手放すとは、勇者パーティーも地に落ちたもんじゃ」


 図星を突かれ、ファルコンは言葉を失った。

 レンがやっていたことが、ドワーフの名工ですら舌を巻くほどの高等技術だった?

 あいつは、ただ雑巾で拭いていただけじゃなかったのか?


「で、どうするんじゃ? わしの店で直すなら、素材持参で三ヶ月待ちじゃ。嫌なら他を当たれ」


 追い出されるようにして店を出た三人は、その後も王都中の鍛冶屋を回った。

 しかし、結果はどこも同じだった。

 むしろ、『鉄の髭』以外の店では「私の腕ではミスリルの加工など恐れ多くてできません」と門前払いを食らう始末だった。

 ヴィエラの杖も、繊細な魔力回路の修復ができる細工師が見つからず、リナの法衣に至っては「聖別の儀式をやり直す必要があるから教会へ行け」とたらい回しにされた。


 夕暮れ時。

 三人は裏通りのベンチに座り込んでいた。


「……どうすんだよ、これ」


 ファルコンが錆びつき始めた剣を見つめて呟く。

 装備はボロボロ、金はない、修理もできない。

 八方塞がりだ。


「ねぇ……さっきの鍛冶屋で聞いたんだけど」


 ヴィエラが沈痛な面持ちで口を開いた。


「最近、『アビス商会』っていう新しい店が、特殊な武具の修理も受け付けてるって噂があるわ」

「アビス商会? あのポーションの?」

「ええ。なんでも、独自のルートでダンジョン素材を扱っていて、腕利きの職人を抱えているとか……」


 ファルコンは顔をしかめた。

 あの店には、得体の知れない不気味さがある。

 安くて美味いポーションは助かっているが、何かに巻き込まれそうな予感がするのだ。

 だが、今の彼らに選択肢は残されていなかった。


「……行くしかねぇか」


 背に腹は代えられない。

 勇者のプライドを保つためには、装備を直さなければならないのだから。


 ◇


 一方、ダンジョンの玉座にて。

 僕はモニター越しにその様子を眺め、優雅に指を鳴らした。


「かかったな」


 すべて計算通りだ。

 王都の鍛冶屋たちが彼らの依頼を断るように、裏で手を回したわけではない。

 単に、ファルコンたちの装備が「僕の手入れなしでは維持できないレベル」まで劣化していただけだ。

 自業自得というやつである。


「オニキス」

『はっ』

「彼らがアビス商会に来たら、特別価格で修理を受けてやれ。ただし、代金は金ではなく『ある条件』にするようセラに伝えろ」

『条件、ですか?』

「ああ。『今度挑むAランクダンジョンで手に入れた素材の優先買取権』、そして『ダンジョン深層のマップ情報の提供』だ」


 彼らを僕たちの「下請け業者」にしてしまうのだ。

 彼らが命がけで手に入れた成果を、アビス商会が安く買い叩く。

 そして、その装備を修理するために、彼らはまたダンジョンに潜らざるを得なくなる。

 無限の搾取ループの完成だ。


「それと、修理には僕の魔力を『ほんの少しだけ』混ぜておけ」

『……と、言いますと?』

「決定的な瞬間に、耐久値がゼロになるような『時限爆弾』を仕込むんだよ」


 僕は邪悪な笑みを深めた。

 直してやるさ。新品同様にな。

 ただし、その剣が最も必要な時に折れるように。

 その鎧が、最強の敵を前にして砕け散るように。


「さあ、いらっしゃいませ勇者様。アビス商会はいつでも歓迎するよ」


 モニターの中のファルコンたちが、重い足取りでアビス商会の看板を目指して歩いていく。

 その先にあるのが、さらなる深淵への入り口だとも知らずに。

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