第10話 【第一章完】奈落の王、地上への干渉を開始する

 宮殿の玉座に座り、僕は虚空に浮かぶ複数のウィンドウを眺めていた。

 三人の盗掘者を逃がしてから数日が経過した。

 僕の目論見通り、彼らは街の酒場で大いに宣伝してくれたようだ。


『深淵の迷宮』という名前は、近隣の冒険者ギルドでちょっとした話題になっている。

「入り口付近で金貨が拾える」「奥には未知のモンスターがいるが、宝の山だ」と。

 その証拠に、ダンジョンの入り口である廃坑付近には、ここ数日で十数組の冒険者が様子見に訪れていた。


「順調だな。餌に群がる魚のようだ」


 僕は満足げに頷く。

 だが、ただ待っているだけではつまらない。

 ダンジョンにおびき寄せる「守り」の次は、こちらから打って出る「攻め」の手が必要だ。

 もちろん、武力で攻め入るわけではない。

 経済と情報で、地上を侵食するのだ。


「オニキス」

『はっ、御前に』


 影から音もなくオニキスが現れる。

 彼は竜の姿ではなく、魔力消費を抑えるために人型(長身の黒騎士の姿)をとっていた。


「生産プラントの稼働状況はどうだ?」

『順調でございます。スライムおよび薬草エリアから採取した素材を、配下のアントたちが加工し、ご指定の物品を量産しております』


 オニキスが恭しく差し出したのは、一本の小瓶だった。

 透き通るような青色の液体が、微かな発光現象を伴って揺らめいている。


 『アビス・ポーション(中級)』

 僕が【解析】と【再構築】で設計図を引き、ダンジョン内の純度の高い魔素を含んだ素材で作らせた回復薬だ。

 市場に出回っている一般的な中級ポーションと比べ、回復量は二倍、即効性は五倍。しかも副作用による魔力酔いが一切ない。


「原価はほぼゼロ、性能は国宝級。これを市場価格の半値でばら撒けば、どうなると思う?」

『地上の薬師や商人たちは廃業に追い込まれるでしょうな。そして、冒険者たちはこの薬なしでは戦えなくなる』


「その通りだ。依存させるんだよ。僕の手のひらから与えられる餌にな」


 特に、回復役(ヒーラー)に頼りきりのパーティーには劇薬となるだろう。

 聖女リナ。彼女の治癒魔法は確かに強力だが、魔力切れという弱点がある。

 もし、彼女の魔法よりも手軽で確実な回復手段が普及してしまったら?

 彼女の「聖女」としての価値は暴落する。


「さて、これを売りさばく商人が必要だ。僕が直接行くわけにはいかないからな」


 僕は立ち上がり、【配下生成】のウィンドウを開いた。

 戦闘用ではない、交渉と潜入に特化した特殊個体。

 リソースとして、以前収納した『ドッペルゲンガー』の核と、知能の高い『ダーク・エルフ』の死体データを使用する。


「出でよ、僕の影にして代弁者」


 黒い霧が凝縮し、一人の女性が姿を現した。

 濡れたような黒髪に、知的な紫紺の瞳。

 執事服のような機能的なドレスを纏い、その表情は能面のように冷静だ。


『お呼びでしょうか、我が主(マスター)』


 涼やかな声。

 完璧だ。


「お前の名前は『セラ』だ。今日から【アビス商会】の代表として、地上の街へ潜入しろ」

『セラ……感謝いたします。任務の内容は?』

「このポーションと、ダンジョン産の武具を売りさばけ。まずは小さな露店からでいい。評判を広め、資金を集め、情報を収集するんだ。特に――」


 僕は瞳を細めた。


「『勇者ファルコン』のパーティーの動向は逐一報告しろ。彼らが何に困り、何を求めているか。その全てを把握するんだ」

『御意。主の敵対者には、緩やかなる絶望を』


 セラは深々と一礼し、影の中へと溶けるように消えた。

 彼女の視覚と聴覚は僕とリンクしている。

 これからは、宮殿に居ながらにして地上の様子が手に取るように分かる。


 ◇


 一方その頃。

 僕の視界の端にあるサブウィンドウには、セラの視点とは別に、遠く離れた場所の映像がおぼろげに映し出されていた。

 かつて僕が身につけていた『従者の指輪』。

 僕が捨てられた後、誰かが拾うか、あるいはファルコンたちが持っているかもしれないと思い、微弱な魔力リンクを残しておいたのだ。


 ノイズ混じりの音声が聞こえてくる。


『――そっちはどうだ? 新しい荷物持ちは見つかったか?』

『ダメよファルコン。応募者はいるけど、Sランクダンジョンの荷物を担げる体力バカなんて、そうそういないわ』

『チッ、使えねぇな。レンの奴、無駄に体力だけはあったからな……』

『ねぇ、ポーションの予備は? さっきの戦闘で結構使っちゃったんだけど』

『もうないわよ。ヴィエラ、あんたが魔法をケチるからでしょ』

『なんですって? リナこそ、無駄なヒールをかけすぎなのよ』


 ギスギスした空気。

 焚き火を囲む三人の顔は、以前よりもやつれて見えた。

 装備の手入れも行き届いておらず、ファルコンの自慢の鎧には泥がこびりつき、リナの純白の法衣は煤けている。


 僕という「雑用係」がいなくなった影響は、彼らが思っている以上に深刻なようだ。

 野営の準備、食事の支度、装備のメンテナンス、物資の管理。

 それら全てを僕一人に押し付け、自分たちは戦闘だけに集中していたツケが回ってきている。


「くくっ……いい気味だ」


 僕は愉快でたまらなかった。

 まだだ、まだ序の口だ。

 これから僕の放ったポーションが市場を席巻し、優秀な冒険者たちが僕のダンジョンに吸い寄せられていく。

 勇者パーティーは、補給もままならず、情報の波にも乗り遅れ、徐々に時代から取り残されていくことになる。


「さあ、第一章はこれで終わりだ」


 僕は玉座の肘掛けを強く握りしめた。

 奈落の底で死にかけ、覚醒し、拠点を築き、戦力を整えた。

 準備段階(チュートリアル)は終了だ。


 ここからは第二章。

 地上の常識を覆し、勇者パーティーを追い詰め、世界そのものを僕のダンジョンに飲み込むための侵略戦争だ。


「震えて眠れ、勇者たち。お前たちが必死に攻略しようとしているこの世界は、もう僕の庭なんだからな」


 奈落の王は高らかに宣言する。

 その声に応えるように、オニキスが、アントたちが、そしてダンジョンの闇そのものが、歓喜の産声を上げた。


 追放された荷物持ちの逆襲。

 その本当の物語は、ここから始まるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る