イケメンにはもう飽きたのでちょっとくたびれたおじ様と結婚したいと思います~身分違いの恋?では私が平民になりますわ!~

雪野真白

第1章 わたくし、平民になりますわ!

第1話 運命の人、見つけましたわ!

「リリアーナ様、はぐれないようにしてくださいね」


 そう言われたのに、今私はひとりぼっち。

 何度見回しても、周りにいるのは知らない人。人。人。


「ゆ、ユリウス? どこにいるの?」


 おつきの騎士を呼んでも返ってくる声はない。

 たまに私をちらっと見てくる人はいるけど、また通り過ぎるだけ。


(これって、俗に言う迷子?)


 12歳になって、おつきが1人いればお父様がいなくても街に出て良いと言われたから。

 今日が街の小さなお祭りだと聞いたからやってきたのに……。

 おまけに、なんだかお腹がさびしい。

 ここがどこだかわからないから、騎士のユリウスを探しに少し動いてみる。

 でも、慣れない靴で、慣れない服で歩いているから、すぐ疲れる。


「つかれた……」


 おうちに帰れないかもしれない。

 馬車までの道も、家までの帰り方もわからない私がその場にうずくまりそうになっていると──。


「お嬢さん、大丈夫かい?」


 上から声をかけられた、気がするのでそちらを向くと、大柄な年上の男性が汗をかきながら私を心配そうに見ていた。


「……わたくしですか?」

「いや、大丈夫ならいいんだけどよ。なんか、泣きそうにしてたから」


 見たところ成人式を終えたばかりのユリウスよりかは年上。

 今私は平民のフリをしているけれど、貴族としての振る舞いを忘れてはいけない。


「大丈夫です。決して困ってなど……」


 その時だった。

 私のお腹から「ぐぅぅぅぅぅ」と男性にも聞こえるくらい大きな音が鳴ったのは。


「……忘れてください」

「……ひ、ひひっ」

「忘れてくださいと!」

「忘れる忘れる……お嬢さん、これ食うか?」


 男性が渡してきたのは何かの──多分お肉の串焼き。

 ユリウスからは平民の食べ物は毒見をするまで口にしないように言われている。

 でも、お腹と口から出そうになるよだれは早くそれを食せと言わんばかり。


「お、お金がありません」


 ユリウスが代金を管理してくれているから私は支払い方法を知らない。


「いいよ。サービスだ」


 男性が「ほれ」と差し出してくる。

 もう、我慢の限界。

 私は両手で受け取り、怖がりながら1口かぷっと食べてみる。

 肉汁が──口の中であふれて、おいしかった。

 気づいたら、その場で全部食べて、全部なくなっていた。


「ご、ごちそうさまでした」

「はいよ。で、お嬢さん、どこから来た? ママは?」


 串だけになった物を渡すと、男性は聞いてくる。

 貴族だと気づかれてはいけないけど、ユリウスと待ち合わせないと帰れない。

 その時、迷ったらどこへ行けばいいか言われたことを思い出した。


「え、えっと、おつき……じゃなくて、お、お兄ちゃんから、迷ったらアーティザン・クロスウェイに行きなさいと」

「なんだ、そっちなら簡単じゃないか。とは言え、ここの十字路を知らないとなるとよそから来たのか? じゃあ人混みに困っても仕方ないな。イザベラさん! ちょっとこの子送るから店番よろしく!」


 そう言うと、男性は頭に巻いていたタオルを外して出店から出てきてくれた。

 黒髪を刈り上げていた。

 

「ほら、手」

「え?」

「はぐれたら困るだろ? 手、つないどこう」


 貴族は簡単に殿方の手を取ってはいけません。

 教育係のレティシアから何度も教えられたけど、なぜかこの人の手は取ってしまった。


「お前、名前は?」

「り、りり……アンナ」


 本名を名乗ろうとして、ユリウスに「だめ」と言われたことを思い出し、偽名を使う。


「アンナだな。俺はアレクシス。商店街で小さい料理屋をやってるから、今度は兄ちゃんと来てくれよ」

「……はい」


 男性──アレクシスの手には傷跡があったけど、あたたかかった。

 目的地に着くとユリウスが涙目で私に手を振っていた。


「あいつが兄ちゃんか?」

「はい」

「良かったな。気をつけて帰れよ」

「はい……あの!」


 アレクシスが手を放して帰ろうとする。

 それを私は声で引き止める。


「また、また来ます!」

「……おう。待ってるぜ」


 その時のアレクシスの明るい笑い方を私は一生忘れない。




 それから、7年。

 わたくしは19歳、結婚適齢期になった。


「リリアーナ様、こちら、ヴァンフェルク領のみで獲れる鉱石で作りましたブレスレットでございます。よくお似合いかと」


「リリアーナ様は紅茶がお好きと聞きました。厳選な茶葉を取り寄せましたのでぜひ召し上がっていただきたく」


「リリアーナ様はいつも見目麗しく──」


「リリアーナ様──」


 毎日来る求婚の手紙、毎日のお茶会、連日起こるわたくしのための舞踏会。

 皆、美貌を誇り、性格も良く、家柄も申し分ない。

 でも、見ているのは私じゃない。

 リリアーナ・フェリシオ・ローゼリアの、ローゼリア侯爵の部分だけを見ている。

 最後にはいつも、「お父上によろしくください」と付け足す皆に、私の心は冷め切っていた。

 わかっている。

 お姉様も、政略結婚で嫁いでいった。

 お兄様も、政略結婚のためにお義姉様を娶った。

 そこに愛はあっても、ちゃんと「政略」はある。

 だから仕方ないこと。


「リリィ」


 わたくしが張りつけた笑みを皆に見せながら王家が主催する舞踏会に立っていると、お母様が近づいてきた。


「良い殿方はいらっしゃったかしら?」

「……良い方ばかりで、私だけでは選びきれません」


 常套句を並べ、お母様を喜ばせる。

 お母様は心配そうな顔をしながらも微笑む。

 そんな中、お父様が壇上に上がった。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日のお料理ですが、ブレムナ街の方に協力していただき平民の料理も並んでいます。もし良ければ……」


 その瞬間、各方面からひそひそと非難の嵐が。


「毒見は済んでいるのか」

「私達に平民の物を口に入れさせるなんて」

「クーデターがあったらどうする」


 などなど。

 わたくしは、興味があるのでこっそり近づいて、こっそり物色する。

 そして見つけた。あの、串焼きがあったのを。


(皆お父様に夢中で気づいていない。今がチャンス)


 本来貴族は串を持ってかぶりつくなんてふしだらな真似をしてはいけない。

 でも、あの時の感覚が忘れられないわたくしはこっそり1本手に取って誰も見ていないことを確認し、小さくかぶりつく。

 零れんばかりの肉汁。いつもは味わえない肉汁たっぷりの野性味あふれる味。少しスパイスの効いた辛さ。


わたくし、この味を知ってる!)

「お父様、この串焼きを作った者をこちらへ!」


 わたくしに視線が集まる。


「ローゼリア侯爵の末妹様が平民の物を口に!?」

「まさか相当まずかったのでは?」

「やはり口にするべきでは……」


 わたくしの言葉に皆が口々に話す中、お父様が執事に命令を出し、平民を連れてくる。

 現れたのは、黒髪を刈り上げて、無精ひげが少し目立つ、少しくたびれた30代程のおじ様だった。


「あ、あ~はじめまして……何か、お口に合いませんでしたでしょうか?」


 少し──いや、大分容貌は変わってしまったけど、声は全く変わっていなかった。

 おじ様はわたくしから断罪されると思っているのか困っている。

 一応、確認をしておこう。


「あなた、名前は?」

「へぇ? アレクシスといいま……いや、申します?」


 ああ、間違いない。

 わたくしは串焼きをお皿に置くと、おじ様──あの時のお兄様──アレクシスの手を取り、お父様に体を向ける。


「お父様!」

「なんだい? リリアー……」

わたくし、彼と結婚しますわ!」

 

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