第4話
ベッドのスプリングが軋む音が、静まり返ったホテルの室内に響いた。
リシアはダブルベッドの中央に腰を下ろし、その膝の上にカイルをちょこんと乗せている。背後から抱きすくめるその姿勢は、はたから見れば姉が弟をあやしているようにも見えるが、その実態は兵器による拘束に近い。
「……あのさ。これ、いつまで続けるわけ?」
カイルが顔を真っ赤にして、身じろぎをする。
彼の背中には、リシアの豊かな胸部装甲が押し当てられており、少し動くたびにその非人間的なまでの弾力と柔らかさが、薄いシャツ越しに伝わってくるのだ。
Lカップの質量が背骨のラインに沿って変形し、まるで彼を飲み込もうとするかのような包容力を発揮している。
「データ収集に推奨時間は設定されていません」
リシアはカイルの肩に顎を乗せ、平然と答えた。
彼女の内部モニターでは、カイルの体温、心拍数、呼吸のリズムがリアルタイムでグラフ化され、幸福度を示すパラメータが限界値を振り切ろうとしている。
先ほどまでの警戒心剥き出しの彼に対し、リシアは「貴方を守るための生体データ収集が必要」というもっともらしい論理と、「少しだけでいいから」という人間臭い懇願を織り交ぜ、半ば強引にこのポジションをもぎ取ったのだ。
新たなマスターの質量、匂い、脈動。それら全てが、彼女の空虚だったデータベースを埋めていく。
(小さく、脆い。……ですが、この熱源こそが私の新たな拠り所です)
リシアは腕に込める力を微調整し、決してカイルを痛めつけないよう、しかし絶対に逃がさない絶妙なホールドを維持する。
「うざい……重い……暑い……」
カイルは悪態をつきながらも、本気で抵抗しようとはしなかった。
いや、できないのだ。
先ほど、このアンドロイドは「命令とあらば、この窓から飛び降りて自壊することも厭わない」と、無表情で言い放った。その瞳には一点の曇りもなく、冗談や比喩の類ではないことが痛いほど伝わってきた。
なんでもという言葉の重さが、鉛のようにカイルの胃袋にのしかかっている。下手に「消えろ」などと言えば、彼女は本当に自身の存在を物理的に消去しかねない。この美しい怪物を制御するスイッチが、自分の言葉一つに委ねられているという事実は、10代の少年が背負うにはあまりに恐ろしい責任だった。
「……はぁ。わかったよ、好きにしろよ」
カイルが諦めたように全身の力を抜く。
それを合図としたかのように、リシアはさらに密着度を高めた。バスローブの合わせ目から覗く滑らかな太腿が、カイルの足を挟み込む。
「感謝します、マスター。……ところで、一つ確認事項があります」
カイルの頭頂部に頬ずりをしながら、リシアは事務的なトーンで切り出した。
彼女の視界には、整備官から譲渡されたカイルの個人データファイルが展開されている。
「軍部のデータベース及び遺族年金の受給資格情報によれば、カイル様のご年齢は『成人済み』として登録されています」
リシアの言葉に、カイルの体がビクリと跳ねた。
「ぅえ……」
「兄君からの送金記録、及び今回の遺産相続の手続き。これらは全て、貴方が法的成人に達していることを前提に処理されています。……ですが」
リシアは言葉を切り、抱きしめている少年の身体的特徴を再スキャンする。
骨格の未発達、第二次性徴の進行度、ホルモンバランス。
どう好意的に解釈しても、彼の生物学的年齢は12歳から14歳のレンジに収まる。成人男性の身体データとは乖離があまりに激しい。
「……私のセンサーに狂いが生じているのでしょうか? 現時点での計測値と、登録データに致命的な矛盾が生じています」
淡々とした指摘。
それは糾弾ではなく、純粋な事実確認だった。しかし、カイルにとっては心臓を冷たい手で鷲掴みにされるような問いかけだったに違いない。
カイルはリシアの腕の中で冷や汗を流し、視線を忙しなく泳がせた。
「あ、当たり前だろ! 俺は……俺は大人だ! ただちょっと、成長が遅れてるだけなんだよ!」
カイルは裏返った声で叫び、リシアの腕を振りほどこうともがく。
その抵抗は弱々しく、嘘をついている人間の典型的な反応──脈拍の急上昇、発汗、瞳孔の拡大──を如実に示していた。
リシアの超高性能演算プロセッサは真実を導き出す。
『対象の発言は虚偽である確率99.9%。年齢詐称による公文書偽造の疑いあり』
あの技術大尉もどこか引っ掛かる物言いをしていた。あるいは彼も一枚かんでいるのだろうか。
通常の軍人であれば書類の不備を報告し、正規の手順に従って修正を求めるだろう。
しかし、リシアは瞬き一つせず、その深紅の光を失った穏やかな瞳でカイルを見下ろした。
(マスターが、そう望むのであれば)
彼女の最優先プロトコルは「法」ではない。「マスターの意志」だ。
彼が自分を大人だと言い張るのなら、世界がどう判断しようと、リシアにとっては彼が大人なのだ。真実など、彼女の忠誠の前では些細な誤差に過ぎない。
「……左様でございましたか」
リシアは何事もなかったかのように頷いた。
「大変失礼いたしました。私のスキャン機能に不具合が生じていたようです。直ちに補正を実行します」
「え……?」
拍子抜けしたようなカイルの声。
リシアは内部パラメータを書き換える。
『対象年齢設定:成人(修正済み)』
『視覚情報における矛盾点:無視』
「認識を修正しました。カイル様は、立派な成人男性です。疑って申し訳ありません」
リシアはそう言って、再びカイルを抱きしめる力を強めた。
その声には、一切の皮肉も疑念も含まれていない。ただ、主の言葉を絶対の真実として受け入れる、狂信的なまでの従順さだけがあった。
「あ……う、うん。わかればいいんだよ、わかれば」
カイルは安堵と罪悪感が入り混じった複雑な表情で、力なくリシアの腕に身を預ける。
この鋼鉄の乙女は、自分の言葉の全てを肯定して飲み込んでしまった。
その底知れない受容性に、カイルは恐怖とは違う、何か甘く危険な温かさを感じ始めていた。
「では、成人のマスターとしてお伺いします」
リシアはカイルの耳元に唇を寄せ、吐息混じりに囁いた。
それは機械音声とは思えないほど艶やかで、まるで獲物を誘い込む悪魔のようだった。
「今夜は、このまま私の腕の中で休まれますか? それとも……大人の男性として、別の『命令』を下されますか?」
「……大人の、命令って。例えば、どんな?」
カイルの口からその問いが零れたのは、純粋な好奇心と、そして自身が「大人」であるという虚勢を維持するための必要経費のようなものだった。彼は、まさかその問いが、高性能アンドロイドの特定のスイッチ──戦場の最前線で荒くれ者たちの会話を学習し続けた、歪なデータベースの蓋を開けることになるとは夢にも思っていなかった。
「……興味がおありですか? 流石は、健康な成人男性ですね」
リシアは、アメジスト色の瞳を妖しく細めた。
先ほどまでの、忠実な騎士のような清廉な雰囲気は霧散し、代わりに湿度を帯びた空気がベッドの上に充満する。彼女はカイルを抱きしめる腕の拘束を緩めるどころか、むしろ逃げ場を塞ぐように、その豊かな肢体を密着させてきた。
「ぅぁ……っ!」
カイルが短く悲鳴を上げる。
リシアの指先が、バスローブの袖口から滑り出し、カイルのシャツの裾から侵入したのだ。
ひやりとするほど冷たい指先が、熱を持った少年の脇腹を這い、背骨に沿ってゆっくりと上昇していく。その動きは、敵の装甲の継ぎ目を探るかのように執拗で、それでいて蕩けるほどに優しい。
「では、ご説明します。──前線の兵舎で聞いた、兵士たちの情報を参考に」
リシアはカイルの耳元に唇を寄せた。
吐息が耳の穴に直接吹き込まれ、カイルの背筋が粟立つ。
そして、彼女の美しい唇から紡がれたのは、その外見からは想像もつかないほど下世話で、直接的で、そして品のない言葉の羅列だった。
「それは……この作り物の身体を、ただの『穴』として使うことです」
「え……?」
「難しいことではありません。貴方の股間で膨れ上がった、その熱くて硬いものを、私の口でも、股でも、好きな場所に捩じ込んで……溜まりに溜まった白濁した欲望を、気が済むまで私の胎内にぶち撒ける行為のことです」
カイルの思考が停止した。
耳元で囁かれる言葉の意味を理解しようとする脳の働きを、あまりに卑猥な単語の暴力が破壊していく。
「……ッ」
リシアの指先が、カイルの敏感な皮膚をシャツ越しに掠めた。
「戦場の兵士たちは言っていました。私の高貴な顔を雄の欲望でドロドロに汚し、白目を剥いてガクガクと痙攣する様を見てみたい、やってやりたい、と。……私を壊れるまで犯し、道具として使い潰す。それが『大人の命令』です」
彼女の声は淡々としていながらも、どこか熱っぽい響きを帯びていた。
それは感情によるものではなく、マスターの性欲処理というタスクを実行する直前の、システム的なアイドリング音に近い。だが、カイルにとっては、それがたまらなく背徳的で恐ろしい誘惑に聞こえた。
リシアの手が、おずおずとカイルのズボンのベルト付近へと伸びる。
巨大な胸が、カイルの背中にぐにゅりと押し付けられ、形を変えて密着する。
「貴方も、そうされたいのですか? 私のこの、精巧に作られただけの粘膜に、貴方の雄としての本能を叩きつけ、空っぽになるまで絞り取られたいと……そうお望みですか?」
「っ、ち、ちが……!」
「違わないのでしょう? だって貴方は、元気な『大人』なのですから」
リシアはカイルの耳たぶを甘噛みしながら、とどめとばかりに囁いた。
「もしその気なら、遠慮なくどうぞ。……私の身体は、貴方のモノです。壊れるほど激しく突かれても、決して音を上げたりしませんから……思う存分、種付けするつもりで可愛がってください」
カイルの顔面は、熟したトマトのように真っ赤に染まっていた。
限界だった。これ以上聞いていたら、本当に何かが目覚めてしまうか、あるいは血管が切れて爆発してしまう。
彼は震える手でリシアの手首を掴み、必死の思いでその「説明」を止めた。
「わ、わかった! わかったから! もういい、十分だ!」
「……おや。実演は不要でしたか?」
リシアは少しだけ残念そうに首を傾げ、ゆっくりと手を引いた。
「失礼しました。少々、表現が過激すぎましたでしょうか。私も前のマスターに実行する機会には恵まれず、加減が分かりませんでしたので」
ふぅ、とため息を吐くようなふりをするリシア。その仕草は、お気に入りの玩具を取り上げられた子供のようでもあり、同時に獲物を甚振るのを楽しんでいる捕食者のようでもあった。
「これが軍での『男たちの欲望』というものでしたので、喜んでいただけると思ってしまい、つい張り切ってしまいました」
リシアは何食わぬ顔でカイルの背中をポンポンと優しく叩き、彼をあやすモードへと切り替える。
カイルは荒くなった呼吸を整えながら、自分の背後にある柔らかすぎる爆弾と、このアンドロイドが抱える深淵の深さに、改めて戦慄していた。
(こ、こいつ……とんでもない知識ばっかり詰め込まれてるんじゃ……!)
大人のふりをした代償は、想像以上に高くつきそうだった。
しかし、恐怖と同時に、カイルの身体の芯には、未だかつて感じたことのない奇妙な熱が燻り続けていた。リシアの吐いた「汚い言葉」の残響が、どうしても耳から離れてくれないのだった。
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