第11話 二人の夜 〜ユウの葛藤

◇◇◇


 空が朱色に染まり、夕暮れが迫る中、この神社らしき場所での探索をそろそろ打ち切らなければならない。


 となると、選択肢は二つ。今一度、崩壊した街に戻りどこか適当な野営地を探すか、このまま境内に留まり明日の探索に備えるか──だが正直なところ、どちらを選んでも危険度は変わらない。


 だったら、何度も同じ場所を往復(特に絶壁の階段)するのは勘弁ってことで、今夜はこの場所でソラと二人で夜を明かそうと思う……別に深い意味なんてない。ただの合理的判断だ。



「……特に目ぼしいものは、ないか──」


 ってことで僕、ユウは、スマホの心許ないライトを頼りに、広さ八畳程の小さな建物の中を物色していた。辺りはもう日が暮れる寸前で、電気も何もない暗い部屋を目視で探るのは一苦労だった。


 とはいえ、中は見る限りほとんどが空っぽだ。これ以上は吟味する必要なし……まぁ、神社でまともに中に入れそうな建物はこの掘っ立て小屋みたいな倉庫だけだったし、今夜はここで休めればいいだけなので、とりあえず僕は開けた扉を全開にして換気する。これで少しは室内の埃っぽい匂いは軽減されるだろう。


「──んで、ここにこれを敷いて、と……」


 薄汚れた木の床に、カバンから取り出したペラペラな良くわからない材質のシートを広げた。これもまた、あの行商人から購入した便利グッズだ。畳めばコンパクトだが、広げれば二人分はゆうにある。いわゆるレジャーシートのようなものだ。


 これならソラのお尻も汚れないで済むだろう。


 本当、あの行商人アライグマには感謝だよな、とか思いながら、せっせとスマホのライトを片手に二人の寝床を準備する僕……、


(──って、そうじゃねえだろ! どうすんだよ今夜は!?)


 昨日の夜は小さなおじさんの家に二人で泊めてもらったから何とか事なきを得た。しかし今夜はどうだ? 


(──女子と二人きりで夜をともにするんだぞ!? それが何を意味するのか分かってんのかよ!)


 硬いシートの上で一人悶絶した。


(……ええっと、身体はさっき水で洗ったし、別に臭くはないよな? 下着もトランクスもどきに穿き替えたし──)


 クンクンと、全身の匂いを嗅ぐ、


(っておい、なな、何を考えてるんだ、ソラは自分を信じてるんだぞ!? それを僕はなんてことを想像して──)


「観自在菩薩…………」


 僕は床で座禅を組み、今直ぐ煩悩を断ち切るべく、オカルト異能バトルもので習得した般若心経を唱える。幸いなことにソラは水浴びからまだ帰ってきてない。外は結構暗くなっており、本当は心配で見に行きたいところだけれど、ソラにはくれぐれも覗かないようにと釘を刺されてるし──とにかく今は、彼女が戻るまでに悟りを開かなければならない。……というか、お経自体がもうこれ以上分からなくて唱えられない。


 でもまあこれで、少しは心が落ちつい、


 ガラガラ──、


 ……って、ソラが戻ってきた。秒で部屋の隅っこに移動する。これで僕の怪しげな行動は見られてないハズだ。


「ええっと……、あ、そ、そうだソラ、水は冷たくなかった?」

「うん。大丈夫……でもやっぱりシャワーが恋しいかも」


 よしよし。何とか普通に会話出来てる。僕は見事煩悩を断ち切った。それとソラが長い髪を後に束ねてて……うん、またそれがナイス!


「だ、だよな。そのうち風呂ぐらいなんとかしたいけど……っ!?」


(ソソ、ソラさん何洗濯物広げちゃってるの!? そ、それってま、まさかブブ、ブラ? いかんいかん煩悩退散煩悩退散煩悩退散ぼんのうたいさん──)



 その後、僕とソラは軽く水と硬いパン、それと少々のお菓子だけの食事をし、何をするでもなく二人並んでシートを敷いただけの床に座っていた。


 スマホの淡いライトに照らされた彼女の横顔をチラリと盗み見る。その端正な顔立ちはとても幻想的で綺麗だった。そして今の僕は、自然と口数が少なくなってしまっている。


「あ、あのね、ユウ」


 そんな静寂の中、唐突にソラが天井を仰ぎながら口を開いた。普段の会話は常に受けに徹している彼女にしては珍しいことだ。


「へ? どうかした?」


 緊張のあまり、当たり障りのない受け答えしか出来ない。ちなみに今の僕の心臓はバクバクである。


「うん……私、そういえばユウにちゃんとお礼を言ってなかったと思って──」


(お礼? 僕はソラにお礼を言われることなんて何もしてない、)



「──ユウ、私をここまで助けてくれて本当に感謝しています。ありがとう」



 初めてかもしれない。


 ソラが心からの笑顔を僕に見せてくれた。


 ちょっとはにかんだ、でも彼女らしい──、


 戸惑いながらも、僕は無意識に微笑んでしまう。


 ──そして、僕らはいつしか、深い眠りについていた。

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