第12話ゴーレムと星の結晶

 各々が武器を持ち、マイルズが前に出て剣を構えた。その後ろで俺は弓を引き、チアが魔力を練る。攻撃手段のないシーナを守るように、ルルがシーナに寄り添った。


 いくつかの足音が聞こえ、すぐ近くに何かが迫ってきていて緊張感が増す。

 ガサガサと茂みから出てきたのは、血相を変えた三人の人間と、それを追いかけていた複数のゴーレム。

 三人は俺たちに驚いていた様子だが、助かったとでもいうような安堵の表情も浮かべる。


「ごめん。私はあまり役に立たないかも」


 ボンド以外の人がいることで、チアは広範囲の魔術が撃てなくなった。

 マイルズが斬りかかる。ゴーレムは斬撃を受け止めて振り払った。マイルズが吹き飛ぶ。


「無事か?」

「大丈夫。かすり傷」


 ゴーレム目掛けて矢を放つ。ゴーレムに刺さっても動きは鈍らない。


「ゴーレムにある核を狙って。場所は額の真ん中あたり」


 役に立たないかも、と言っていたチアは、レーザーのように範囲を絞った魔術でゴーレムの額を貫いた。一体ずつ確実に仕留めている。

 起き上がったマイルズが囮になり、俺とチアで確実に数を減らし殲滅した。


 マイルズは息を荒げてその場に座り込む。動き回って注意を引いてくれたおかげで、俺とチアがとどめをさせた。


「マイルズくん、すぐに治すね」


 最初にマイルズが吹き飛ばされてから駆け寄ろうとしていたシーナだが、ずっとルルに止められていた。ゴーレムを倒し切って、やっとルルに解放された。

 シーナがマイルズに手をかざす。マイルズの身体が柔らかな光に包まれて、傷は跡形もなく消えた。


「治癒術ってすごいよな。傷が治るのはもちろんなんだけど、身体の奥底が暖かくなって安心する」

「マイルズなんて治さずに『道具屋の傷薬を買ってね』って言っとけばいいのに」

「カイひでー! 俺、めっちゃ頑張ったのに」


 俺たちのやり取りを見てシーナが笑う。治癒術だけでなく、この柔らかい雰囲気で心が灯る。


「ねぇ、何したの? あのゴーレムは隣のエリアにしかいないはず。こっちの安全なエリアまで追いかけてきたってことは、何かしたんでしょ」


 チアが逃げてきた三人に詰め寄る。

 ここは安全なエリアだ。シーナに初めて会った時は、ルルがいたから魔物に会わなかったんだろうと言われた。ルルがいるにも関わらず、こちらまで来るということは、ゴーレムたちにとって許し難い何かがあったはずだ。

 言い淀んでいたが、一人が口を開く。


「……ケイルの遺跡にある『星の結晶』を持って帰ろうとしたら、ゴーレムが追いかけてきた」


 ケイルの遺跡も星の結晶も分からず、シーナにこっそり尋ねる。


「もう一方のエリアにあるケイルの遺跡は聖域で、人が入っちゃダメなの。星の結晶は癒し効果があると言われている宝石で、ゴーレムたちが守っている宝物。だからこっちまでゴーレムが追いかけてきたんだ。宝物をとられたから」


 治癒術や医者や薬があるのに、危険を冒してまで何でとろうとしたのだろう。


「あんた『ボンドの姫』だろ?」

「何で私を知っているの?」

「俺たちは『ファントム』のメンバーだ。あんた有名だから」


 ファントムってテアペルジに三つあるギルドのうちの一つだよな。


「チアちゃんって別のギルドの人に、ボンドの姫って呼ばれてるの?」


 マイルズが小声で質問し、シーナが頷く。


「ヴィクトリアさんが『ボンドの女王』って呼ばれていて、その娘だと思われているチアは姫って呼ばれているよ。それにチアは可愛くて強いから、テアペルジでは有名人なの」


 チアは見た目でも、姫と通り名がつけられそうだしな。


「何で星の結晶を盗んだの?」


 そこは口を閉ざし、目を泳がせる。


「じゃあ星の結晶はまだ持っているの?」

「いや、逃げている時に落とした」


 理由だけは語りたくないようだ。

 チアは大袈裟にため息をつく。


「ルル、探せる?」


 ルルが三人に近寄って匂いを嗅ぐ。星の結晶に付いた三人の匂いを頼りに探すようだ。


「見つけたら持ってきて欲しい」


 切羽詰まった様子に、チアは首を振った。


「理由も知らないで持ってなんてこれない。星の結晶はゴーレムに返す。すでにゴーレムが見つけていれば、そのまま引き返す」


 話は終わり、とチアがルルによじ登る。


「待ってくれ、言うから。……ギルドマスターの体調が良くない。星の結晶さえあれば治ると思って」

「それはどうしようもないの。人は永遠には生きられないのだから」


 チアは表情を暗くする。


「治癒術で治らないの?」


 シーナに聞けば首を振られた。


「ファントムのギルドマスターは、百歳を越えたご高齢なの。治癒術で寿命を伸ばすことはできない」


 治癒術は傷を治すことはできるが、病気や寿命をどうにかできるものではないらしい。だから癒し効果のある星の結晶に、いちるの望みをかけたんだ。


「……そうだよな、俺たちだってわかってんだよ。でも試さずにはいられなかった。手を煩わせて悪いが、星の結晶を頼む」


 一人が両側から支えられて立ち上がった。


「待ってください。怪我をしているんですか?」


 シーナが駆け寄って、支えられている人に手をかざす。光がまとい、その人はすぐに庇っていた足を地に着いて、補助もなく立った。


「ありがとう。君もボンドの人?」

「いえ、私は道具屋です」

「俺はジム。君は」

「シーナです」

「帰ったら礼をする」

「いえ、お気になさらないでください」


 一連のやり取りに額を押さえた。マイルズに声をひそめて話しかける。


「なぁ、アレどう思う?」

「可愛い子が傷を治してくれたら、嬉しいんじゃないか?」

「ちょっと行ってくる」


 大股で近付き、シーナの手首を握る。シーナは目を瞬かせてこちらを見上げた。


「星の結晶を探しに行こう。時間が経つと、ルルが匂いを追えなくなるかもしれないし」

「あっ、そうだね。お大事にしてください」


 シーナがペコリと頭を下げてルルに駆け寄った。ジムと睨み合って、俺もすぐに後を追う。


「余裕なさすぎ」


 マイルズが後ろから俺にだけ聞こえる声量で漏らした。自分以外がシーナに惹かれているところを目の当たりにして、余裕なんてあるわけがない。

 ルルに乗ると、ルルが迷いなく駆ける。


「ファントムのギルドマスターって慕われているんだね」

「優しくて穏やかなおじいさんだよ。ファントムだけじゃなく、ボンドやディフェーザのみんなにも慕われている。私も何とかできるならしたいけれど、寿命はどうしようもない」


 マイルズが漏らせば、チアが暗く沈んだ声で返した。

 木の間を縫ってたどり着いた先には、古びた城があった。ところどころ崩れており、ツタやコケで覆われている。


「この中にあるの?」


 チアが撫でながら聞くと、ルルは肯定するように鳴いた。


「ゴーレムが見つけたみたい。このまま帰ろう。また盗みに来たと思われたらたまったもんじゃないから」


 ルルは静かにその場から離れた。ケイルの森を抜け、一直線にテアペルジを目指す。

 着く頃には辺りは茜色に染まっていた。

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