第10話討伐依頼

 街を出て三十分ほど歩くと、草原にイノウリの群れを発見した。

 身体が大きくて牙も発達している。スピードも速く、突っ込んできたら、掠っただけでも深傷を負いそうだ。


「マイルズ行けるか?」

「多分。猪は狩ってたし」

「猪よりだいぶ強化されてるぞ」

「なんとかなるって。カイが俺に怪我をさせないように動けばいいんだから」


 マイルズが駆け出す。ずっと一緒に狩りをしていたから、マイルズの動きはなんとなく分かる。全幅の信頼を受け、俺は弓を引いた。


 マイルズが剣を振りかぶり、一体を斬り伏せた。それを皮切りに、イノウリたちがマイルズに突進する。マイルズが避けると、イノウリたちが頭をぶつけ合って、フラフラと目を回す。その隙にマイルズがイノウリを一刀両断した。


 背後からマイルズを狙うイノウリの頭めがけて矢を放った。正確に射抜き、マイルズに接触する前にイノウリは地に伏した。


 すぐにもう一本矢を放つ。素早いが、動きが直線的で読みやすい。狙い通りの急所に矢を打ち込んで仕留めていった。


 剣を振るマイルズは徐々に息を上げる。数が多い。一体を避け、その先に別のイノウリが突っ込んできた。マイルズが吹き飛ばされる。


「大丈夫か?!」


 矢をイノウリに打ちながら声を上げるが、マイルズは身体を丸めて動かない。一斉にマイルズに突進するイノウリたち。数匹射るが、全てを倒しきれない。


「マイルズ逃げろ!」


 イノウリがマイルズに接触する直前に、辺り一体に雷が落ちた。俺は咄嗟に目を瞑っていたようで、瞼を持ち上げる。イノウリたちが黒焦げになって倒れていた。

 

 どうなっているんだ? 

 辺りを見渡して、ハッとする。

 今はマイルズの無事を確かめなければ。


「マイルズ!」


 駆け寄ると、マイルズはうずくまって腕を庇っているが、雷に打たれた様子はない。


「起き上がれるか?」


 背を支えて起き上がらせる。


「悪い」


 マイルズは正面に目を向けて固まった。そちらに視線を移す。


「チア」


 ルルが体勢を低くする。跨るチアが軽やかに着地した。


「こんなところで、何をしているの?」

「イノウリ討伐の依頼を受けていた」

「これは二人で受けるような依頼じゃないよ。イノウリは繁殖能力がすごく高くて、群れで行動するんだ。その群れもすごく多いの」


 食欲も旺盛で、畑を狙って街に侵入しないように、定期的に狩るのだとチアが教えてくれた。

 受付の人は何も言っていなかった気がする。そもそも二人で行くとも言っていないが。


「チアちゃんが助けてくれたの?」


 雷はマイルズに当たっていない。ギルドの紋章のおかげで、チアの魔術から守られたのだろう。


「私が見かけた時には、追い込まれていて危ないと思ったから攻撃した。魔力を練る時間がなかったから、火力は落ちるけど、撃ち漏らしはなかったみたいで良かった」


 今ので火力が低い? 全力を出したチアはどれほど強いのだろうか。


「マイルズくん、怪我をしているの?」

「左腕をやられた。当たると思った時に鞘を引き上げて腕でガードしたから、腕以外は無事だけど」

「鞘と腕でガードしたの? よくそんな動きができたね」


 チアは目を見張ってマイルズの腕に触れる。

 マイルズがビクリと肩を跳ねさせ、顔を赤くした。


「えっと、チアちゃん?」


 戸惑うマイルズとペタペタと触るチア。マイルズを支えているから、間近で眺めさせられている俺。このむず痒い空気の中で、俺はどうしたらいいのか。


「腫れているけど、骨は折れていなさそうだね」

「あっ、怪我を見てくれていたの?」

「それ以外にある?」


 焦るマイルズにチアは首を傾けた。

 ルルが顔をマイルズに押し付ける。


「乗ってって言ってるよ。私も今から帰るから、ボンドの治癒術師に治してもらいなよ」


 三人でルルに跨り、テアペルジを目指す。


「シーナと薬草を取りに行くんだろ?」

「シーナに聞いたの?」

「ああ、俺とマイルズも一緒に行きたい」

「いいけど、報酬はほとんど貰えないよ。道具屋はボンドの協力店だもん」

「それは全然問題ないんだけど、何でシーナとチアは友達なのに、ギルドを通すんだ?」

「シーナ個人の頼みだったら、お金なんて取らずに私が助けるよ。でも道具屋で売る為のものだから、個人で取引ができないの。ボンドとお店の契約があるから」


 商売のことはよく分からないが、複雑なんだろうなということは分かった。

 テアペルジに着き、マイルズはルルに乗ったまま先にギルドハウスに向かった。俺とチアは降りて歩く。


「それ、気に入ってんの?」


 髪を指す。マイルズが贈ったバレッタだ。


「うん、ルルに似ていて可愛いよね」


 チアはバレッタに触れながら目を細めて口角を上げた。

 チアと二人になったのは初めてだから、シーナとのことを聞いてみたい。


「あのさ、俺、この街に来てからすぐにシーナとデートしたんだけど、口説いても全然手応えなかったんだよね」

「シーナに変なことしたら燃やすって言ったよね」


 チアは目を鋭くした。ルーカスさんほどではないが、チアからの圧に背筋が凍り身震いする。さすがはAランクのギルド員。


「別に何もしてないって! 言葉で伝えてるだけだし」


 シーナとの会話の詳細を聞かせれば、チアは苦笑する。


「シーナは鈍感だから、はっきり言わなきゃ伝わらないよ。何人の男の子がシーナに心を折られたことか」


 やっぱりモテるんだよな。


「チアは? チアだって美人だろ」

「誘われて何人かデートしたことはあるけど、仲良くなるほどダメになっちゃう。みんな自分より強い女の子は無理みたい」


 チアは見た目が清楚系だから、守ってあげたくなるのだろう。自分より強くて引いていくなんて、失礼な話だ。外見しか見ていないんだ。


「強いチアが好きだって言ってくる男が現れるって」


 マイルズはチアの魔術を見ても平気だろうし。


「ありがとう」


 チアは照れくさそうに笑う。


「そういえばさ、ランクってどうやって決まるんだ? 俺とマイルズは試験後にバージルさんからBランクって言われたんだけど」

「AからDまでは、バージルさんが決めてる。依頼をいっぱいこなして、もう少しランクの高い依頼を任せてもいいかなって思われたら、バージルさんにAランクって言われるよ。Sランクは試験があるみたいだけど、私は受けたことがないから分からない」


 話しながら歩いていると、ギルドハウスに着いた。中に入ると、治療の終わったマイルズが、ギルド員に捕まってもみくちゃにされている。

 小さくなったルルがチアに気付いて戻ってきた。チアが抱きかかえる。


「ルルありがとう。マイルズくんが治ってよかったね」


 ルルは同意するように鳴いた。

 受付に依頼を終えたことを伝えて報酬をもらう。マイルズと助けてくれたチアと俺で三等分しようとしたけれど、チアは断って自分の依頼の報酬を受け取っていた。

 ギルド員達に断りを入れて、マイルズがこちらに駆け寄る。


「チアが報酬いらないって」

「何で? チアちゃんのおかげで助かったんだよ」

「私は最後に魔術を使っただけ」

「でも俺はそれで助かったし……。あっ、じゃあチアちゃんに渡す分のお金で、薬草採取の日に美味しいお弁当作っていく!」


 チアとルルの目がきらりと光る。


「楽しみにしてる。マイルズくんのご飯美味しいから」


 手を振ってチアはアジトを出て行った。


「俺らも帰るか」

「そうだな」

「この金額だと、すげー豪華な弁当になるな」

「使いきれないから、何回も作るよ。チアちゃんになら、俺が払ってでも食べてもらいたいくらいなのに」


 マイルズはどんな弁当を作ろうか、と声を弾ませる。顔はだらしなく緩んでいて、楽しそうでなにより!

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