間違いだらけの久島くん

魔根喪部荼毘座右衛門

一章 ブレイキングケイジ編

プロローグ

打ち込めるものが、偶々『これ』だった。


 それだけの話である、僕はそう思ってる。


 昔から飽き性だった。冷めやすいとでも言うべきか……色々やったけど興味が続かないのだ。


 机と椅子に10分と座って勉強したら苛立つし、かと言って週刊誌の漫画も次週の続きが気にならない。


 買ってもらったおもちゃは3日と持たず箱行きになり、二度と触らないし、よその子に親があげても、フリーマーケットに並べられても気にしなかった。


 興味の移ろい激しい、落ち着きがない子だと言われた。


 それがあまりよろしくないのは小学生くらいに自覚できたので、なんとかしようと何度も頑張ってみたがやはりダメだった。


 勉強も順位は下から数えた方が早いし、体力テストもそうで、じゃあ趣味があるかと言われれば無い、それが僕だった。


 飽きっぽい故にか、無関心になるのが早いからか、よその子がやれ新しいゲーム機を買ったからやりたい、僕も欲しいとならないので、金がかからないとなって親からしたらそれはありがたいことだったらしい。


 そんな僕が……唯一『熱中』出来たものは、野蛮極まりないもので、そればかりは時間を忘れる事ができた。


 何故、これに熱中できたのか?これが僕にも分からない。


 痛いし、血も出るし、歯も折れたりするし、骨も折った事ある。


 だけど……床に直接貼られ区切られた、ビニールテープの四角い区切りで、時には畳の上で、さらに言うならば真っ白のリングの上で、あと金網も一度はあったか……殴り、蹴り合う時だけ……僕は必死になって身体に『熱』を宿せた。


 そうして続けていたら、高校一年の大晦日で……。


『全国で3番目に強い高校生キックボクサー』


 という称号を貰った。


 その大会は、毎年大晦日にある大きなプロキックボクシングの大会で、アマチュア部門トーナメントの決勝を前座でやるのだが、僕はそれに出れたのだ。例えるなら『甲子園で3位になった』くらいすごい事らしい。


 他人事だなと言われても仕方ないだろう……けど実感が湧かなかったのだから。兎も角、ひたすら熱のままに戦って、気がついたらそこに立っていた。


 それが……今年、高校二年生になる。


 僕こと『久島秀忠』が、高校一年生の間に起こった総まとめである。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 高校二年の四月、桜舞い散る新学期、出会いの季節というやつらしい。学ランの肩に落ちて張り付いた桜の花びらを払い、僕は校舎に向かう。


 誰も彼もが親しい友達や、彼氏に彼女同士挨拶したり自転車二人乗りして向かう中、僕はただ1人であった。考えている事と言えば、これから五ヶ月後のキックボクシングの大会に出るまで、しっかり身体作って体重管理しながら練習しよう……だろうか?


 他の子はどうなんだろう?


 授業だりぃ?


 ジャ◯プ呼んだ?


 つか、放課後遊ばね?


 いいねカラオケ行こう。


 こんな感じだろうか?そんな会話した事ないから分からないなと、漠然と後者向けて歩き出した。


「うぃー、久島ぁ」


 そうだ、訂正せねばならない。かろうじて僕は1人じゃなかった。背後からいかにもな、馴れ馴れしい挨拶をして来た相手に向かって振り返る。


「おはよう伊佐美くん」


 輝かしい青春を送る男子諸君ならば、ここに現れるのはクラスメイトの女の子だったりするのだろう。聞いた話では幼馴染だったりもするらしいが、そんな者は居なかった。


 代わりに居たのは金髪に、学ラン着崩したヤンキーだった。彼の名前は伊佐美光輝(いさみみつてる)くん。


 この彼が、僕の高校一年三学期に、初めて出来た話し相手だった。


「どこもかしこも浮かれとんなぁ、俺らにゃかんけーないけどよ」

「そうだね、新学期のスタートというやつかな」

「かーっ、俺も新入生の女子やら違うクラスのやつとか、親しくなりてーよ……あ、久島の試合って次いつよ」

「9月だよ、シード権もらってさ、ベスト8からだからすごい期間空くんだよね」

「マジ?すげぇ有利だな、地区大会省けるって、だからシード権か」


 他愛もない会話……去年までこんな相手は居なかったから、それだけで僕は嬉しかったりする。彼にとって僕は『数ある友人の1人』でしかなかろうが、僕にとっては『高校唯一の友人』であるのだから。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 中学、高校、入学の時から大体集まる人間が決まってしまい、輪を弾かれた者は孤独な生活を送る。


 これを『ぼっち』という。


『ぼっち』と呼ばれる存在が僕だった、世のぼっち達は、こうして孤独へ言い訳をするのだろう。


『俺一匹狼だから』

『徒党組む奴は弱い奴ら』

『俺の賢さ高潔さについて来れないだけ』

『友達なんて必要ないし』


 以上、こう自らに言い聞かせて慰める。


 僕もそうだ……とは言いたくない。


 僕は違う、ジムに行けばオーナーや会員、選手達と仲良いし。大晦日に戦ってから死闘を演じた好敵手と縁ができたし……。


 そう、つまり『学外に居場所があるから、作る必要が無い』のだ。


 という、慰めである。


 本当は話し相手の1人くらい欲しかった。そして、できたのが伊佐美くんだ。


 伊佐美くんは、大晦日に僕が出た試合を見たらしい。今や地上波で格闘技の放送なんて少ない時代だが、ネットの動画サイトやサブスクで見れる中、僕が大晦日に出た試合を見て、声をかけて来たのだ。


 それから、僕と伊佐美くんは話すことが多くなった。伊佐美くんはその髪の毛やら制服の着崩しからヤンキーとしか見えないが、やれカツアゲやら喧嘩やらイジメやらはしていない。


『よその高校と縄張り争いしてそうだ』


 と言ってみたら。


『いつの時代だよ!?』


 と、返されたくらいで、あくまでファッションで着崩して髪を染めているらしい。


 一年の三学期から、クラスは別ながら話をする仲になり、二年からは同じクラスになった。


 ちなみに2年2組である。席も窓際最後列が僕で、その隣が伊佐美くんだ。


「そんだけ間が空くとさ、感鈍るんじゃね?試合感とかあんだろ?格闘家ってさ」


 席に座り教科書やらを机に移しながら、素人なりにと伊佐美くんは僕に聞いてくる。本来の試合まで五ヶ月あると、勘が鈍るのではと。


「そうなるね、大晦日でボロボロになって……ようやく試合出れるよってなるまで三ヶ月かかって今だから、八ヶ月は試合しなくなるかな……」


 正確に言うなら五ヶ月ではないと、僕は伊佐美くんに本当の期間を語った。正確には『八ヶ月』だと。


 僕は大晦日の試合で『日本最強の高校生キックボクサー』とトーナメントで戦い、最終ラウンドで失神KOで敗北した。他にも肋骨折れたり様々な箇所に怪我をして入院する羽目になった。


 格闘技では、その団体や競技にもよるが『KO負け』をすると、しばらく公式戦には出れなくなるのが一般的なのだ。


 これは、選手の受けた脳のダメージを回復させるためで、短くても30日、長くなれば90日は公式戦参加を止められる。


 僕は大晦日にKO負けして、意識不明で三が日を病院で過ごして目を覚ました。僕はあちこち怪我をして死にかけたのに、相手は右腕を疲労骨折させるくらいしかできなかったし、そのまま彼は二連覇するのだから『日本最強の高校生』の実力を思い知った。


 さて、僕はそのキックボクシング団体……団体名『ブレイブオブフィスト』縮めて『BOF』のアマチュアトーナメントで『3位』に入賞した。


 この団体、BOFは現在の日本で一番力があるメジャーキックボクシング団体で、毎年さいたまスーパーアリーナで年越し興行が行われている。


 日本には様々なキックボクシング団体があるが、今現在、権威や選手層、資金力に話題性はこのBOFが日本のトップで、他団体王者が参戦してはベルトを争っている。


 僕はその『育成枠』と呼ばれるアマチュア大会『BOFユース』と言う大会に、去年参加した。


 BOFユース、簡単に説明したら『キックボクシングの甲子園』と言えるだろうこの大会は、他の高校の部活同様ほぼ一年をかけて行われる。高校一年から三年生の、格闘技のジムや道場に通うアマチュア、セミプロ、更に言えばプロも参加可能の選手発掘を目的とした大会だ。


 まず、5月開催の『県大会』から始まる。

 そこで勝ち抜けば、7月の『東西トーナメント』と呼ばれる関東、関西ブロックで別れたトーナメントに出ることになる。


 関東と関西、それぞれから勝ち抜いた2名ずつ計4名と、前年度のベスト4に与えらたシード権4名により、9月に行われる『ファイナル8』がひらかれ、そこで勝ち抜けた四人が『ファイナル4』として、大晦日に行われるBOFの年越し興業『BOFフェス』のオープンファイト、前座試合として組み込まれるのだ。


 僕はここでファイナル4に残り、準決勝で負けて3位に入賞した。


 その為、大会運営より『シード権』が与えられ、県大会に東西トーナメントもすっ飛ばしファイナル8から出場できると言う破格の条件で今年は参加できるのだ。


 KO負けから試合可能となる治療と休養期間となる今日までの期間3ヶ月に、これから9月まで5ヶ月、計8ヶ月のブランクができてしまう事になる。


「……どこかで一回、オープン大会に参加してもいいかもね、試合勘絶やさない為に」


 この8ヶ月の間に、1回は試合に出てもいいかもしれない。オーナーに相談して手頃な試合を探してもらおうと考えていたら、伊佐美くんがこんな事を口走った。


「あ!だったらあれ出たらいいじゃん!ブレイキングケイジ!!朝原光流主催の!!」


 その団体の名前を聞いた瞬間、僕はうわぁとなった。それが顔に出たらしい、自分でも出ちゃったと自覚するくらい、忌避感を宿した表情を浮かべたようだ、伊佐美くんはすこし慄いた。


「おお、そんなに嫌かよ……」

「僕あの大会嫌い、ただの喧嘩を金網にしただけじゃん……昔のプロとか現役も出たりして勢いあるけどさぁ……」


 若くて血気盛んな、ヤンキーやDQNが好きな大会……それが『ブレイキングケイジ』と呼ばれるアマチュア大会だ。


 日本の総合格闘技メジャー団体『FUZIN』で活躍するプロ総合格闘家『朝原光流』が主催する、金網のアマチュア格闘技大会で……その朝原さん自身が動画サイトを駆使して集めた『不良』をオーディションして戦わせるという大会。


 試合時間はたったの『1分』で、その短い時間で全力で殴り合い、蹴り合いをさせるというアグレッシブな、さながら路上の喧嘩を思わせるルールで行われる。


 この団体の注目すべきは『オーディション』だろう。試合の開催前にオーディションが行われて、様々な参加者同士が因縁を付け合い、時には乱闘に発展したり……そして主催者の朝原さんが『じゃあそこ試合決定で』と即座に組むのが名物となっている。


 さながらそれは『生放送の煽りVTR』とでも言うべきか……そんな非日常的な、格闘技とは違う『暴力』見たさに人気が出ている格闘技興業だ。


 噂だが……マイナープロ団体の試合より儲かるらしい。


「けど久島出たら盛り上がんじゃね?最強のキックボクサーの腕壊したダークホースなんだろ?」

「何処からその話持ってきたのさ」

「ゴング格闘技立ち読みした」

「せめて買いなよ……」


 そうして話している間に、予鈴が鳴り響く。今日からまた新しい一年かつ、退屈な授業が始まる……。


 だけど、僕はこの時思いもよらなかった……。


 まさか自分が、その不良の喧嘩の延長みたいな団体に出て……クラスメイトをぶちのめす事になるなんて、全く予想もしてなかったんだ。

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