ネザーワールド・リヴァイヴ(冥界蘇生) ~東西の殺し屋~ 脚本版

たくみふじ

第1話

紅蓮と雷光

プロローグ ―血と雷の関ヶ原―


夜の闇を裂くように、サイレンの遠吠えがこだまする。

その下、地響きのような轟音が東西の山間に伝わった。


――ここは岐阜県、関ヶ原。

かつて天下分け目の戦があった地に、再び血の雨が降ろうとしていた。


闇夜を照らすのは、銃口の閃光。

爆ぜる火薬と、金属の叫び。

黒塗りの車列が燃え上がり、無数の影がぶつかり合う。


「関東組」と「関西連合」。

二大暴力団が、覇権をかけて激突する――。


だが、そこに「人ならざる者」たちが紛れ込んでいた。


【Scene 1:北條 孝子】


群衆の外れ。

炎に照らされた岩陰に、少女がひとり立っていた。


白い喪服のようなワンピース。

肩に風をはらみ、眼差しは静謐。

その瞳の奥は、まるで奈落を見てきたような光を帯びている。


「……地獄も、案外つまらないものですのね」


昭和の香りを漂わせる、古風な口調。

北條 孝子――十七歳。

高校二年生にして、裏社会では“白い処刑人(シロウ・エクゼキューター)”と呼ばれていた。


背後には、黒い影がひとつ。

長身の男。顔の輪郭は曖昧で、瞳孔の奥に赤い光が宿る。

それが、地獄の番人――“ガーディ”であった。


「孝子。今日の標的は、関西連合の幹部三名。やれるか?」


「お任せあそばせ。悪を悪で罰するのが、わたくしの生き甲斐でしてよ」


孝子は、喉の奥で笑う。

懐から取り出したのは、一本の細長い刃。

千枚通しを思わせる鋭利な光が、火の粉の中で妖しく煌めいた。


ガーディの目が赤く光り、遠くを見透かす。

「距離、百八十メートル。風下に三人……それと、犬が一匹」


「犬も地獄に堕とさねばなりませんの?」


「吠えなければ、見逃してやれ」


少女は頷くと、黒煙の中へ溶けていった。


音もなく忍び寄る白い影。

風に混じって、かすかな鈴の音が響く。


そして――

「ごきげんよう」


その一言の後に、血飛沫が弾けた。

千枚通しが心臓を貫き、男の目が絶望に染まる。

呼吸が止まる直前、孝子の唇が微かに動いた。


「おいたが過ぎましてよ、坊や」


倒れた男の体が土に沈み、夜風が凪ぐ。


ガーディが見下ろして言う。

「冷たいな、相変わらず」

「地獄で学びましたの。情けは、罰を鈍らせますわ」


炎の向こうで、別の銃声が響いた。

遠く離れた西側――そこにも、異能の影がひとつ動いていた。


【Scene 2:高清水 凉子】


稲光が夜空を裂いた。

その閃光の下に、黒髪の少女が立つ。

セーラー服の襟を風に揺らしながら、唇に笑みを浮かべていた。


高清水 凉子――神戸の裕福な家の生まれ。

だが、今は堕天の翼を背負った少女。


「愛を禁ずる天(そら)になんて、未練はあらしまへん」


その声は上品で、どこか甘やか。

だが瞳の奥には、雷のような光が潜んでいた。


耳には、彼女の理解者――天才発明家・詫間 亨が作った補聴器。

数百メートル先の音を拾い、情報を解析する。


『ターゲットは北東。廃工場に集結してる。10人ほどや。』

通信機の声が、だて眼鏡から微かに響く。


「おおきに、亨はん。ほな、稽古の時間やね」


彼女は懐から、銀色の棒を取り出した。

電気を帯びた「ショック棒」。

先端が唸りを上げ、青い雷光が走る。


「正義も悪も、ウチにはどないでもええ。罪は罰で清めるんや」


その一言と共に、彼女の身体が弾けるように動いた。

電光石火。

ショック棒が振り抜かれ、男の頭部に命中。


瞬間、強電流が脳を焼き、肉の焦げる匂いが夜気に漂った。

凉子は髪を払って呟く。


「うち、ええ子には戻られへんみたいやわ」


雨が降り始めた。

雷鳴が轟き、空の裂け目に一瞬、白い光が差す。


その瞬間、彼女の視界に――遠く東の空に、もうひとつの「異なる光」が見えた。

まるで、鏡合わせのように燃える焔。


「……誰やの。あの子」


【Scene 3:交錯】


同じ時刻、孝子もまた、夜空の稲妻を見上げていた。

「まぁ……お空が泣いておりますわ。誰かの血を洗うように」


ガーディが小さく唸る。

「感じたか?」

「ええ。……何か、とても懐かしい波長を」


その瞬間、孝子の脳裏に、淡い記憶が閃いた。

白い光の中、翼のような影。

そして、自らの胸を貫く稲妻の夢。


ガーディが静かに呟く。

「……堕ちた天使が、動き出したかもしれん」


「堕ちた天使? まぁ、地獄の方が賑やかですものね」


孝子は微笑むが、その指先が微かに震えていた。

見えぬ誰かに呼ばれるように、彼女の心がざわめく。


一方、凉子もまた、眼鏡の通信を切りながらつぶやく。

「誰かが、ウチを見とる……」


稲妻の中で、二人の少女の視線が交錯する――

数十キロを隔てた闇の向こうで。


互いの存在を、確かに感じ取った。

まだ名も知らぬまま、魂の奥底で。


【Scene 4:序曲】


夜明け前。

戦場は火の海。

関東と関西、双方の組が壊滅状態に陥った。


ブローカーたちは血塗られた帳簿を閉じ、

新たな「伝説」の名を口にする。


――“地獄の令嬢” 孝子。

――“堕天の貴婦人” 凉子。


二つの異能が、まだ見ぬ未来で交わることを、誰も知らなかった。


雷鳴が去り、空が白む。

その光の下、ふたりの影が、異なる街で立ち上がる。


東の空では、白い少女が血の滴る刃を拭い、

西の空では、黒髪の天使が焦げた翼を広げる。


――そして物語は、静かに幕を開ける。


「悪には悪で応じる」

「罪には、罰を」


互いの声が、遠く、稲妻の残響に重なって響いた。

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