ガンファイト†ウィッチーズ -続・荒野の魔女の成れの果て、無法の大地を(※隠居したくて)救済します?-
海冬レイジ
Prologue リリィが死んだ日 –前編–
とある魔女の話をしよう。
歩く厄災。無法者の女王。白い終焉。百万ドルの賞金首――
そいつの呼び名は色々あるが、もっとも通りがいいのはこれだろう。
フロンティアいち、決闘上手と言われた魔女だ。
*
「命知らずもいたもんだねえ! 魔女相手にイカサマとは!」
その夜、とある町の
「それとも、あたしを舐めたのかい? ええ?」
テーブルに腰かけ、ブーツで若者の顔を踏む。
カードと紙幣が床に散らばり、酒のジョッキが転がった。
「世間知らずの坊やに教えてやるよ。イカサマは命に関わる」
「し、してねえ! するはずがない!」
踏みつけられながら、若者は必死に訴えた。
「俺はプロのギャンブラーなんだ!」
「『はずがない』なんて理屈は通りゃしないよ。まして、魔女が相手じゃね。ここはフロンティア――エデンのはるか西、魔女のための楽園だ!」
魔女が若者を蹴り飛ばす。若者は床を転がって、別の客にぶつかった。
若者は救いを求めるような目をしたが、客は無慈悲に押し返し、媚びた愛想笑いを魔女に向ける。魔女は喜び、
「いい子だ、坊や。あんたは礼儀がわかってる!」
そして、再び若者を踏んづけた。
「さ~て、こっちの礼儀知らずをどうするか」
「しょ、勝負は無効でいい! あんたの金は、返すから……」
「ふざけんじゃないよ! それじゃ示しがつかねえだろうが!」
魔女は嗜虐的な笑みを浮かべ、嬉々として騒いだ。
「あんたはあたしを舐めた――この魔女アイリーンさまをだ。全殺しは確定。やり方の話をしてんだよ。魔獣に食わせるか、蜂の巣にするか――そういう話をさあ!」
「ひっ、ひぃ……っ」
なぶられる若者を、誰も助けようとしない。
客の半分は眉をひそめ、残りは半笑いで見物していた。
よくある光景なのだ。酒場でのいざこざも、魔女の横暴なふるまいも。
「と、止めてよ、誰か……お願い!」
そんな中、給仕係の娘が駆け回り、小声で客に訴えていた。
店主が『やめろ』と目で訴えるが、娘は無視してテーブルを回る。そして――
「……魔女さま? あなたも魔女さまでしょ!?」
娘の声が弾む。すみっこの席に、黒髪の女が座っていた。
鼻筋もあごもほっそりとして、繊細な細工物のよう。切れ長の眼は知性的で、闇の深奥を見据えるような深みがある。しなやかな肢体と細い腰、意外に豊かな胸回り――人間の言葉では『妖艶』と表現すべき容姿だった。
つばが広く、先の折れた三角帽は、明らかに魔女の装束。
店内の騒ぎなど気にも留めず、魔導書らしき本を読み耽っている。
「……あのぅ」
「博打がらみのケンカでしょう? 関わるつもりはないわ」
魔女はページから目を上げず、そっけなく言った。
娘はあきらめず、両手を合わせて、憐みを乞う。
「でも、彼は悪くないの……! 彼が連勝したから、魔女が怒って……このままじゃ殺されちゃう!」
「……あなたの大事なひと?」
「そっ――そうです!」
「だったら」
長いまつ毛の下から、漆黒の瞳が彼女を見た。
「あなたが止めたらいいんじゃない?」
――実に、もっともな意見だった。
ここはフロンティア、司法局の目が行き届かない、事実上の無法地帯。
この土地では、正しさも、弱さも、身を守る盾にはならない。
行動しない者が、救われることもない。
魔女の正論に打たれたように、娘はぐっと奥歯を噛んだ。
震える足を叩いて叱咤し、騒ぎの中心に向き直る。
「や……や……やっ、やめて!」
騒ぎの渦中に飛び込んで、若者と魔女アイリーンを引き離す。
アイリーンは目を見張り、愉快そうに笑った。
「何の真似だい、お嬢ちゃん?」
「彼に、ひどいこと、しないで……っ」
「おいおいおいおい、そりゃこっちのセリフだろ? あたしはね、こいつにイカサマでカモられたんだ!」
「しょ……証拠が、あるの?」
「あるさ。でなきゃ、あたしが負けるはずない」
「『はずがない』なんて理屈――きゃあっ!」
横っ面を張られ、娘がよろめく。
そのまま後ろに倒れ込むのを、別の誰かが受け止めた。
――先ほど娘を焚きつけた、黒髪の魔女だ。
「大丈夫?」
「あ……う……」
言葉が出ない。ぶたれた衝撃で、脳震盪を起こしたか。
娘は目を回しながら、それでも必死につぶやいた。
「彼を……助けて……」
「わかったわ」
二つ返事。先ほどのつれない態度が嘘のようだ。
娘を椅子に座らせながら、魔女は「ただし」と付け加えた。
「代価は法外よ。支払う覚悟があなたにあるの?」
「は、はい……私に、捧げられるものなら……!」
そのやりとりを聞いていたのか、近くの酔客がささやいた。
「よしな、姐さん。アイリーンは〈地獄の門〉――ここいらじゃ最強のカヴンに籍を置いてる。東はレイカルリバー、西はデスバレーまでやつらのシマさ」
「最強ですって?」
わざとらしく声を張り上げ、聞こえるように言い放つ。
「カードで小銭をまき上げられて、ぴーぴー泣いてるチンピラ魔女が?」
しん、と店内が静まり返った。
二人の魔女を中心に、ただならぬ気配が立ち込め、客たちが逃げ腰になる。
例の若者を蹴り飛ばし、魔女アイリーンは薄く笑った。
「安い挑発するもんだ。ケンカを売ったつもりかい?」
「安くしてあげたの。三下でも買えるようにね」
「……人を舐めると高くつくよ?」
「お小遣い程度でしょう? キャンディいくつ買いたいの、お嬢ちゃん?」
アイリーンのひたいに青筋が立った。魔女の人生は長いものだが、こうまで舐められたことは、おそらく一度もなかっただろう。
「OK、わかった――くたばりな!」
アイリーンはまずまずの無法者だった。舐められたら殺す、というわかりやすい哲学で生きていた。だから、即座に銃を抜き、ぶっ放した。
銃口付近に魔法円が投影され、直後、店を埋め尽くすほどの火炎が生じる。
「はっはーっ! カスが! 燃え尽きろ!!」
バレットキャスター――魔女を生態系の頂点たらしめる、魔法の武器だ。
魔女の魔力をグリップで受け、ハンマーで薬莢に伝達。打刻された魔法式が起動し、詠唱儀式が完了するという、魔法工学のカラクリである。
「思い知ったかよ、ポッと出の田舎魔女が……ん?」
アイリーンが放った火炎は、店にも客にも燃え移らず、空中にとどまっていた。
見えない壁に阻まれて、魔法が無効化されている。
黒髪の魔女がやったのだ。こちらも銃を抜いている。閉所では取り回しが難しいはずの長銃身を、すんなりと。
「結界弾だと!? まさか、保安官――なりすましのアンダーカバーか!?」
「いいえ、れっきとした〈悪魔憑き〉。あなたの同類よ」
一気に間合いを詰める。慢心ゆえ、アイリーンは装填動作を怠っていた。次の弾を送り込む前に、痛烈な蹴りが叩き込まれる。
アイリーンは両開きのドアに突っ込み、店外にまで吹っ飛ばされた。
「この野郎っ……ぶっ殺――」
怒鳴りながら撃った魔法は、その声もろとも、かき消される。
黒髪の魔女が天に放った、一発の弾丸によって。
色調反転。夜の闇が白く染まり、白昼のように明るくなる。
その異変がおさまったとき、雲という雲が消滅し、満天の星空だけがあった。
万物が呼吸を止めたような静寂の中、アイリーンがつぶやく。
「ホワイト……アウト……?」
一流の魔女には、通り名の由来となる〈
これもまた、そのひとつ。万物を――魔法すら――消滅せしめる虚無の弾丸。
「じゃあ、おまえが……〈
「その呼び方、嫌いよ」
ぶすっとふてくされた顔をして、黒髪の魔女リリィは言った。
「私は前科0犯の、きれいな身体の魔女なのに」
「ひっ……た、助けて……助けてくれ!」
「わかったわ」
リリィはすんなり応じ、銃を下ろした。
「魔女アイリーン、あなたの名前を覚えてあげる。正しい魔女になりなさい」
「た、正しい……?」
「そうよ。あなたがこの先、〈有罪〉判決を受けることがあったら」
射殺すような眼光。冷たい流し目をくれて、リリィは告げた。
「有罪リリィがやって来て、今夜の貸しを取り立てる」
アイリーンは青ざめ、身震いした。
うわさの通りであるならば、リリィは魔女を殺す魔女。本職の〈魔女狩り〉である保安官と同じか、それ以上の数を殺している。
アイリーンの沈黙をどう誤解したのか、リリィは余計な念を押した。
「本当よ。ごまかせないわよ。私、新聞は欠かさずチェックしてるんだから」
「わ、わかっ……わかりました……」
「そう。なら、消えなさい」
「はひっ! ありがとうございます!」
無法者らしい鮮やかな逃げ足を発揮して、アイリーンは去った。
代わって、と言うか何と言うか、別の魔女が姿を見せる。
「また騒ぎを起こしましたのね、お姉さま」
路地の闇から音もなく、染み出すように現れたのは、白く輝く魔女だった。
「あんな小物に〈
ホワイトゴールドの髪、緋色の瞳が妖しくも美しい。小ぶりな鼻口と大きな眼がビスクドールのようで、高価な美術品の趣きがある。
何より目立つのが、右目を縦にまたいで走る、大きな傷痕。
その傷、文字通りの『玉に瑕』こそが、その美貌に無二の魅力を与えていた。
「レティ……また私をつけてたの?」
「まあ、人聞きの悪い! わたくしを何だと思ってらして? そう、お姉さまのストーカーです!」
傷の魔女スカーレットは誇らしげに胸を張った。
リリィが露骨に顔をしかめたので、こほんと咳払いをしてごまかす。
「というのは、罪のない冗談ですけれど」
「冗談であって欲しいわね……。用件は?」
「実は、お耳に入れたいことが――」
「魔女さま!」
二人の後ろから声がかかる。
笑顔のまま腰に手をやるスカーレットを、リリィがつかんで押しとどめた。
「やめなさい、レティ。銃なんか抜いて、どうする気?」
「知れてます。割って入ったお邪魔虫を、ぷちっと駆除しますのよ」
「極まった馬鹿ね。二歳児の方がまだ分別あるわよ。この駄犬」
「はうんっ♡ お姉さまの罵倒、心地よき……♡」
うっとりとするスカーレットを放置して、リリィが声の方を振り返る。
酒場で給仕係をしていた娘が、緊張の面持ちで立っていた。
「あのっ……助けてくれて、ありがとう!」
「約束だもの。怪我はない?」
「はい! それで……お代は、どうお支払いしたら……?」
リリィはうっすら微笑んで、おどかすように言った。
「私には悪魔が憑いている。悪魔が欲しがるものって、何だと思う?」
「それは、もちろん、たましい――」
「待ってくれ!」
酒場の入り口から別の声が届く。
アイリーンになぶられていた、あの若者だ。
「もとはと言えば、俺が調子に乗ったせいだろ。支払いは俺がする」
「そうね。そうすべきだわ」
リリィはうなずき、娘が口を挟む前に、鋭く言った。
「代価は〈賭博〉。生涯、ギャンブルしないと誓いなさい」
「なっ……待ってくれ! ギャンブラーは俺の天職! 生きる理由なんだ!」
「それを寄越せと言ったのよ。払って死ぬか、払わず死ぬか、選んで」
「……わかった。ギャンブルはもう、やめるよ」
殊勝に背を向ける――その唇にかすかな笑みを見て、リリィは彼を引き倒した。
容赦なく、ひじの関節を踏み抜く。
べきりと骨が折れ、ぎゃあと悲鳴が上がった。
「魔女さまっ!? 何をっ」
「見て」
だらりと垂れた男の腕から、数枚のカードがこぼれ落ちた。
給仕の娘がぎょっとなり、おそるおそるリリィを見る。
「これって……!?」
「トリックカード。アイリーンは間抜けな魔女ね。イカサマ師にカモられるなんて」
アイリーンは間違いなく無法者だったが、今回は被害者でもあったわけだ。
「そ、それじゃ、この人は……っ」
「ケチな犯罪者よ。保安官に突き出すといいわ」
落ち込む娘を哀れんだのか、リリィは少し語調をゆるめ、優しく言った。
「元気を出して。あなたは健気で、勇気がある。そういう人にツキは巡るの。こんな男は路地裏に捨てて、次の恋を探しなさい」
「そう……ですね。あの……魔女って、私でも、なれたりします?」
「いい子は魔女に向かないわ。悪魔はイカサマ大好きだから」
つまりは、『やめた方がいい』。
娘は少し残念そうに、けれど笑顔でお辞儀した。
*
「相変わらず、お優しいこと」
なりゆきを見届けた妹分は、皮肉めいた口調で言った。
「お姉さまの温情に浴するだけの価値が、あの連中にあるかしら?」
「文句ははっきり言いなさい?」
「文句だなんて! スカーレットは感服しておりますのよ。お姉さまの聖女のごとき慈悲深さ――百万ドルの懸賞金が嘘のよう!」
リリィは嫌な顔をした。不満げに唇をとがらせて、
「嘘なのよ。私は前科0犯だもの」
「ええ、そう。過去17度も裁判にかけられながら、一度も有罪判決を受けてない。今では手配する側が、わざわざ〈有罪〉と断るならわしです」
それがいつしか、通り名のようになってしまった。
「ですが、まったく罪がないかと言えば、違うでしょう? 銀行強盗、人身売買、薬物密売――B.A.D.が働く悪事はすべて、総帥たるお姉さまにも責がある」
リリィが痛みをこらえるような顔をする。
だが、一瞬だ。怒りの残り香を巧妙に隠し、普段通りの平坦な声音で言う。
「話を戻すわ。あなたがここを訪れた件だけど」
「ええ。実は、お姉さまにお伝えすべきことが」
「ストーキングは有罪よ」
「そこですの!? だとして、責められるいわれはありませんわ。幹部会をほっぽって雲隠れした、お姉さまが悪いんです!」
痛いところを突かれ、リリィは逃げ口上を述べた。
「い、妹分が優秀だから、任せても大丈夫かなって……」
「わたくしが優秀なのは否定しませんが、トップ不在では議事が滞ります。B.A.D.は今や最強最大の魔女カヴン。その総帥が古本蒐集の沼にハマって、自由気ままな旅暮らしだなんて、言語道断――」
「お説教は後で聞くわ! 用件を言って!」
スカーレットはまだ言い足りない様子だったが、にわかに表情を引き締めて、
「〈
ぴりっと空気が張り詰めた。
フロンティア最強の保安官が、いよいよ拠点に攻めて来た!
「迎撃の用意は?」
「メイザースの地下迷宮に誘い込む段取りです。あそこなら誰の邪魔も入りませんし、一対一でやれますでしょ?」
当意即妙。リリィはその対応に満足し、妹分に笑顔を向けた。
「さすがよ、レティ。私のことがわかってる」
「はぅんっ♡ 恐悦の至り♡ それもこれも百余冊に及ぶ『お姉さま観察日記』があればこそ……♡」
「レティ? え? 今、すごく気になる単語が……え?」
身をくねらせて悶えていたスカーレットが、ふと理性を取り戻し、釘を刺す。
「お楽しみの邪魔はしたくありませんが、劣勢ならば加勢します。わたくしの同行、お許しくださいますわね?」
「――レティ、私は」
「お姉さまが敗れたら、妹たち全員が火あぶりになるのですわ?」
組織を守るため、総帥の安全を守る――スカーレットの言い分はもっともだ。
リリィは嘆息し、愛銃を胸に抱いて、なまめかしく指を這わせた。
「圧倒すればいいだけね。今夜、セリカとケリをつけるわ」
「それでこそ、わたくしの憧れ。愛しのリリィお姉さまです♡」
スカーレットは目元を赤らめ、心底からの賞賛を口にした。
*
B.A.D.の本拠地〈カッスル・メイザース〉の位置を知る者は少ない。
が、遠からず司法局に突き止められるだろう、とリリィは読んでいた。
なぜなら、フロンティアいち有能な猟犬、セリカが捜していたからだ。
「あの女ひとりのために、こんな備えをするなんて……スカーレットは業腹です」
地下空間を歩きながら、スカーレットが愚痴を言う。
天然の鍾乳洞を掘り、あるいは固め、レンガで道を整備した通路。彼女たちが地下迷宮と呼ぶ、迎撃用の区画だ。
「セリカのためばかりじゃないわ。魔女の天敵、保安官に対する備えよ」
「連中のルーツは異端審問官ですものね。いつの時代も忌ま忌ましいやつら……」
「向こうもきっとそう言うわ。魔女は悪魔のともがらで、悪魔は神の敵だもの」
教会は魔女を、魔女は教会を憎み、殺し合うのが宿命だ。
その戦いは近年、バレットキャスターの登場により、さらに熾烈化している。
「さて、決戦の舞台は――いい具合ね」
迷路を抜けた先に、ひらけた空洞があった。
幾万の水晶がシャンデリアのように輝く。濃密なマナが満ちていて、攻防両面で魔女が戦いやすい環境だ。
「それじゃ、私はここでセリカを待――」
ぱんっ、と乾いた銃声が、リリィの言葉をさえぎった。
同時にリリィの胸が割れ、どぱっと鮮血があふれ出す。
「……レティ?」
「あはっ、撃っちゃったぁ……♡」
白い肌を上気させ、酔ったような表情で、スカーレットは笑っていた。
彼女のバレットキャスターから、鼻を刺す硝煙が漂ってくる。
「ごめんなさい、お姉さま。〈
申し訳なさそうに、スカーレットは眉根を寄せた。
「後ろから撃ったことも、ごめんなさい。不意を突くしかなかったんですの。お姉さまに抵抗されたら、とても勝ち目がありませんから」
「……ご謙遜だわ」
リリィの陰に隠れているが、スカーレットもまた最強の一角。
二人の実力は互角、というのが事情通の見方である。ゆえに、二人が所属するB.A.D.こそ、フロンティア最強のカヴンだと言われていた。
スカーレットはかぶりを振って、
「いいえ、お姉さまこそが最強の魔女。百年お側にいたわたくしが保証します。百年前の、あの甘美な敗北……あれからずっとわたくしは――はぁんっ♡」
瞳にハートの星を入れ、スカーレットは嬌声をあげた。
リリィを見つめる眼差しが異様な熱気を帯びる。
「雪原のようなお姉さまの肌を、深紅の血潮が鮮やかに彩って……はぁ……本当に綺麗。血塗れのリリィお姉さま……すごく……とっても……良き♡」
「私を……恨んでいたの? 私が……その疵をつけたから……?」
「恨む? 何をおっしゃるの、お姉さま!」
スカーレットはぷんっと怒った。
右目を縦断する傷を、愛おしげに指でなぞる。
「この傷は、聖痕。この傷こそ、わたくしの誇り。いただいた贈り物の中で、一番のお気に入りなんです。この傷があればこそ、独りの夜にも耐えられますの♡」
「だったら……どうし――」
途中でむせて、ごぼっと血を吐く。
血の気を失い、死相の浮いた顔で、リリィはスカーレットに問うた。
「先はあるの、レティ……? こんなことをして……ほかの、幹部は」
「実はこれ、〈
「……!?」
「疑いもしませんでした? お姉さまはとてもとても愛らしく、素晴らしい方ですけれど、やはり
苦楽をともにした妹分たちが、総出で自分を消しにきた――
さすがにこれはこたえたか、体重を支えられず、リリィは血だまりに膝を突いた。
そんな彼女に、スカーレットの無慈悲な声が降ってくる。
「あれはだめ、これもだめ。薬はだめ、密輸もだめ、地上げも金貸しもだめ、賭場の開帳も、戦争もだめ! そもそも殺しがだめ! そんなことで、フロンティアの無法者が食っていけるとお思い? こちとら救世軍の慈善事業じゃねえんですわ?」
「レティ……正しい魔女に、なりなさい……」
「ですので♡ わたくしが総帥になりました。今宵の幹部会は最後の詰め――わたくし、口を酸~っぱくして言いましたわ? 顔を出してくださいと……残念です」
本当に残念そうに、緋色の瞳がはかなく揺れた。
無造作に装填し、引き金を引く。
銃弾は魔力を帯びて宙を裂き、リリィの足もとに着弾した。
巨大な魔法円が地面に浮かび、複雑な紋様と長大な文字列を描き出す。
それを一瞥したリリィは、即座に魔法を読み解いた。
「この記述……時間凍結魔法……?」
「さすがはお姉さま♡ ひと目で見破るその見識、知性、理解力――全部好き♡」
「遺体を……保存する……つもり?」
スカーレットはうなずいて肯定した。
「後のことはご心配なく。お姉さまのすべてはわたくしが引き継ぎます」
「すべ……て?」
「絶大な魔力も、手足たるカヴンも。もちろん、そのお体も。昼も夜も愛でて愛でて愛で倒しますわよ♡ 寄り添い、抱きしめ、キスをして、くんかくんかハスハスぺろぺろ――いやんっ、わたくしったら、はしたない♡」
夢見る乙女のような顔で、おぞましい計画を語るスカーレット。
妹分の狂気を目の当たりにして、さすがのリリィも絶望に顔をゆがめた。
そのとき、一発の光弾がスカーレットをかすめた。
「……あら、お邪魔虫が来ましたわ。司法局の卑しいダニが」
「邪魔をしたのは貴様だろ? フロンティアの毒蜘蛛め!」
スカーレットの後ろ、迷宮の通路から、金髪の女が姿を見せる。
その銃はバレルが四角く、短剣のようなシルエット。聖王教会のエングレービングが施され、一見して魔女の持ち物ではない。
上着の胸には銀星バッジ。ガンベルトには聖印の刺繍がある。
――まぎれもない、保安官の出で立ちだ。
その顔を見て、リリィが弱々しく微笑む。
「……来たのね、セリカ」
「へたり込んでどうした、リリィ? 激しくFU○Kされて、腰が立たなくなったのか?」
どこの貴族令嬢かと思うような、気品に満ちた顔で、下品なセリフを言い放つ。
「ケツを掘られるとは傑作だな。フロンティアいち悪辣で、狡猾で、頭の回る〈有罪〉リリィも、後ろを突かれては弱かった――」
「控えなさい! 無礼者が!!」
スカーレットが激昂し、発砲する。
弾丸は空中で変質し、視界を埋め尽くす雷撃となった。しかし――
「舐めるな、スカー!」
雷電を吹き飛ばし、セリカが笑う。
――〈聖なる弾丸〉を地面に撃ち込み、退魔の結界を生み出したのだ。
バレットキャスターは魔女だけの特権ではない。呼び名は違えど、保安官にも同じ武器がある。退魔の秘蹟もまた、今では即時発動できる。
「リリィを撃ったのは貴様か! 反乱でも起こしたか!?」
「うふふ♡ B.A.D.はわたくしが継ぎました! これより先、フロンティアに君臨するのはこのわたくし、スカーレット・スカーフェイスですわ!」
撃ち合いを続けながら、セリカは巧みに位置を変え、リリィの前にすべり込んだ。
宿敵のはずのリリィをかばい、その様子をうかがう。
リリィは既に虫の息。生気のない瞳で、ぼんやりセリカを見つめている。
――まるで人生の最期に、瞳に焼きつけようとするかのように。
セリカはぎりっと歯噛みして、リリィに怒鳴った。
「ふざけるな! 立て、リリィ! 私との決着はどうなる!?」
「わたくしが終わらせてあげますわよ、金ぴか女!!」
スカーレットが猛攻をかける。凄まじい銃撃戦の中、戦いの決着を見届けることなく、リリィの意識はそこで途切れた。
*
かくしてこの夜、〈有罪リリィ〉は死んだ。
フロンティアいち決闘上手と言われた魔女も、最期は実にあっけなかった。
しかし、この話には続きがある。
三年あまり後、数百マイル以上も離れた土地で、リリィは再び目覚めるのだ。
「……?」
ぱちり、とリリィは目をあけて――
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