ガンファイト†ウィッチーズ -続・荒野の魔女の成れの果て、無法の大地を(※隠居したくて)救済します?-

海冬レイジ

Prologue リリィが死んだ日 –前編–

 

 とある魔女の話をしよう。


 歩く厄災。無法者の女王。白い終焉。百万ドルの賞金首――

 そいつの呼び名は色々あるが、もっとも通りがいいのはだろう。


 有罪ギルティリリィ。


 フロンティアいち、決闘上手と言われた魔女だ。


     *


「命知らずもいたもんだねえ! 魔女相手にイカサマとは!」


 その夜、とある町の安酒場サルーンで、ひとりの魔女が吠えていた。


「それとも、あたしを舐めたのかい? ええ?」


 テーブルに腰かけ、ブーツで若者の顔を踏む。

 カードと紙幣が床に散らばり、酒のジョッキが転がった。


「世間知らずの坊やに教えてやるよ。イカサマは命に関わる」

「し、してねえ! するはずがない!」


 踏みつけられながら、若者は必死に訴えた。


「俺はプロのギャンブラーなんだ!」

「『はずがない』なんて理屈は通りゃしないよ。まして、魔女が相手じゃね。ここはフロンティア――エデンのはるか西、魔女のための楽園だ!」


 魔女が若者を蹴り飛ばす。若者は床を転がって、別の客にぶつかった。

 若者は救いを求めるような目をしたが、客は無慈悲に押し返し、媚びた愛想笑いを魔女に向ける。魔女は喜び、


「いい子だ、坊や。あんたは礼儀がわかってる!」


 そして、再び若者を踏んづけた。


「さ~て、こっちの礼儀知らずをどうするか」

「しょ、勝負は無効でいい! あんたの金は、返すから……」

「ふざけんじゃないよ! それじゃ示しがつかねえだろうが!」


 魔女は嗜虐的な笑みを浮かべ、嬉々として騒いだ。


「あんたはあたしを舐めた――この魔女アイリーンさまをだ。全殺しは確定。やり方の話をしてんだよ。魔獣に食わせるか、蜂の巣にするか――そういう話をさあ!」

「ひっ、ひぃ……っ」


 なぶられる若者を、誰も助けようとしない。

 客の半分は眉をひそめ、残りは半笑いで見物していた。

 よくある光景なのだ。酒場でのいざこざも、魔女の横暴なふるまいも。


「と、止めてよ、誰か……お願い!」


 そんな中、給仕係の娘が駆け回り、小声で客に訴えていた。

 店主が『やめろ』と目で訴えるが、娘は無視してテーブルを回る。そして――


「……魔女さま? あなたも魔女さまでしょ!?」


 娘の声が弾む。すみっこの席に、黒髪の女が座っていた。


 鼻筋もあごもほっそりとして、繊細な細工物のよう。切れ長の眼は知性的で、闇の深奥を見据えるような深みがある。しなやかな肢体と細い腰、意外に豊かな胸回り――人間の言葉では『妖艶』と表現すべき容姿だった。


 つばが広く、先の折れた三角帽は、明らかに魔女の装束。

 店内の騒ぎなど気にも留めず、魔導書らしき本を読み耽っている。


「……あのぅ」

「博打がらみのケンカでしょう? 関わるつもりはないわ」


 魔女はページから目を上げず、そっけなく言った。

 娘はあきらめず、両手を合わせて、憐みを乞う。


「でも、彼は悪くないの……! 彼が連勝したから、魔女が怒って……このままじゃ殺されちゃう!」

「……あなたの大事なひと?」

「そっ――そうです!」

「だったら」


 長いまつ毛の下から、漆黒の瞳が彼女を見た。


「あなたが止めたらいいんじゃない?」


 ――実に、もっともな意見だった。


 ここはフロンティア、司法局の目が行き届かない、事実上の無法地帯。

 この土地では、正しさも、弱さも、身を守る盾にはならない。

 行動しない者が、救われることもない。


 魔女の正論に打たれたように、娘はぐっと奥歯を噛んだ。

 震える足を叩いて叱咤し、騒ぎの中心に向き直る。


「や……や……やっ、やめて!」


 騒ぎの渦中に飛び込んで、若者と魔女アイリーンを引き離す。

 アイリーンは目を見張り、愉快そうに笑った。


「何の真似だい、お嬢ちゃん?」

「彼に、ひどいこと、しないで……っ」

「おいおいおいおい、そりゃこっちのセリフだろ? あたしはね、こいつにイカサマでカモられたんだ!」

「しょ……証拠が、あるの?」

「あるさ。でなきゃ、あたしが負けるはずない」

「『はずがない』なんて理屈――きゃあっ!」


 横っ面を張られ、娘がよろめく。

 そのまま後ろに倒れ込むのを、別の誰かが受け止めた。

 ――先ほど娘を焚きつけた、黒髪の魔女だ。


「大丈夫?」

「あ……う……」


 言葉が出ない。ぶたれた衝撃で、脳震盪を起こしたか。

 娘は目を回しながら、それでも必死につぶやいた。


「彼を……助けて……」

「わかったわ」


 二つ返事。先ほどのつれない態度が嘘のようだ。

 娘を椅子に座らせながら、魔女は「ただし」と付け加えた。


「代価は法外よ。支払う覚悟があなたにあるの?」

「は、はい……私に、捧げられるものなら……!」


 そのやりとりを聞いていたのか、近くの酔客がささやいた。


「よしな、姐さん。アイリーンは〈地獄の門〉――ここいらじゃ最強のカヴンに籍を置いてる。東はレイカルリバー、西はデスバレーまでやつらのシマさ」

「最強ですって?」


 わざとらしく声を張り上げ、聞こえるように言い放つ。


「カードで小銭をまき上げられて、ぴーぴー泣いてるチンピラ魔女が?」


 しん、と店内が静まり返った。

 二人の魔女を中心に、ただならぬ気配が立ち込め、客たちが逃げ腰になる。

 例の若者を蹴り飛ばし、魔女アイリーンは薄く笑った。


「安い挑発するもんだ。ケンカを売ったつもりかい?」

「安くしてあげたの。三下でも買えるようにね」

「……人を舐めると高くつくよ?」

「お小遣い程度でしょう? キャンディいくつ買いたいの、お嬢ちゃん?」


 アイリーンのひたいに青筋が立った。魔女の人生は長いものだが、こうまで舐められたことは、おそらく一度もなかっただろう。


「OK、わかった――くたばりな!」


 アイリーンはまずまずの無法者だった。舐められたら殺す、というわかりやすい哲学で生きていた。だから、即座に銃を抜き、ぶっ放した。

 銃口付近に魔法円が投影され、直後、店を埋め尽くすほどの火炎が生じる。


「はっはーっ! カスが! 燃え尽きろ!!」


 バレットキャスター――魔女を生態系の頂点たらしめる、魔法の武器だ。

 魔女の魔力をグリップで受け、ハンマーで薬莢に伝達。打刻された魔法式が起動し、詠唱儀式が完了するという、魔法工学のカラクリである。


「思い知ったかよ、ポッと出の田舎魔女が……ん?」


 アイリーンが放った火炎は、店にも客にも燃え移らず、空中にとどまっていた。

 見えない壁に阻まれて、魔法が無効化されている。

 黒髪の魔女がやったのだ。こちらも銃を抜いている。閉所では取り回しが難しいはずの長銃身を、すんなりと。


「結界弾だと!? まさか、保安官――なりすましのアンダーカバーか!?」

「いいえ、れっきとした〈悪魔憑き〉。あなたの同類よ」


 一気に間合いを詰める。慢心ゆえ、アイリーンは装填動作を怠っていた。次の弾を送り込む前に、痛烈な蹴りが叩き込まれる。

 アイリーンは両開きのドアに突っ込み、店外にまで吹っ飛ばされた。


「この野郎っ……ぶっ殺――」


 怒鳴りながら撃った魔法は、その声もろとも、かき消される。

 黒髪の魔女が天に放った、一発の弾丸によって。


 色調反転。夜の闇が白く染まり、白昼のように明るくなる。

 その異変がおさまったとき、雲という雲が消滅し、満天の星空だけがあった。

 万物が呼吸を止めたような静寂の中、アイリーンがつぶやく。


「ホワイト……アウト……?」


 一流の魔女には、通り名の由来となる〈決め弾フィニッシャー〉があるものだ。他者には決して記述式を明かさない、オリジナルの魔法弾が。

 これもまた、そのひとつ。万物を――魔法すら――消滅せしめる虚無の弾丸。


「じゃあ、おまえが……〈有罪ギルティ〉リリィ!?」

「その呼び方、嫌いよ」


 ぶすっとふてくされた顔をして、黒髪の魔女リリィは言った。


「私は前科0犯の、きれいな身体の魔女なのに」

「ひっ……た、助けて……助けてくれ!」

「わかったわ」


 リリィはすんなり応じ、銃を下ろした。


「魔女アイリーン、あなたの名前を覚えてあげる。正しい魔女になりなさい」

「た、正しい……?」

「そうよ。あなたがこの先、〈有罪〉判決を受けることがあったら」


 射殺すような眼光。冷たい流し目をくれて、リリィは告げた。


「有罪リリィがやって来て、今夜の貸しを取り立てる」


 アイリーンは青ざめ、身震いした。

 うわさの通りであるならば、リリィは魔女を殺す魔女。本職の〈魔女狩り〉である保安官と同じか、それ以上の数を殺している。


 アイリーンの沈黙をどう誤解したのか、リリィは余計な念を押した。


「本当よ。ごまかせないわよ。私、新聞は欠かさずチェックしてるんだから」

「わ、わかっ……わかりました……」

「そう。なら、消えなさい」

「はひっ! ありがとうございます!」


 無法者らしい鮮やかな逃げ足を発揮して、アイリーンは去った。

 代わって、と言うか何と言うか、別の魔女が姿を見せる。


「また騒ぎを起こしましたのね、お姉さま」


 路地の闇から音もなく、染み出すように現れたのは、白く輝く魔女だった。


「あんな小物に〈銀世界ホワイトアウト〉を見せちゃうなんて、スカーレットは業腹です」


 ホワイトゴールドの髪、緋色の瞳が妖しくも美しい。小ぶりな鼻口と大きな眼がビスクドールのようで、高価な美術品の趣きがある。

 何より目立つのが、右目を縦にまたいで走る、大きな傷痕。

 その傷、文字通りの『玉に瑕』こそが、その美貌に無二の魅力を与えていた。


「レティ……また私をつけてたの?」

「まあ、人聞きの悪い! わたくしを何だと思ってらして? そう、お姉さまのストーカーです!」


 傷の魔女スカーレットは誇らしげに胸を張った。

 リリィが露骨に顔をしかめたので、こほんと咳払いをしてごまかす。


「というのは、罪のない冗談ですけれど」

「冗談であって欲しいわね……。用件は?」

「実は、お耳に入れたいことが――」

「魔女さま!」


 二人の後ろから声がかかる。

 笑顔のまま腰に手をやるスカーレットを、リリィがつかんで押しとどめた。


「やめなさい、レティ。銃なんか抜いて、どうする気?」

「知れてます。割って入ったお邪魔虫を、ぷちっと駆除しますのよ」

「極まった馬鹿ね。二歳児の方がまだ分別あるわよ。この駄犬」

「はうんっ♡ お姉さまの罵倒、心地よき……♡」


 うっとりとするスカーレットを放置して、リリィが声の方を振り返る。

 酒場で給仕係をしていた娘が、緊張の面持ちで立っていた。


「あのっ……助けてくれて、ありがとう!」

「約束だもの。怪我はない?」

「はい! それで……お代は、どうお支払いしたら……?」


 リリィはうっすら微笑んで、おどかすように言った。


「私には悪魔が憑いている。悪魔が欲しがるものって、何だと思う?」

「それは、もちろん、たましい――」

「待ってくれ!」


 酒場の入り口から別の声が届く。

 アイリーンになぶられていた、あの若者だ。


「もとはと言えば、俺が調子に乗ったせいだろ。支払いは俺がする」

「そうね。そうすべきだわ」


 リリィはうなずき、娘が口を挟む前に、鋭く言った。


「代価は〈賭博〉。生涯、ギャンブルしないと誓いなさい」

「なっ……待ってくれ! ギャンブラーは俺の天職! 生きる理由なんだ!」

「それを寄越せと言ったのよ。払って死ぬか、払わず死ぬか、選んで」

「……わかった。ギャンブルはもう、やめるよ」


 殊勝に背を向ける――その唇にかすかな笑みを見て、リリィは彼を引き倒した。

 容赦なく、ひじの関節を踏み抜く。

 べきりと骨が折れ、ぎゃあと悲鳴が上がった。


「魔女さまっ!? 何をっ」

「見て」


 だらりと垂れた男の腕から、数枚のカードがこぼれ落ちた。

 給仕の娘がぎょっとなり、おそるおそるリリィを見る。


「これって……!?」

「トリックカード。アイリーンは間抜けな魔女ね。イカサマ師にカモられるなんて」


 アイリーンは間違いなく無法者だったが、今回は被害者でもあったわけだ。


「そ、それじゃ、この人は……っ」

「ケチな犯罪者よ。保安官に突き出すといいわ」


 落ち込む娘を哀れんだのか、リリィは少し語調をゆるめ、優しく言った。


「元気を出して。あなたは健気で、勇気がある。そういう人にツキは巡るの。こんな男は路地裏に捨てて、次の恋を探しなさい」

「そう……ですね。あの……魔女って、私でも、なれたりします?」

「いい子は魔女に向かないわ。悪魔はイカサマ大好きだから」


 つまりは、『やめた方がいい』。

 娘は少し残念そうに、けれど笑顔でお辞儀した。


     *


「相変わらず、お優しいこと」


 なりゆきを見届けた妹分は、皮肉めいた口調で言った。


「お姉さまの温情に浴するだけの価値が、あの連中にあるかしら?」

「文句ははっきり言いなさい?」

「文句だなんて! スカーレットは感服しておりますのよ。お姉さまの聖女のごとき慈悲深さ――百万ドルの懸賞金が嘘のよう!」


 リリィは嫌な顔をした。不満げに唇をとがらせて、


「嘘なのよ。私は前科0犯だもの」

「ええ、そう。過去17度も裁判にかけられながら、一度も有罪判決を受けてない。今では手配する側が、わざわざ〈有罪〉と断るならわしです」


 それがいつしか、通り名のようになってしまった。


「ですが、まったく罪がないかと言えば、違うでしょう? 銀行強盗、人身売買、薬物密売――B.A.D.が働く悪事はすべて、総帥たるお姉さまにも責がある」


 リリィが痛みをこらえるような顔をする。

 だが、一瞬だ。怒りの残り香を巧妙に隠し、普段通りの平坦な声音で言う。


「話を戻すわ。あなたがここを訪れた件だけど」

「ええ。実は、お姉さまにお伝えすべきことが」

「ストーキングは有罪よ」

「そこですの!? だとして、責められるいわれはありませんわ。幹部会をほっぽって雲隠れした、お姉さまが悪いんです!」


 痛いところを突かれ、リリィは逃げ口上を述べた。


「い、妹分が優秀だから、任せても大丈夫かなって……」

「わたくしが優秀なのは否定しませんが、トップ不在では議事が滞ります。B.A.D.は今や最強最大の魔女カヴン。その総帥が古本蒐集の沼にハマって、自由気ままな旅暮らしだなんて、言語道断――」

「お説教は後で聞くわ! 用件を言って!」


 スカーレットはまだ言い足りない様子だったが、にわかに表情を引き締めて、


「〈金ぴかグリッター〉セリカ・ザ・ゴールドが、城に迫っています」


 ぴりっと空気が張り詰めた。

 フロンティア最強の保安官が、いよいよ拠点に攻めて来た!


「迎撃の用意は?」

「メイザースの地下迷宮に誘い込む段取りです。あそこなら誰の邪魔も入りませんし、一対一でやれますでしょ?」


 当意即妙。リリィはその対応に満足し、妹分に笑顔を向けた。


「さすがよ、レティ。私のことがわかってる」

「はぅんっ♡ 恐悦の至り♡ それもこれも百余冊に及ぶ『お姉さま観察日記』があればこそ……♡」

「レティ? え? 今、すごく気になる単語が……え?」


 身をくねらせて悶えていたスカーレットが、ふと理性を取り戻し、釘を刺す。


「お楽しみの邪魔はしたくありませんが、劣勢ならば加勢します。わたくしの同行、お許しくださいますわね?」

「――レティ、私は」

「お姉さまが敗れたら、妹たち全員が火あぶりになるのですわ?」


 組織を守るため、総帥の安全を守る――スカーレットの言い分はもっともだ。

 リリィは嘆息し、愛銃を胸に抱いて、なまめかしく指を這わせた。


「圧倒すればいいだけね。今夜、セリカとケリをつけるわ」

「それでこそ、わたくしの憧れ。愛しのリリィお姉さまです♡」


 スカーレットは目元を赤らめ、心底からの賞賛を口にした。


     *


 B.A.D.の本拠地〈カッスル・メイザース〉の位置を知る者は少ない。

 が、遠からず司法局に突き止められるだろう、とリリィは読んでいた。

 なぜなら、フロンティアいち有能な猟犬、セリカが捜していたからだ。


「あの女ひとりのために、こんな備えをするなんて……スカーレットは業腹です」


 地下空間を歩きながら、スカーレットが愚痴を言う。

 天然の鍾乳洞を掘り、あるいは固め、レンガで道を整備した通路。彼女たちが地下迷宮と呼ぶ、迎撃用の区画だ。


「セリカのためばかりじゃないわ。魔女の天敵、保安官に対する備えよ」

「連中のルーツは異端審問官ですものね。いつの時代も忌ま忌ましいやつら……」

「向こうもきっとそう言うわ。魔女は悪魔のともがらで、悪魔は神の敵だもの」


 教会は魔女を、魔女は教会を憎み、殺し合うのが宿命だ。

 その戦いは近年、バレットキャスターの登場により、さらに熾烈化している。


「さて、決戦の舞台は――いい具合ね」


 迷路を抜けた先に、ひらけた空洞があった。

 幾万の水晶がシャンデリアのように輝く。濃密なマナが満ちていて、攻防両面で魔女が戦いやすい環境だ。


「それじゃ、私はここでセリカを待――」


 ぱんっ、と乾いた銃声が、リリィの言葉をさえぎった。

 同時にリリィの胸が割れ、どぱっと鮮血があふれ出す。


「……レティ?」

「あはっ、撃っちゃったぁ……♡」


 白い肌を上気させ、酔ったような表情で、スカーレットは笑っていた。

 彼女のバレットキャスターから、鼻を刺す硝煙が漂ってくる。


「ごめんなさい、お姉さま。〈腐れの毒ブラッドラスト〉は、さすがに痛い……ですわよね?」


 申し訳なさそうに、スカーレットは眉根を寄せた。


「後ろから撃ったことも、ごめんなさい。不意を突くしかなかったんですの。お姉さまに抵抗されたら、とても勝ち目がありませんから」

「……ご謙遜だわ」


 リリィの陰に隠れているが、スカーレットもまた最強の一角。

 二人の実力は互角、というのが事情通の見方である。ゆえに、二人が所属するB.A.D.こそ、フロンティア最強のカヴンだと言われていた。


 スカーレットはかぶりを振って、


「いいえ、お姉さまこそが最強の魔女。百年お側にいたわたくしが保証します。百年前の、あの甘美な敗北……あれからずっとわたくしは――はぁんっ♡」


 瞳にハートの星を入れ、スカーレットは嬌声をあげた。

 リリィを見つめる眼差しが異様な熱気を帯びる。


「雪原のようなお姉さまの肌を、深紅の血潮が鮮やかに彩って……はぁ……本当に綺麗。血塗れのリリィお姉さま……すごく……とっても……良き♡」

「私を……恨んでいたの? 私が……その疵をつけたから……?」

「恨む? 何をおっしゃるの、お姉さま!」


 スカーレットはぷんっと怒った。

 右目を縦断する傷を、愛おしげに指でなぞる。


「この傷は、聖痕。この傷こそ、わたくしの誇り。いただいた贈り物の中で、一番のお気に入りなんです。この傷があればこそ、独りの夜にも耐えられますの♡」

「だったら……どうし――」


 途中でむせて、ごぼっと血を吐く。

 血の気を失い、死相の浮いた顔で、リリィはスカーレットに問うた。


「先はあるの、レティ……? こんなことをして……ほかの、幹部は」

「実はこれ、〈六魔星ヘックスワンド〉の総意なんです」

「……!?」

「疑いもしませんでした? お姉さまはとてもとても愛らしく、素晴らしい方ですけれど、やはり組織カヴンの運営には向きません。はっきり言って、能無しです」


 苦楽をともにした妹分たちが、総出で自分を消しにきた――

 さすがにこれはこたえたか、体重を支えられず、リリィは血だまりに膝を突いた。

 そんな彼女に、スカーレットの無慈悲な声が降ってくる。


「あれはだめ、これもだめ。薬はだめ、密輸もだめ、地上げも金貸しもだめ、賭場の開帳も、戦争もだめ! そもそも殺しがだめ! そんなことで、フロンティアの無法者が食っていけるとお思い? こちとら救世軍の慈善事業じゃねえんですわ?」

「レティ……正しい魔女に、なりなさい……」

「ですので♡ わたくしが総帥になりました。今宵の幹部会は最後の詰め――わたくし、口を酸~っぱくして言いましたわ? 顔を出してくださいと……残念です」


 本当に残念そうに、緋色の瞳がはかなく揺れた。

 無造作に装填し、引き金を引く。

 銃弾は魔力を帯びて宙を裂き、リリィの足もとに着弾した。


 巨大な魔法円が地面に浮かび、複雑な紋様と長大な文字列を描き出す。

 それを一瞥したリリィは、即座に魔法を読み解いた。


「この記述……時間凍結魔法……?」

「さすがはお姉さま♡ ひと目で見破るその見識、知性、理解力――全部好き♡」

「遺体を……保存する……つもり?」


 スカーレットはうなずいて肯定した。


「後のことはご心配なく。お姉さまのすべてはわたくしが引き継ぎます」

「すべ……て?」

「絶大な魔力も、手足たるカヴンも。もちろん、そのお体も。昼も夜も愛でて愛でて愛で倒しますわよ♡ 寄り添い、抱きしめ、キスをして、くんかくんかハスハスぺろぺろ――いやんっ、わたくしったら、はしたない♡」


 夢見る乙女のような顔で、おぞましい計画を語るスカーレット。

 妹分の狂気を目の当たりにして、さすがのリリィも絶望に顔をゆがめた。


 そのとき、一発の光弾がスカーレットをかすめた。


「……あら、お邪魔虫が来ましたわ。司法局の卑しいダニが」

「邪魔をしたのは貴様だろ? フロンティアの毒蜘蛛め!」


 スカーレットの後ろ、迷宮の通路から、金髪の女が姿を見せる。

 その銃はバレルが四角く、短剣のようなシルエット。聖王教会のエングレービングが施され、一見して魔女の持ち物ではない。

 

 上着の胸には銀星バッジ。ガンベルトには聖印の刺繍がある。

 ――まぎれもない、保安官の出で立ちだ。

 その顔を見て、リリィが弱々しく微笑む。


「……来たのね、セリカ」

「へたり込んでどうした、リリィ? 激しくFU○Kされて、腰が立たなくなったのか?」


 どこの貴族令嬢かと思うような、気品に満ちた顔で、下品なセリフを言い放つ。


「ケツを掘られるとは傑作だな。フロンティアいち悪辣で、狡猾で、頭の回る〈有罪〉リリィも、後ろを突かれては弱かった――」

「控えなさい! 無礼者が!!」


 スカーレットが激昂し、発砲する。

 弾丸は空中で変質し、視界を埋め尽くす雷撃となった。しかし――


「舐めるな、スカー!」


 雷電を吹き飛ばし、セリカが笑う。

 ――〈聖なる弾丸〉を地面に撃ち込み、退魔の結界を生み出したのだ。


 バレットキャスターは魔女だけの特権ではない。呼び名は違えど、保安官にも同じ武器がある。退魔の秘蹟もまた、今では即時発動できる。


「リリィを撃ったのは貴様か! 反乱でも起こしたか!?」

「うふふ♡ B.A.D.はわたくしが継ぎました! これより先、フロンティアに君臨するのはこのわたくし、スカーレット・スカーフェイスですわ!」


 撃ち合いを続けながら、セリカは巧みに位置を変え、リリィの前にすべり込んだ。

 宿敵のはずのリリィをかばい、その様子をうかがう。


 リリィは既に虫の息。生気のない瞳で、ぼんやりセリカを見つめている。

 ――まるで人生の最期に、瞳に焼きつけようとするかのように。

 セリカはぎりっと歯噛みして、リリィに怒鳴った。


「ふざけるな! 立て、リリィ! 私との決着はどうなる!?」

「わたくしが終わらせてあげますわよ、金ぴか女!!」


 スカーレットが猛攻をかける。凄まじい銃撃戦の中、戦いの決着を見届けることなく、リリィの意識はそこで途切れた。


     *


 かくしてこの夜、〈有罪リリィ〉は死んだ。

 フロンティアいち決闘上手と言われた魔女も、最期は実にあっけなかった。


 しかし、この話には続きがある。

 三年あまり後、数百マイル以上も離れた土地で、リリィは再び目覚めるのだ。


「……?」


 ぱちり、とリリィは目をあけて――



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る