第3話 迎える

翌日。大阪の空はどんよりとした灰雲をたたえていた。それは今の黒柳芐の心境に似ている。

教室の空気は淀んでいて、馴染み深い。チョークが黒板を走るキイキイという音、隣の席の級友のページをめくる沙沙という音、そして……斜め前方から時折投げかけられる、針のような視線。佐藤優子はこれ以上何も派手なことはしなかった。彼女はむしろ、完璧な、人気者の優等生という姿勢を保ち、教師が板書するために振り返った瞬間に、極めて自然に振り返り、視線を芐の上を掠めさせ、口元に一瞬だけ、何か目障りなゴミを見たような弧を描き、何事もなかったようにまた前を向く。

その精確無比な、冷たい暴力としての「正常」は、直接的ないじめよりも芐をいらだたせた。彼女は透明な膜で包まれた標本のように感じた。中にいるようで、実際には隔離されている。昨日の経験——路地裏、戦闘、「中府」——は高熱の夢のようで、この重苦しい現実に照らされると一層虚ろに感じられ、ただ掌に残る、かすかで奇妙な感触だけが現実だった。

課間休みのチャイムが彼女を救った。教室が再び喧騒に包まれる中、芐は額を冷たい窓ガラスに押し当て、拭いきれない煩わしさと……自分さえ認めたくない、力を得たことによって微かに芽生えた異質感を払おうとした。


「機嫌、悪い?」

声は隣の空席から聞こえた。

芐はびくっと振り向き、心臓が一拍飛びそうになった。Sがいつしかそこに座っていた。彼女はあたかも最初からこのクラスの一員であるかのようにくつろいだ姿勢で、周囲の女生徒たちと変わらぬ制服に着替えさえしていた。ただ、その超越した気質は隠せない。

「あな……どうやって入ってきたの?」芐は声を潜め、ほとんど息遣いのように尋ねた。「それに、みんなはどうして……」彼女は周囲を見回す。生徒たちははしゃぎ、おしゃべりし、この突然現れた転校生(?)に注意を向ける者は誰もいない。

Sは彼女の視線の先、喧騒の教室を一瞥し、天気を説明するような平坦な口調で言った。「小技よ。訓練を積んだステルカーは、『概念』と呼ばれる意術を運用できる。それはある種の“認知”を覆い、遮断し、あるいは構築する」

彼女は少し間を置き、より分かりやすい言葉を探しているようだった。「大多数の人間は“蘊”を感知し運用できない。ステルカーが自身に“概念遮断”を施すとき——例えば“目立たない生徒”、“どうでもいい誰か”——彼らの意識は自動的に我々を無視する。強い干渉を行わないか、主動的に解除しない限り、一般人にとって我々は空気や壁と同じだ。見えているが、“気づいていない”」

芐は呆然とした。これで昨日の街中での追跡がなぜ騒動を起こさなかったか説明がつく。言いようのない味わいが胸に込み上げてきた——これは、彼女が慣れ親しんだこの世界が、常にSのような“不可視の者”で満ちている可能性を意味し、そして自分は今、その一員になろうとしている。

「で、」Sは話題を戻した。「あの女生徒のせい?」

芐は彼女の視線の先に、佐藤優子が数人の友人と談笑している姿を見た。声は鈴のように澄んでいて大きい。芐は黙って頷いた。

その時、くしゃくしゃに丸められた紙の塊が弧を描いて飛んできて、芐の机の上に正確に落ちた。優子が体をひねり、隠さない嘲りを顔に浮かべて言った。「おい、長身、また窓に向かって何ぼーっとしてんの?まさか昨夜寝不足で、夢遊病?」

Sは静かに立ち上がった。彼女は芐を見ず、まっすぐ優子のグループの方へ歩いた。優子の前に立ち止まり、微かに首を傾け、ほとんど学術的観察のような目で、上から下まで、注意深く相手を打量した。優子は最初は虚勢を張っていたが、感情のないその視線に数秒間見つめられると、自然に声をひそめ、表情に微かな硬直が走った。

「彼女のこと、知ってる、芐?」Sは振り向きもせずに尋ねた。

芐は首を横に振った。

優子はその動作に刺激されたように、声を張り上げた。「おい!何首振ってんの?怖かったらそう言えよ!」

Sは手を伸ばした。触れるためではなく、優子の顔の前に掌一つ分ほどの距離で虚しく留めた。彼女は目を閉じ、無形の波動を感知しているようだった。数秒後、目を開き、芐の方に向き直って言った。

「佐藤優子……って名前だったね。感覚としては……強い自己顕示欲、他人を見下すようなイメージを確立したい願望。心理的には……うん、これは、トラウマの痕跡?」彼女の分析は残酷なほど率直だったが、不思議と褒め貶しの感情はなかった。「彼女が放つのは純粋な悪意ではない。どちらかと言えば……過去の何らかの経験が彼女を形作り、かつて自分を傷つけたような役割を演じることで、支配感と満足を得ようとしている。彼女は心理カウンセラーに診てもらった方がいい」

Sはほんの一瞬、言葉を切った。

「残念だけど、私は心理カウンセラーじゃない。彼女を助けることはできない」

授業開始の予備鈴が鋭く鳴り響いた。生徒たちが潮のように席に戻る。Sも当然のように芐の隣の席に戻って座った。

「行かないの?」芐は思わず尋ねた。

「もし次に何かあるなら、」Sは前方を見据え、声は平穏だった。「あなたも“行く”ことになる。私はここで一緒にいる」

二時間目は国語、担任でもある国語教師が入ってきて、後ろに生徒を一人連れていた。

「皆、静かに。今日、新しいお友達がクラスに加わります」

教師は後ろの男子生徒に前へ出るよう促した。

中背で、さっぱりとしたショートカットの少年だった。ほっそりとした体格で、整った顔立ちにいくらか凛々しさが混じっているが、目にはどこかよそよそしいものがあった。彼の出現は、すぐさま女生徒たちの間に抑えられたささやき声を引き起こした。

「皆さん、こんにちは。森川悠人と申します」自己紹介は簡潔で、声は澄み、年齢不相応な落ち着きがあった。「これまで家族と海外で生活しており、最近帰国しました。よろしくお願いします」彼は軽く会釈し、礼儀は申し分なかった。

教師は教室を見渡し、視線は芐の隣の空席に留まった。「うん……黒柳さんの隣が空いてるな。森川君、まずはそこに座ってくれ」

森川悠人が教壇に上がった瞬間、ずっと静座していたSが微かに眉をひそめ、ほとんど感知できないほど体を前傾させた。彼女の視線はレーダーのように新入りの転校生を捉えた。

「“蘊”だ」Sは芐にだけ聞こえるかすかな声で言い、わずかに緊張を含んだ口調だった。「ごく薄いが、質が特別だ……この人物、単純じゃない」

彼女はそう言うと、立ち上がった。芐は驚いて彼女を見た。

「彼に席を譲る」Sは短く説明し、窓際の席への通路を開けるように傍らに一歩下がった。自身は芐の反対側の通路に立つことになった。

森川悠人は鞄を背負って歩み寄り、芐に礼儀正しく頷いた。「こんにちは、これからよろしくお願いします」

「あ、こんにちは、よろしくお願いします」芐は少しきまり悪そうに返事をした。

Sは芐の反対側に立ちながらも、視線は斜め前方の佐藤優子に向けられた。彼女は数秒間観察し、芐に小声で言った。「見て、あの優子さん、彼女のボディランゲージから判断するに、この新入りの森川君に、明らかな興味と好意を抱いているようだ」

森川悠人は席に着き、教科書を整理し始めた。突然、彼の動作が一瞬止まり、ごくわずかに首を傾け、ほとんど聞き取れない音量で、芐に向かって——あるいは、芐の横の“虚無”に向かって——呟いた。

「……なんだか、そばに……人がいるような気がする」

Sは歩みを止め、腕を組み、なるほどという表情を浮かべた。「ああ、やっぱり。こういう生まれつき“蘊”への敏感な体質の持ち主は、多少なりとも曖昧な感応があるものだ。見えなくても、“何かおかしい”と感じる」

彼女は黒いデジタル腕時計を見つめた。「うん、そろそろだ。私は先に“中府”に戻って用事を済ませよう。放課後に」

そう言い終わるや否や、彼女の姿は空気に溶け込む水滴のように、芐が瞬きする間に、跡形もなく消えていた。ただ彼女が座っていた椅子だけが、かすかに言いようのない、清潔な気配を残している。

放課後、芐は鞄を整え、特に注意して周囲を見た。彼女は森川悠人が一人で、校舎の裏門の方角から去っていくのを見た。彼の背中は、静かな住宅街へと続く小道にすぐに消えた。

正門には、Sがもう待っていた。彼女は私服に着替えており、傍らには伏見と久瀬も立っていた。久瀬は退屈そうに道端の小石を蹴っており、伏見はポケットに手を突っ込み街路を見つめ、芐が出てくるのを見て微かにうなずいただけだった。

「どう、学校生活には慣れた?ステルカー見習いさん」久瀬は笑いながら近づいてきた。

芐は頷き、少し躊躇してからSを見た。「あの転校生……森川君のこと、あなたは……勧誘するつもり?」

Sはきっぱり首を振った。「観察した。彼の“蘊”は特殊だが、総量が弱すぎる。活性も足りない。体質がステルカーの基礎を備えていない」

「え?」芐は意外に思い、同時に当然だとも感じた。「……残念だ」

「残念?」Sは彼女を一瞥し、事実を述べるような平静な口調で言った。「“中府”に登録されているステルカーは約四百人。日本全国では、生まれつき“蘊”の気配を持ち、常人より感応が少し強い人間は、推計で十万近くいるとされる。彼らが線を越えたことをしなければ、我々は干渉しないし、干渉する権利もない」

「線を越えたこと……って?」

「“蘊”及び関連能力を用いて他者を傷つけること、表世界の秩序を乱すこと、あるいは裏世界の力への接続や利用を試みること」Sの口調は冷たくなった。「“黒焔”のような組織や個人こそが、我々の対象だ。それ以外は、ただの“背景ノイズ”だ」

伏見がその時振り向き、Sに言った。「先輩、そろったし、駅前の新しくできたお好み焼き屋に行かない?黒柳さんを迎える……恒例の食事会として」

久瀬はすぐさま突っ込んだ。「あんたが食べたいだけだろ!私が言うなら、本部の食堂で訓練食をさっさと済ませた方が時間の節約になっていい」

Sの視線は、まだ学校の疲れをわずかに残す芐の顔の上に一瞬留まった。そして彼女は決断した。

「店に行こう」

「え?S先輩?」久瀬は驚いて目を見開いた。口実に聞こえるその提案をSが採用するとは思っていなかったようだ。

「わざわざそんな正式にしなくてもいいです、私も何もしてないし……」芐は少し取り乱した。

「私がおごる」Sはすでにシンプルな革の財布を取り出し、手際が良かった。その口調には異論の余地がなかった。「伏見、先導しろ」

夕陽が四人の影を長く引き、下校する人の流れに溶け込ませた……

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