side りな子

『それで、シドーのコンパクトなんですが……もしもし……先生聞いてますか?』

「あっ、うん、ごめんなさい」



 昨夜は、ご飯を食べた後。

 たいした話しもしないままに、眠った。 

 よく眠れていたのは、泰作だけで……。

 私は、全然眠れないまま朝を迎えた。


 朝から、彼からの追加依頼の連絡が来て、本当は嬉しいはずの依頼内容も、全然、頭に入ってこなくて……。



『今週の土曜日に、橋崎友姫に接触するらしいです』

「えっ?」

『朝、先輩から、連絡がきました』

「そうだったの」

『それで、前に言っていたように、先生は見に行くんですよね?』



 彼の言葉に心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 そうだった。


 と言ったのだ。




『橋崎友姫が、地獄に向かっていくのをみたいんですよね?先生』

「そうね」

『先生。一つだけ忠告していいですか?』

「何?」

『見に行く事によって、更なる絶望が先生を襲った時……。もしかしたら、俺にはもう先生を救えないかも知れません』

「何言ってるのよ。深森君は、いつだって、私を救ってくれてるわよ。息が出来なくなっても。深森君がいれば大丈夫だって安心出来る」

『先生……それは今だけかも知れないです。それは……。何でもないです。もしかしたら、土曜日は先生の傍にいれないかも知れません』



 彼が何を伝えたいのか、今の私には理解出来なかった。

 彼が苦しんでいる事、悩んでいる事にも、気づいていなかった。



「深森君は、用事があるって事?」

『用事って言うか……。どうしても、はずせないと言うか……』

「わかったわ。深森君だって、暇な訳じゃないわよね。それに、これは仕事とは関係ない事だから……気にしないで」

『仕事とは関係がないとしても、俺は……先生の……先生の……役に立ちたいだけですから』

「ありがとう、深森君」



 また、好きなどと言われてしまったら、どう答えていいかわからなかった。


 って言葉だけで充分。



 彼を利用しているのだから、好きになってもらう資格などないのだから……。



『先生。この先、どんな事があっても大丈夫ですか?』

「大丈夫……とは言い切れないけれど。大丈夫だと思うしかないよね。何か、変な言い方しちゃってるよね。ごめんね、私、また深森君に迷惑かけてるよね」

『迷惑じゃないですよ……でも、俺も……何て言うか……』

「気にしないで、本当に大丈夫だから」

『大丈夫じゃないですよね?』

「大丈夫だから」

『本当に大丈夫な人は、大丈夫って言わないですよ。だから、先生。大丈夫って言わないでください』

「ありがとう……深森君」


 彼の優しさを私は利用している。



『先生……あの……』

「あっ、シドーのコンパクトだよね。ごめんね、話をそらしちゃって……」

『それじゃ……いえ、大丈夫です』

「どんなデザインが使われてきたか、資料にまとめた方がいいよね」

『わかりました。次、先生の家に行く時に資料持っていきます』

「わかった。ありがとう」

『仕事ですから、気にしないでください』


 仕事と言われて何だか胸の奥がチクッと痛んだ。


 私は、今、どんな言葉を期待したんだろう。


 彼の気持ちに答えられないくせに、私の為だと言って欲しかったのだろうか?


 私は、何て欲深い人間なのだろう。



『先生、何かありましたら、また連絡しますね』

「あっ、うん。わかったわ」



 彼との電話を切って、ぼんやりと考える。

 私は、この先、どうしていきたいのかを……。

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