side 陽菜

 待っていた私に空が驚いていた。

 私は、空にとっさに嘘をつく。

 昔から、空が優しいのは知っている。

 だから、簡単に家に上げてくれるのもわかっているのだ。


 空きっ腹で飲んでいたのと苛立ちから、私は空に「お母さんを求めているだけだ」と言ってしまった。

 空は違うと反論しそうな顔をしていたけど、何故か涙が出てきてしまった私の顔をみて何も言わなかった。


 否定されたらどうしようと思っていたけれど、否定されなかったらされなかったで何なの?と思ってしまう。



 何だか今日の私は最低だ。

 でも、私を最低にしているのは空だよ。

 言うつもりがなかったのに、気持ちを言ってしまったり空の気持ちを否定したり……。


 だけど、私。

 会った事ないけど、先生に空を渡すつもりはないから。



「おやすみ」

「おやすみ、ゆっくり休んで」



 歯磨きをして戻ってきた私は、空のベッドに横になる。

 毎日、ここで空が寝ているんだ。


 なんか、空に包まれてるみたい。

 空の香りがして、安心する。

 幸せ……。



ーーピピピピ

ーーピピピピ




「うーーん」

「ごめん。目覚まし切るの忘れてた」

「ううん。大丈夫」

「大丈夫?頭痛くない?」

「ちょっと痛い」

「薬いる?」

「飲むほどじゃないから」




 いつの間にか寝ていた私は、目覚ましが鳴る音で目を覚ました。


 朝から、空がいる。

 何か付き合ってるみたいで嬉しい。



「朝ごはんどうしようか?」

「あっ、何かある?」

「何かあるわけないから、買ってくる」

「じゃあ、コンビニで何か買う?それか、モーニング行くとか?」

「俺が、コンビニ行ってくるよ。陽菜は、頭痛いだろ?休んでて。何かいるのある?」

「卵とツナのサンドウィッチ」

「昔から、それ好きだよね」

「好きな物なんて変わらないよ。お水もらっていい?」

「そうかもな。じゃあ、行ってくる。キッチン好きに使って」

「ありがとう、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

「気をつけてね」

「ありがとう」



 空が出て行って顔がにやける。

 何だか私達、同棲カップルみたい。いや、新婚さん!!


 ニコニコしながら起き上がって、キッチンにいく。

 空の冷蔵庫には、ペットボトル飲料とお酒だけが入っている。

 冷蔵庫に食べ物がないのは、いつも私の店で食べるからだ。


 冷蔵庫から水を取り出した。

 冷たい水をおでこに当てながら、私は少しよくない事を考えていた。

 だけど、そのよくない事を実行したら空に嫌われるのもわかっている。

 だから、それは避けたい。



「ただいま」

「お帰り」

「買ってきたよ。卵とツナのサンドウィッチ」

「ありがとう」

「他にも食べたくなるかな?とか思って、いろいろ買ってしまった。っていうより、料理とかしないからわからないんだけど。食後に、プリンとかも食べたくなるかな?とかって思って」

「私を考えて色々買ってきてくれたの?」

「まあ、そうだね」


 「空はズルいよ」聞こえないぐらい小さく言ったから案の定「えっ?」て聞き返された。



「別に何もないよ」

「そう?じゃあ、食べようか」

「うん、いただきます」

「いただきます」


 私やっぱり空とずっと一緒にいたい。

 だけど……。

 やっぱり、この年齢だとハッキリしなくちゃ駄目なのかな?



「ついてる?」

「えっ?何が?」

「ちょっと待ってね」



 空は、ティッシュを取って私の口の横を拭いてくれる。



「昔から、陽菜はそうなんだから」

「もう。子供じゃないんだから」



 ティッシュを空の手から取り上げる。

 大人になればなるほど、この関係に名前をつけなきゃって思いが強くなった。

 こんな風に、空の隣でただ笑ってるだけじゃ駄目なんだって……。



「そこが何か陽菜っぽいよ」

「褒められてる気がしない」

「そう?変わらなくていいなーー。って思ったのに。陽菜らしくて好きだなって」

「何よ、それ」



 だから、って言葉に過剰に反応しちゃう。

 その好きは、どういう好き?

 私には、可能性ある?

 何て、考えちゃう。



 先生という存在が現れなければ、私はきっと動き出そうとしなかった。

 さっきよくない考えが浮かんだのを撤回する。



 だって、先生が現れたお陰で私は動こうと決めたんだから。

 感謝しなくちゃ……。



「今日は、お店開けられる?あれだったら、俺、早めにお店に行こうか?」

「大丈夫。今日は、お母さんに手伝ってもらうから」

「でも、心配だから晩御飯食べに行く」

「ありがとう、空」



 昨日の事忘れてって言おうとしたけどやめた。

 酔って忘れたふりなんて、今までだって何度もしてきたから。

 今回も酔ってたんだって思ってて欲しいから。



「久々にこのプリン食べたけど、甘いね」

「確かに、甘い。陽菜が作るのとは違う」

「家庭の味とは違うからね。市販品は……」

「やっぱり、俺は陽菜の作るご飯がいいかな。あっ、ヤバい。用意しなきゃ」

「そうだよね。仕事だよね」

「あっ、うん。午前中に先生の家に行かなくちゃいけなくなってさ。追加の指示で」

「そ……っか」



 胸が痛くなって苦しくなる。

 でも、仕事だから。

 それに、空に行かないで何て彼女でも妻でもない私に言う権利などないことぐらいわかっている。




「家まで送るよ」

「ありがとう」

「じゃあ、着替えてくる。あっ、服貸そうか?」

「必要ないよ。帰って着替えるから」

「そっか。じゃあ、着替えてくる」



 空は、さっきまで寝ていた場所の扉を閉めた。

 リビングと部屋があるのは、空のこだわりなのかな?

 普通なら、ワンルームでもよさそうなのに……。

 待っている間に、ごみをまとめる。



「お待たせ、行こうか」

「これは?」

「冷蔵庫いれとこうかな」


 余ったおにぎりや甘いパンを空は冷蔵庫に入れていく。



「これは、もらっとく」

「陽菜は、好きだと思った」

「今でも、時々食べるよ」

「じゃあ、どうぞ」



 甘いパンの中で唯一大好きなのが、チョコレートのパンだった。

 特にこのエンミーがお気に入りだ。


 という名前の意味を込めて、笑みという言葉の間にみんなのんを入れたらしい。

 でも、笑みと円とかけた気がしないでもないと私は少し思っている。



 空から受け取ったエンミーを持ちながら靴を履く。



「お邪魔しました」

「うん」



 一緒に家を出て歩くなんて、特別な事は、空に誰かが出来たら二度と出来ない。

 こうやって、一緒に並んで歩くのとかも……。

 そう考えるだけで、胃がギュッと締め付けられる。

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