side 空《あお》
先生に出会ったのは、俺が仕事を辞めようと悩んでいる時だった。
俺が、大手デザイン会社である「ルピナス」に就職したのは、高校を卒業してすぐの頃だ。
別にデザインに詳しくもなければ、デザイン学校を卒業したわけでもない。
ただ、「ルピナス」の「将来のマネージャー候補募集」という求人を見ただけに過ぎなかった。
デザインが出来る人と一緒に働く事、「ルピナス」のような大手に就職する事が自分の付加価値になりそうで嬉しかっただけだ。
だけど、現実は違った。
デザインとは何かを知らないような俺に居場所などはまったくなく。
毎日、お茶汲みやコピーなどの雑用を繰り返すだけの日々だった。
「
「確かにね。デザイン、知らない人間に「ルピナス」汚されたくないわ」
「わかる。あっ、そうそう。採用担当が深森を採用した理由わかる?」
「えっ?何々?」
「顔がいいかららしい。確かに、深森ってアイドルにいそうな
「わかる。芸能人的な顔してるわ」
「顔がいいと仕事出来なくても雇われるから得だよな」
たまたま聞いた、先輩達の会話。
自分が顔で選ばれただけの、ただの無能だと思い知って悲しかった。
俺は勝手にやる気があるから採用されたと思っていたから。
「空には、珍しく落ち込んでる?」
「そんな言い方ないだろ。
「だって、何か暗いじゃん。久々に店に来たと思ったら。はい、ビール」
「ありがとう」
幼なじみである
陽菜は、昔から料理が得意で。
両親の帰りが遅い俺の為に、よく晩御飯を作ってくれていた。
「空のお袋の味は、私でしょ?はい、ちくわチーズと明太子の卵焼き」
「だな。嫌な事あっても、陽菜の料理食べたら元気が出るよ」
「よかった!で、何かあった?」
「ううん。別に何もないよ。ただ、仕事が疲れただけ」
「大手だと大変だよね。でも、休日はしっかりあるだけでもいいよね」
「今のご時世、文句言ってたら駄目だよな」
「確かに……そうかもね」
「何か、めっちゃ元気でたわ!ありがとう」
「好物の焼きうどん食べて、明日も頑張れ」
「頑張る」
こんな時代に、大手に就職出来たのは奇跡なんだから。
文句なんか言ってる場合じゃない。
陽菜と話しながら、もう一度自分を奮い立たせようとする。
だけど……。
本当は、弱音の一つでも、誰かに吐きたかった。
・
・
・
それから、1年の月日が流れた。
「深森君、少し話がある」
部長に呼ばれて部屋に行く。
「マネージャーになって欲しい人が見つかった。出来るかな?深森君」
「はい。大大夫です」
「よかった。それじゃあ、深森君に任かせるよ。彼女の名前は山野りな子さんだ。普通の専業主婦だ」
「はい」
「山野さんは、他の先生達のようにデザインに詳しいわけではない。一般的なデザインを教えてくれる学校に通っただけの人だ」
部長の言いたい事が何かを俺は察していた。
ようは、山野りな子さんは、ただの素人に毛が生えた程度だからデザインが何かを知らないお前でもいけるだろうって事なんだと思う。
「デザインを教えてくれる学校っていうのは?」
「何、一般人でも働きながら通える学校だよ。専門学校とかではなく、習い事みたいなものだ」
「そうですか。それで、山野さんはルピナスに面接に来られたのですか?」
「面接に来たわけじゃない。うちが契約したんだ。山野さんと……。ほら、先日【ヴィラ】のデザイン募集があっただろ」
「はい」
「そこで、山野さんは審査員特別賞をとったんだ。山野さんのデザインは、かなりの高評価でね。やはり、長年主婦として暮らしていたからこそ思い付いたのだと思っている」
「そうですか」
「深森君は、デザインの事をよくわかっていないかも知れないだろうが。やっぱり、デザインはセンスや触れてきた物にかなり影響される。そういった意味では、長年主婦として生きてきた山野さんは我々が想像しない形や色を使ってくれる」
「はい」
「山野さんと一緒にいるだけで、深森君もデザインとは何かを知れるんじゃないだろうか……」
「えっ?」
さっきの察した言葉を撤回する。
もしかして、部長は、俺に期待していたりするのか?
「いやーー、ずっと深森君が、雑用ばかりで申し訳なく思っていたんだ。今いる方達は、担当マネージャーはデザインの知識がないと嫌だと言うもんだから。なかなか、深森君をつけてあげられなかった。今回の【ヴィラ】の試みで新しい人材が入って来てくれたお陰で、ようやく、深森君をマネージャーにしてあげられるよ」
「ありがとうございます」
「深森君。山野さんと一緒に新しい一歩を踏み出すんだ。私と採用担当の三宅は同期でね。今までの古い感じじゃなくて新しい風が欲しいとよく話していたんだ。だから、深森君を採用した。深森君は、デザインをよく知らない。それでいいんだ。知識があると、やり方が同じになる。それじゃあ、いつまでたっても変わらない。私達は、そろそろ新しい考えも欲しかったんだ。ルピナスに足りないのは、それだとずっと思っていたから。山野さんのマネージャー、よろしく頼むよ」
「わかりました」
俺は、ずっと顔で採用されたのだと思っていた。
だけど、山野りな子さんのお陰で、そうじゃない事を知ったのだ。
俺は、部長から渡された資料を持ってデスクに戻る。
山野りな子、年齢は、40歳で専業主婦。
夫の帰宅が18時だから、どうやら、それまでが都合がいいらしい。
明日の14時に、部長と一緒に山野さんの家に挨拶に行く事が書かれてある。
「お疲れ様でした」
俺は鞄の中に資料を入れると、陽菜の居酒屋に向かう。
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