第22話 噛み合わない2人

静かな応接間だった。


魔王城の一室。

重厚な机、柔らかな照明、必要以上に広い空間。


魔王と勇者エルシアは向かい合って座っている。


沈黙は、短くはない。

だが重すぎる。


魔王は咳払いを一つした。


「……話を続けよう」


エルシアは背筋を正した。


「は、はい!」


声は明るい。

姿勢も完璧。

勇者として、帝国の代表として、非の打ちどころはない。


――表面上は。


(やばい……近い……魔王様近い……

 この距離……一歩踏み出されたら……

 あのときの……斬撃……熱……焼かれた感覚……

 思い出すだけで……っ)


エルシアの太ももが、わずかに震えた。


魔王はそれに気づき、眉をひそめる。


「……寒いか?」


「い、いえ! だ、大丈夫です!」


即答。

早すぎる。


魔王は内心で首を傾げた。


(緊張している……?

 それとも……やはり無理をさせているのか)


魔王は慎重に言葉を選ぶ。


「エルシア殿。

 この見合いは、義務ではない。

 気が進まぬなら、遠慮なく言ってほしい」


エルシアの脳内が爆発した。


(義務じゃない!?

 え、じゃあ……逃げてもいいってこと!?

 違う!!逃げたら二度と斬られない!!

 それはダメ!!それは生き地獄!!)


だが表情は、完璧な笑顔。


「い、いいえ!

 とても光栄です! 本当に!」


声が裏返った。


魔王の目が細くなる。


(……光栄?

 だが顔色が悪い。

 声も上ずっている)


沈黙。


四天王たちが控える壁際で、

空気が微妙に軋み始めた。


ノクティアは無表情のまま、内心で思う。


(……この勇者、

 なにか“噛み合っていない”)


ミラリエルは扇子で口元を隠し、目を細める。


(あらあら……

 これ、恋とか以前の問題じゃない?)


バルグロスは小声で呟く。


「兄貴……完全に空回ってねぇか……?」


ザハルトは腕を組み、険しい顔。


(……罠ではないのか?

 あの勇者、妙にテンションが……)


その時だった。


魔王が、善意100%で言った。


「……無理に笑わなくていい」


エルシアの心臓が跳ね上がる。


(バレた!?

 え、無理してるのバレた!?

 いや違う!!

 これは無理じゃない!!

 これは“我慢”!!

 我慢という名の至福!!)


エルシアは、なぜか深く頭を下げた。


「も、申し訳ありません!」


「なぜ謝る」


「えっ……あっ……その……!」


言葉が詰まる。


魔王は完全に誤解した。


(……やはり、

 勇者という立場上、断れないのだな)


魔王は静かに立ち上がった。


「……今日は、ここまでにしよう」


エルシアの世界が崩壊した。


(えっ

 終わり

 終わり!?

 もう!?

 まだ何も起きてない!!

 殴られてない!!

 斬られてない!!

 威圧も足りない!!)


だが表では、必死に取り繕う。


「そ、そうですね!

 お疲れでしょうし!」


声が明らかに裏返った。


魔王はそれを見て、完全に確信する。


(……嫌だったのだ)


振り返り、四天王に告げる。


「今日は解散だ。

 勇者殿には、丁重に客室へ案内を」


ノクティアが一歩進む。


「……承知しました」


エルシアは立ち上がるが、足がもつれた。


(終わった……

 でも……

 魔王城に泊まれる……

 それだけで……生きられる……)


去り際。


エルシアは一瞬だけ振り返り、

魔王の背中を見つめた。


その目は――

尊敬でも、愛でもなく。


完全に業を背負った者の目だった。


魔王はそれに気づかない。


ただ一言、低く呟く。


「……やはり、無理をさせてしまったか」


四天王全員が、心の中で同時に思った。


(((いや、違う方向でヤバい)))


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