第17話 勇者、魔王城に降り立つ
魔王城の上空を渡る風は、今日だけ妙に澄んでいた。
黒曜石の城壁に日の光が反射し、鋼のような輝きを放つ。
王国の姫ミレリアとの破断騒動から数日。
四天王も魔王も、まだどこか空気がピリついていた。
そんな朝――。
遠くから、白い光が近づいてくる。
ノクティアが目を細めた。
「……飛行魔法の痕跡。高速です」
ミラリエルが扇子で風を切り、楽しげに笑う。
「帝国の馬車じゃないわねぇ。誰かしら?」
ザハルトは魔王のそばに立ち、冷静に言う。
「嫌な予感しかしませんね……“面倒事の匂い”が強すぎます」
バルグロスが剣を肩に担ぎ、眉をしかめた。
「罠か? 帝国からの刺客か? 兄貴、ぶっ飛ばす準備はできてるぜ」
魔王は黒マントを揺らしながら視線を空へ向ける。
「……来る」
白い光は一度空で止まり、尾を引きながら降下した。
やがて石畳にふわりと着地し、光が霧のように晴れる。
現れたのは――
白銀の鎧に身を包み、金髪を三つ編みにまとめた女。
背中には巨大な聖剣。
世界を救った“英雄”エルシア。
……外面だけなら完璧な勇者だった。
勇者エルシアは優雅に微笑み、深く一礼した。
「魔王陛下。帝国代表、勇者エルシア・ヴァルシュタイン。
本日はお見合いのお話を賜り、光栄にございます」
――と、その口調は完璧だった。
だが内心は。
(ひあああああああああああああああああ!!!!!!
ついに来たついに来たついに来た!!!!
魔王様ぁぁぁぁ!!!!
あの時の、あの斬撃の重さ……!!
殴られた衝撃……!!
焼かれたときの皮膚がピリピリする感じ……!!
あれ全部……!!!)
(快感だったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)
にへっと笑いそうになり、慌てて口を閉じた。
外面だけは完璧に保たれている。
(落ち着け落ち着け落ち着け私!!
今日の私は“清楚で誠実な勇者”!!!
本性は絶対に出してはダメ!!
殴られて喜んでたなんて思われたら即国外追放!!!)
魔王は静かに問う。
「帝国は“平和の証”として、勇者を寄越したと言っていたが……
本当に、見合いのために来たのか?」
エルシアは胸に手を当て、真っ直ぐに答える。
「はい。
大戦の折、あなたと刃を交えた時……
私は深い敬意を抱きました。
和平後、両国の未来のために、この身を差し出す覚悟で――」
(うわあああああ言ってて死ぬ!!
違う意味で差し出したいけどそれは言えない!!
あの時の痛みもう一回ほしいなんて言えない!!
魔王様の拳、また顔にめり込んでほしい!!
違う違うそういう意味じゃない!?いやそういう意味だけど!!)
魔王はその真剣な口調を聞き、わずかに目を細めた。
「……覚悟ある者か。帝国の勇者ともなれば当然か」
内心のエルシアは崩れた。
(やだぁぁぁあああ落ち着いた声で褒めないで!!
その声で罵られたらもっと嬉しい――って違う!
私は今日きれいな勇者!健全な勇者!変態じゃない!!)
ザハルトはこっそりノクティアに囁く。
「……おかしいですね。
この勇者……魔王様を見る目が、妙に“光って”ませんか?」
「罠でしょうね。媚びか、策略か。
いずれにせよ、警戒して損はありません」
ミラリエルはくすりと笑った。
「面白そうじゃない。
魔王様を見た瞬間、あの瞳が一瞬だけ震えたわ。
普通の恋ではなさそうだけど……」
バルグロスは腕を組む。
「にしても……なんで勇者が『見合い』なんだ?
帝国がなんか仕込んでんだろ絶対」
四天王全員、警戒MAX。
しかし当の勇者は――。
(きゃああああああ魔王様近いぃぃぃ!!!
どうしよう!!!また斬られたい!!!
あの時の至近距離での“死の気配”……脳が震える……!!!
今日殴られんの!?殴られないよね!?
むしろ殴ってほしいけど違うぅぅぅう!!)
魔王は一歩、エルシアの前に進んだ。
「……よく来た、勇者エルシア」
エルシアは胸に手を当てる。
「はい。
本日は……どうかよろしくお願いいたします。
魔王陛下」
(あっ無理。声が、声がやさしい……。
なんで戦場ではあんなに冷酷だったのに、今日は優しいの……?
ギャップ……ギャップで殺す気……?
私今日一回死ぬかもしれない……快感で)
魔王は軽く頷き、手を差し出した。
「では……客人として城へ迎えよう」
エルシアはその手を見た瞬間――
ぱああああああっと顔が赤くなった。
(その手ェェェ!!
私をあの時地面に叩きつけた手!!
握られたらまた思い出すやつ!!!
無理無理無理無理でも握る!!!)
「よ、よろしく……お願いいたします……っ」
勇者の声が震えた。
四天王は同時に思った。
(((絶対なにか隠してる!!!!)))
魔王だけが知らない。
目の前の女勇者が――
戦場で命を削り合った時の“痛み”に恋をしてしまった大変態であることを。
そして、魔王は静かに歩き出す。
その後を、頬を赤くして息を乱しそうな勇者が続く。
魔王城の石畳に、勇者のブーツが軽く触れるたび――。
あの日の痛覚と快楽が、脳裏にフラッシュバックする。
(殴られた……斬られた……焼かれた……
あぁ……あの日に戻れるなら……!!)
勇者エルシアは、涼しい顔で歩きながら。
内心では何回も転げ回っていた。
――魔王との“見合い”が始まる前から、
すでに理性ゲージは赤点滅であった。
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