第6話 姫様の真実
姫ミレリアは、完璧な微笑みを張り付けていた。
白い大理石の廊下。
天井のステンドグラス。
絨毯の赤が足元に広がる。
その中央を――姫は優雅に、上品に、まるで風のように歩いていた。
魔王一行を案内しながら。
外面は“王家の花”。
しかし内心はこうだ。
(ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!
本物だ!!!本物の魔王様だぁぁぁぁぁぁ!!!!
ひいいいいい!!!!!目が!目が合った!!!
私死ぬ!?今死ぬ!?いや死ねない結婚するまで死ねない!!!)
姫は呼吸ひとつ乱さず、
優雅に、音もなく歩く。
(待って本当にこの距離を歩いてるの夢じゃない!?
うそ……昨日まで自然体でいられると思ってたのに……!
なんでこんな気合い入れて髪巻いてきちゃったの私ぃぃぃ!!)
魔王の方に視線を向ける。
横顔の威厳、体躯、マントの翻り。
(尊っ………………)
姫は震えながらも微笑みを続けた。
「こちらが控室でございます」
「感謝する」
その一言で姫のHPが半分吹き飛んだ。
(あぁ!!声!!声が!?
やば……魔王様の声、全世界に通販で売れません!?
毎朝目覚めのアラームにしたい!!)
魔王に四天王も続く。
バルグロスは姫を見るなり胸筋をバキバキ鳴らし、
(怖っ……!でも悪い人じゃなさそう……!)
ミラリエルは妖艶に微笑み、
(美人……!この人に勝てる気がしない!)
ノクティアは冷ややかな視線を姫に向けた。
(ひいいいいこの銀髪の美女絶対魔王様と仲いいやつだ!!)
ザハルトにいたっては魔王の肩の後ろで微笑んでいた。
(……あの男の方絶対ライバルじゃん!!なんで美形ばっかりなの!?
魔王様の周り、美の暴力で城落ちるよ!?)
姫は心臓バクバクのまま、控室の扉を開けた。
広い部屋。
香木の匂い。
柔らかな光。
「どうぞ、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
完璧な礼。
魔王が礼を返す。
「助かった」
(う…………うわああああああああああ!!!
すっごい良い声で“助かった”って言われたぁぁぁ!!!
えっ!?脳が!?脳が蕩ける!!??
私、魔族になりたい!一生おそばにいたい!いいかな!?)
ノクティアが姫を見る目だけは冷静だった。
(なんか誤解されてるぅぅぅ!!
違うんです私こう見えて中身テンパり倒してるだけで悪い事考えてません!!
いや悪い事考えてるわ結婚したいもん!!)
ザハルトが魔王の横で言う。
「姫君。魔王様へのご厚意、痛み入る」
(優しっ!?なにこの美形煽り力!!?
だめだ……敵……絶対敵……!!)
ミラリエルは扇子を揺らしてくるりと微笑み、
「姫君、素敵なお城ねぇ。魔王様にも似合いそうだわ」
(なんで全部魔王様につなげるの!?
えっ……美女軍団すぎない!?
私、普通の姫なんですけど!?
いやでも魔王様と結婚したい!!)
バルグロスは筋肉を光らせて笑った。
「姫ちゃんよ!兄貴は最高だから安心しろ!」
(兄貴呼びぃぃぃ!?
なんでそんな庶民的なんですの!?
でもちょっと好き!!!)
姫は最後まで完璧な礼を崩さなかった。
「では……宴の準備が整い次第、お迎えに参りますので」
魔王「うむ。頼む」
その一言でまたHPが削られる。
(ひぁぁぁぁ…………
優しい……魔王様、優しい……
おしとやかにしてないと結婚できないから頑張れ私……!
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……!!)
扉を閉める。
部屋の向こうから四天王たちの声がかすかに聞こえる。
「なんか姫、緊張してたな?」
「緊張というよりもあれは……」
「…………許せない!!」
「……ん?」
姫は廊下に戻った。
そして。
次の瞬間。
――――跳ねた。
両手を胸にぎゅっと抱きしめて。
「ぎゃあああああああああああ!!!!
本物だったぁぁぁぁぁぁ!!!!
魔王様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
かっこよかったぁぁぁぁぁぁ!!!!
なにあれ!?美形!?声!?雰囲気!?威圧!?
なのに礼儀もあるぅぅぅぅう!!
結婚したい!結婚したい!!結婚したいぃぃぃぃ!!!」
廊下をバタバタ走りながら叫ぶ。
「やばいやばいやばい!!
隣に立ってもらうために今日のドレス控えめにしたの最悪!!
もっと可愛いの着ればよかった!!
次会うときドレス替える!!!
てか魔王様、私の顔見た!?見てた!?
見てたよね!?ね!?!?」
侍女たちが遠巻きに見ている。
「お、お姫様……?」
「姫様、大丈夫ですか……?」
姫は彼女たちの肩を掴んだ。
「大丈夫なわけないでしょ!!!
今日、世界の運命決まるかもしれないのよ!?
いや、私の人生が決まるのよ!!!
魔王様あああああああ!!!!
好きぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
顔を真っ赤にし、床を転げ回る。
「やだあああ!!
冷静ぶってるけど全然無理!!!
あの覇王と結婚したいのおおおおお!!
子供何人がいい!?えっ十人!?
いや魔王様強いし百人いける!?!?」
侍女たちが引いている。
「ひ、姫様……お気持ちは……よく……」
「よく分からないでしょ!?
あの顔見た!?絶対世界滅ぼせる顔してた!!
あんな人と朝目覚めてみたい!!
『おはよう』とか言われたら死ぬ!!!」
廊下でバタバタ。
「ああああ宴開始までに落ち着かなきゃ……!
無理!!本当に無理!!
でも結婚したい!!!
魔王様かわいい!!!
こっち向いてぇぇぇぇぇ!!!!」
「……お姫様が壊れた」
「……魔王様、罪深い」
姫は立ち上がる。
「よし……落ち着け私……
宴では……おしとやか……
微笑み……控えめ……
“良妻候補”を演じる……
そう……絶対に……魔王様と結婚するために……!」
そして一歩歩いた瞬間。
「……でもやっぱ無理ィィィィィィ!!!」
廊下を転げ回る。
侍女たちは涙目で言う。
「……王国、今日滅びるかもしれない」
「……いや、姫様の理性が滅びるのが先ですわ」
姫はまた叫んだ。
「魔王様ぁぁぁぁぁ!!
好きぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
宴が始まる前に、王城の壁が共鳴して震えた。
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