第2話 推薦状
キリエはモブである。
何も卑下しているわけではない。ただの事実だ。
ゲーム本編のキリエは、名前すら登場していないモブ。
そのためここがゲームの世界であると気づくまでにかなりの時間を要してしまった。
記憶の中でキリエはうっすらと、端っこに映っていた。
地下世界の氾濫から逃げ惑う民衆の中に、確かに自分のような顔がいたことをキリエは覚えている。
そこに気付けばあとは簡単だった。
ゲーム知識とこの世界の歴史を照らし合わせるだけ。
どうしてもっと早く気付かなかったのかとも思うこともある。
もっと早く気付くことが出来たのならば、もう少し猶予はあったはずだと。
ヨルと出会ったのがもう少し早ければ……今の時点でより理想へと近づくことができたのではないか。こんな面倒なことは起きずに済んだのではないだろうか。
そう思うことがある。
なにせ転生したとはいえこの身に宿る才覚は、モブのまま変わらない。
ただでさえ才能で他の人間よりも劣るのだから、何百倍の努力を積み重ねなければいけない。時間は足らないのだ。
もっともたられば、の話をしてもしょうがないが。
「王城学院……ねぇ」
ヨルと別れ我が家に帰って来たキリエは、リビングでアイスを食べながら黒い封筒を弄ぶ。
それは王城学院からの推薦状だった。
分野問わず特に顕著な成績を残した全国生徒三名のみに送られる推薦状。
筆記や実技試験はパスされ、受けるのは面接による適正試験のみでそれも十割受かる、入学を確約された魔法のチケットである。
それだけではなく、入学したその先にも好待遇が約束されている。
王城学院に入学したい子やその親にとって、全財産をはたいたとしても手に入れたい代物だ。
そしてその一枚が今、キリエの元にあった。
「いや、なんで?」
キリエは首を傾げる。
今日で何度目か分からない疑問符。
キリエは中学で何も表立った行動を起こしていない。
部活にも所属していないし、何らかの大会やコンテストにも出場した覚えもない。
推薦状の名前を見てみると、確かにキリエの名前がある。
アイスを食べながら原因を究明しようとすると、手元にあったスマホから着信があった。
見てみると送り人はヨル。
またも嫌な予感がしつつもメールが送られて来たので開く。
『こんばんは、キリエの愛しのマイスウィート師匠ヨルです。あなたの元に推薦状が届いたころでしょう。そしてこうも思ったはずです。どうして自分に推薦状が届いたのか?何を隠そう、私が送らせました!』
ドヤ顔パンダのスタンプが送られてくる。
『私の寛大な慈悲に感謝してくださいね。ああ、今聞こえてきましたよ。私を称える貴方の声が!もっと称えなさい!』
「称えてないが」
『さて、送った理由なのですが……キリエは多分馬鹿でしょう。筆記試験なんて突破できるわけがありません。零点赤点即退散、です』
ヨルはキリエが馬鹿だと思っているが、それは間違いである。
ゲーム知識もあり、普通に頭が良い。簡単とは行かないが、残された僅かな時間で筆記試験は通過できる程度の知識はある。
ヨルが見てきたキリエは『剣!斬る!理想!』のあっぱらぱーなキリエであり、勉学に優れているキリエは見たことが無かった。
だから、筆記に関してはどうとでもなったのだが……。
『それに、実技試験は貴方の性質上相性が悪い。一度では終わらない可能性がある以上、憂いは断っておくべきだと判断しました』
「……!」
キリエはヨルが同じことを考えていることに、少しだけ目を見開く。
入学しろと言われた以上、入学しなけらばならない。そこで最大の障害となるのが、実技であった。
圧倒的な一撃を以って実技試験を通過しようと脳筋的計画を立てていたが、不安定要素だった。
『貴方に言わせれば無駄な時間を省かせてやった私に感謝してくださいね。推薦状を平和な手段で強請るの、少し面倒だったんですから』
「平和に、強請る……?」
こいつは一体何をしたんだ、とキリエは冷や汗を覚えた。
『じゃあ、おやすみなさい。私は一足先に待ってますからね!ばいびー!』
その着信を最後に、メールは途切れた。
マイペースなヨルのことだ、どういうことか連絡してもしばらく返ってこないだろう。
スマホを机に置いて、溶けかかっているアイスを食べながら推薦状を見る。
「まあ、感謝するべきなのかな?」
この時、キリエは失念していた。
もう一度言うが、キリエはモブである。
ゲーム本編では、推薦状なんて貰っていない。
それどころか王城学院の生徒にすらなっていないただの民間人だった。
ではその分はどこに行く?
本編ではゲームヒロインが三枚を独占していた。
キリエの元には一枚。
つまり誰か一名、推薦状を貰うことができていないヒロインがいるということ。
本来ならば資格を持っていたというのに、どこかのカスのせいで資格をはく奪されたヒロインがいるということだ。
そして、ヨルは平和的に強請ったと言っていた。
時期からして、元々半確定していたはずの推薦状を誰かから奪ったのだ。
「キリエ!今日はごちそうよ!大盤振る舞いしてあげる!」
「やったー」
キリエは気づいていない。
短絡的で弟子思いな師匠のせいで、知らずのうちに因縁ができてしまったことを。
そのせいで、その誰かの人生が本編から外れていくことを。
キリエはまだ、気付いていなかった。
―――――――――――
「どういうことですか、お父様!?」
西洋風の貴族屋敷。
その一室に金切り声が響き渡る。
「俺も何が何だかわからん……」
父、と呼ばれるにはあまりにも若々しい姿を保っている男が深く椅子に腰かけ、片手で頭を抱える。
「ただ、学院から推薦状は他の者に決定した、とだけ伝えられたんだ」
「それで納得できる人間はいません!どうして食い下がらなかったのですか!?」
耳が痛い話とばかりに、男は申し訳なさそうな顔をするだけで言い返せなかった。
「……誰なんですの?」
「?」
「ワタクシを見限ってまで推薦状を出したのは誰だと言っているのです!」
金髪の少女が机を叩き、父である男を強請る。
だが男自身知らなかった。
突然受験間近の時期に推薦状を取り消されたショックで、ろくに頭を働かせることができなかったのだ。
その旨を男は娘に伝えると、彼女はさらに憤慨をした。
「……覚えていなさい、絶対に、探し出してやります……!ワタクシよりも秀でているのであれば、見つけ出せるはずですから……!そして見つけだした暁には……!」
推薦状を奪われた彼女が入学ができない、というわけではない。
元々王城学院の定めた水準を大きく越しているからこその推薦状だ。
ではどうして少女がここまでの憤慨を露わにしているのか。
それは推薦状にもう一つの意味があるからだった。
貴族として、それは絶対必要だった。
それを奪った今まで隠れていた強者に、あらん限りの怒りを燃やしていた。
「潰して、ワタクシが上だと証明してやる!」
貴族とは、面倒なものである。
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