王妃様の弟殿下に一服盛ってしまった結果
もも(はりか)
毒茶、飲ませました
第1話 許せない……モルゲンロート家が許せない!!
(茶を飲めッ、飲めーーー!!!)
ギーゼラは念じていた。
薔薇の咲き乱れる庭園で、茶会が開かれている。
王太子妃リーゼロッテが薔薇を
茶会の参加者は数名いたが、その中に憎きモルゲンロート公ヴァルターがいた。
ギーゼラは薔薇の影から彼を睨む。
端正すぎるほど端正な容姿の持ち主。水底のような青い怜悧な瞳。金糸のような髪は理知的な雰囲気を醸し出す右分けにされている。
隙のない美男子過ぎて殺意が湧く。
ギーゼラの大切な妹のリーゼロッテと茶やケーキを挟んで談笑しているのにも腹が立つ。
(その汚い……とはさすがに言えない……っ、その綺麗すぎるツラをリーゼロッテ様のお目に映すな!)
リーゼロッテが苦労している原因はこいつのせいだ。ギーゼラは目で見て耳で聞いた。
妹を貶めようとしているのはモルゲンロート公ヴァルターだと。
(なんで最高に可愛らしいリーゼロッテ様があんな苦労をしなければならないの? くそっ、モルゲンロート家! 滅びろ!!!)
ヴァルターは談笑しながら、茶器に口をつけた。
彼に給仕した茶にはギーゼラの調合した毒が入っている。
(飲め! ヴァルターめ!! 飲め!)
ごくり、とヴァルターの喉仏が動いた。
ギーゼラは内心勝ち誇ったように笑う。
数秒後。
茶器が高い音を立てて割れた。
ぐふっ、がはがはっ、とヴァルターは胸を押さえてむせこむ。
彼はテーブルへと倒れた。
善良なリーゼロッテが悲鳴を上げ、医者を呼んでいる。
(はははは! 我がデーマルング家に勝利あれ! リーゼロッテ様こそが最強なのだ!)
ギーゼラは医者を呼ぶ手伝いをしながら、うっすらと笑った。
ところが、憎きヴァルターはゆっくりと起き上がった。ギーゼラは目を見開く。
(こ、こいつ!)
様子を見るふりをして近寄り、袖から毒針を出して首筋に刺そうとする。
ぐっ、と手を握りしめられた。
ヴァルターは息を切らせ、頬を上気させていた。ギーゼラを美しい青の瞳で熱っぽく見つめてくる。
「……は?」
思わずギーゼラは声を出す。
ヴァルターは声をつややかにかすれさせて聞いてきた。
「ギーゼラ殿。──今日はやけにいつもより美しくないか?」
「……え?」
「ずっと思っていたのだが……。今日は一段と美しい」
「な、何をおっしゃいます」
ヴァルターの青の瞳が艶めかしく濡れている。
「どうしよう、ギーゼラ殿。今までにないほど貴女が愛しくてたまらないのだが……」
は? とギーゼラはヴァルターをまじまじと見た。
さて、ギーゼラがヴァルターに殺意を抱くようになったきっかけは一ヶ月ほど前に
***
ツヴィーリヒト王国は、深刻な内憂を抱えている。
王国の有力貴族である二つの家、モルゲンロート家とデーマルング家の関係が険悪だということだ。常に争い反目し合っている。
王国北部に領地を持ち、家風が知的で冷たいと言われるモルゲンロート家。王国南部に領地を持ち、穏やかで明るい家風のデーマルング家。
両者は王国建国当初から水面下で争っている。幸い紛争に至ってはいないが、何かが起きれば内乱まで真っ逆さまに落ちていくのは目に見えていた。
現王はこれを憂慮し、モルゲンロート家から王妃を迎えて王太子を作った一方、王太子にはデーマルング家の娘を妃に早々に迎えさせた。王家を通じて双方の融和を図ったのだ。
だが──それは王妃と王太子妃の対立を招く。
王宮の片隅にある小部屋で、黒髪の姉妹が寄り添っていた。
妹のほうがしゃくりあげて泣いている。
黒い巻き髪に宝石のような緑の瞳をしていて華奢な体格。人形めいていて誰もが瞳を奪われる美少女。
王太子妃リーゼロッテ。デーマルング家当主の娘だ。
「……王妃……殿下……、が」
リーゼロッテに寄り添っている姉は、つややかでまっすぐした黒い髪を垂らしている。リーゼロッテと同じく緑の瞳をしている。二十代くらいの真面目そうな娘だ。ギーゼラという。
少々事情は難しいが、リーゼロッテの異母姉であり、王太子妃付きの宮廷女官をしている。
ギーゼラは涙をボロボロとこぼすリーゼロッテの背中を撫でている。
「リーゼロッテ様」
「王妃、殿下が……、わたくしのこと……、王女殿下がたと比べて……うう」
切ない気分になってギーゼラは、リーゼロッテを抱きしめた。
つい先頃まで、リーゼロッテはモルゲンロート家出身の王妃の公務に付き従っていた。
しかし、王妃からは嫌味の連続。
足さばきが悪いとか、表情がおかしいとか。王女たちと公の場で比較された。
ギーゼラからすると、別にリーゼロッテがおかしかったとは思えない。
歩き方も優雅で上品だった。表情も明るく華やかな気質のリーゼロッテらしく笑顔が輝いていた。
王妃は事あるごとにリーゼロッテを虐げる。
ギーゼラたち王太子妃付きの女官がリーゼロッテを守っているが、なかなかうまくいかない。
王宮にあがってからというもの、明るくて元気だったリーゼロッテの表情は曇るようになっていた。
(モルゲンロート家の人間はみんなそうだわ。みんな冷たい……)
私が妹を守らなきゃ、とギーゼラは決意に決意を重ねる。
妹はしばらくギーゼラの胸に顔を埋めて泣いていた。
「あ」
びくりとリーゼロッテは顔を上げる。
「王太子殿下に呼ばれていました。早く行かないと」
「ええ」
リーゼロッテの頼みの綱は誠実で温厚な王太子のみ。とはいえギーゼラから見れば王太子も頼りない。モルゲンロート家出身である母王妃に気を使ってきちんと妻を守れない面がある。
しかし、王太子の寵愛まで失ってはリーゼロッテは地獄を見るのみ。
小部屋を出ると、二人で王太子妃の部屋に戻った。
妹の化粧をばっちりと直し、ドレスのしわも伸ばす。
「行きましょう」
女官全員でリーゼロッテを守るように王宮の廊下を歩く。
だが、もう少しで王太子の部屋というところで皆止まった。非常に臭い。
「何……これ……」
床を見れば、リーゼロッテの行く手を阻むように糞尿が撒き散らされていた。
行けば裾が汚れてしまう。しかし引き返せば王太子の信用を失う。
(モルゲンロート……家!!!)
ギーゼラは腹の底から怒りを覚えた。
妃がなかなか来ないことを不審に思った王太子が部屋から出てきた。
「リーゼ? どうしたんだい? ……うわっ、何だこれは!!」
王太子は床に塗れた糞尿を見て驚いた。
「掃除をさせろ!」
自分付きの侍従たちに命じる。
その瞬間、リーゼロッテはうずくまり、火がついたように泣き喚いた。
ギーゼラはカッ、と目を見開いた。
(許せない……リーゼロッテ様をここまで侮辱するモルゲンロート家が許せない!!)
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