第42話 ホワイトデー当日。元四天王と鍛造した「宝石キャンディ」を渡したら聖女が発光し税務官がスーパーコンピューター化した。祝杯をあげようとしたら「全状態異常無効」のせいで飲んでも酔えない身体になった


 3月14日、ホワイトデー当日。


 場所はリビングのこたつ。

 外はまだ肌寒いのに、こたつの中は春みたいにぬくい。

 俺は膝の上に正座して、目の前の"重厚な宝箱"を見下ろしていた。


 隣ではヴォルグが背筋をピンと伸ばし、まるで叙勲式に出席する軍人みたいな顔をしている。

 シロはこたつの端で丸くなりつつ、"何か"が始まる気配に耳だけ立てている。


 そして向かい側。

 セレスは着物風ルームウェアで、いつもよりちょっとおしとやか……に見せてるだけで、目は完全に"甘味レーダー"になってる。

 氷室さんは湯呑みを持って、冷静な顔のまま観察者ポジション。視線がもう監査。


「……では」


 俺は咳払いした。

 こういうの、慣れてない。

 でも去年の俺よりは、ちょっとだけ大人になった気がする。多分。


「ホワイトデーのお返し。受け取ってください」


 俺とヴォルグが、うやうやしく宝箱を差し出す。

 宝箱っていうか、箱。だけど箱が"宝箱"の顔してる。

 黒地に金の縁。リボンの結び目がやけに格式高い。


 セレスが両手で受け取った瞬間、箱が小さく軋んだ。

 ……いや、箱は軋んでない。セレスの握力が喜びで強くなっただけだ。


「わぁ……! これ、開けていいですか!?」


「もちろん」


 氷室さんが小さく頷く。


「開封の瞬間を"観測"します」


「言い換えやめろ」



 セレスがふわっと蓋を開ける。


 その瞬間――


 こたつの上に、七色の光がこぼれた。

 まるで宝石店のショーケースをひっくり返したみたいに、"宝石キャンディ(琥珀糖)"が敷き詰められている。


 外側は透明で硬質な殻。

 中に、虹色の気泡みたいな光がとろりと閉じ込められている。

 角度を変えるたび、色が"カラン"と入れ替わる。光が音を立てそうな輝きだ。


「……っ」


 セレスが息を呑んだ。


「食べるのがもったいないくらい綺麗です……!」


 いい反応。

 俺は内心でガッツポーズを決めた。


 そして、氷室さん。


 氷室さんは、箱の中を見て最初にこう言った。


「この輝き……"宝石"としての資産価値評価が必要かもしれません」


「やっぱりそこ行く!?」


 氷室さんの眼鏡が、"キラーン"と光った気がした。

 いや、実際に光ってる。キャンディが照明すぎる。


 ヴォルグが深く頷く。


「主殿。贈答品としての格は十分だ。

 これなら"同等以上"……いや、上回っている」


「上回らなくていいんだよ! 同等でいいんだよ!」


 でも、セレスはもう我慢できてなかった。

 まさに"味見担当"の顔で、指がぷるぷるしてる。



「いただきます!」


 セレスは迷いなく一粒つまみ、口に運んだ。


 "カリッ"。


 硬い外殻が歯で割れる音が、やけに気持ちいい。

 そこから一拍遅れて――


 "シャリッ"。


 砂糖の結晶がほどける、軽い破砕音。

 そして最後に――


 中身が"プルン"と舌の上で弾けた。

 ゼリーみたいに柔らかいのに、香りが濃い。

 果汁の甘みが、虹色に輪郭を持って広がる。


 セレスの瞳が、"ぱぁっ"と開いた。


「美味しい……! 甘さが体に染み渡って、魔力が無限に湧いてきます!」


 言った瞬間だった。


 セレスの全身から"神聖な光"が溢れ出した。


 後光。

 ガチの後光。

 しかも強い。眩しい。

 こたつの上の湯呑みが勝手に浄化されそうなレベルだ。


「うわっ、まぶしっ!」


 俺が顔を覆うと、ヴォルグが敬礼しそうな顔で呟いた。


「聖女の真価が……甘味で解放された……!」


「そんな解放の仕方ある!?」


 セレスは嬉しそうに頬を押さえ、うっとりしている。

 ただの感動じゃない。完全に"バフ"だ。


 背後の空気が清浄になっていく。

 リビングの埃が、存在そのものを許されずに消えていく。

 家の暗い過去が、光に焼かれて浄化されていく。


 俺の心の闇までちょっと薄くなるのやめろ。



 次は氷室さんの番だ。


 氷室さんは、セレスのように飛びつかない。

 あくまで冷静に、一粒を持ち上げる。


 指先だけで扱う所作が、妙に上品だ。

 着物姿の時よりも、今日の私服の落ち着きが映える。

 ……いや、俺は何を観測してるんだ。


「では……"品質確認"します」


「それは仕事の言い方だろ」


 氷室さんが口に入れる。


 "カリッ"。

 "シャリッ"。

 "プルン"。


 同じ食感のはずなのに、氷室さんの咀嚼には無駄がない。

 噛む速度が"処理速度"っぽい。


 次の瞬間。


 氷室さんの眼鏡が"キラーン"と光った。

 いや、今度は本当に光った。

 反射じゃない。発光だ。


「……脳の糖分不足が0.1秒で解消されました。思考速度が通常の3倍です」


「言い方がもう税務署」


 氷室さんの動きが、急にキビキビになる。

 湯呑みを置く所作が"最適化"され、姿勢が"最短経路"で整う。


「確定申告の疲労が……消滅しました。

 今なら帳簿を見ずに、レシートの匂いだけで勘定科目を当てられます」


「それ特殊能力すぎる!」


 ヴォルグが目を見開いた。


「"スーパー税務官モード"……!」


「そんな名前つけるな」


 氷室さんは淡々と言う。


「主さま。このキャンディは危険です。

 人間を"効率の怪物"に変えます」


「褒めてるのか脅してるのか分からん!」


 セレスが後光を放ったまま、にこにこして頷いた。


「氷室さん、目が怖いです!」


「正常です」


「怖いです!」



 ここまで来たら、あとは"ロマンチック"に締めるだけだ。

 ホワイトデーだし。

 せっかく二人の反応が良かったし。


 俺は少し照れて、湯気の立つ紅茶を注ぎ始めた。

 ヴォルグが横で重々しく頷く。


「祝いの席だ。主殿、酒を用意しよう」


「え、酒? 昼だぞ」


「昼の祝杯は"士気"を上げる」


 ヴォルグが取り出したのは、爺ちゃんの隠し酒らしい高級ワイン。

 ラベルが読めない。異世界語。嫌な予感。


「おい、それ大丈夫なやつか」


「問題ない。爺の湯でもたまに出していた。魔族が喜んでいた」


「魔族が喜ぶ酒はだいたい問題あるだろ」


 とはいえ、今日はめでたい。

 俺も、セレスも、氷室さんも、ヴォルグも。

 全員で乾杯――


「乾杯」


 グラスを合わせる音が、こたつの上で鳴った。


 飲む。


 ……飲む。


 …………飲む。


「……」


 俺はもう一口飲んだ。

 うまい。芳醇。高級。ぶどう。

 しかし。


「……あれ?」


 頬が熱くならない。

 頭がふわっともしない。

 心が緩まない。

 ロマンチックが来ない。


 セレスも首を傾げる。


「え? これ、ジュースですか?」


 氷室さんが即座に分析に入る。


「付与効果"全状態異常無効"が、"酔い(アルコール中毒状態)"まで無効化しています」


「は!?」


 ヴォルグが驚いて、グラスを見つめる。


「酒に敗北することがない……だと……?」


「勝たなくていいんだよ!」


 俺はもう一口飲んだ。

 うまい。うまいけど――


「飲んでも飲んでもシラフなんだが!?」


 氷室さんが頷いた。


「アルコール分解速度が異常です。これではただのブドウジュースですね」


「ブドウジュースに高級感を盛るな!」


 セレスが真顔で言った。


「つまり……このキャンディ、"絶対防御"すぎて、雰囲気が酔えません!」


「そういうことだよ!」


 ホワイトデーの空気を、"性能"がぶっ壊してきた。

 俺が作ったのに。俺が被害者。



 結局、我々はワインを諦めた。


 酔えないなら、することは一つ。

 真面目にティータイムだ。


 紅茶を淹れ直し、茶菓子として"宝石キャンディ"を小皿に並べた。

 こたつの上が一気に上品……になりそうでならない。

 光りすぎて、ティーセットが照明に負けてる。


 セレスが、いつものふにゃっとした笑顔で言った。


「主さま。ありがとうございます。

 こんなに素敵なお返し……"最高のホワイトデー"です」


 後光は少し落ち着いた。

 それでも、セレスの頬は幸せでふわふわしている。


 氷室さんも、珍しく声が柔らかい。


「……主さま。

 業務上の合理性を抜きにしても、これは"嬉しい"です。

 ありがとうございます」


 うわ。

 その言い方、ずるい。

 俺の胸が、0.1秒で処理落ちした。


「……ま、たまにはこういうのも悪くないか」


 照れ隠しに、俺もキャンディを齧る。


 "カリッ"。

 "シャリッ"。

 "プルン"。


 甘さが喉を通る。

 体の奥が、静かに温かくなる。

 酔えないけど、心は少しだけ柔らかくなる。


 ヴォルグが腕を組んで満足そうに頷いた。


「良い。主殿は"甘味の鍛冶師"だ」


「その称号いらない!」


 シロが小皿を見て、鼻を鳴らした。


「ワフ(俺の分は)」


「あるよ、ある」


 シロに一粒渡すと、シロの毛並みがまた淡く光る。

 そして――


 シロが急に立ち上がった。


「ワフ!」


 窓の方へ走っていく。

 カーテンの隙間から外を見ると、雪が残っている庭に飛び出していた。


 雪の中を、シロが全力で駆け回る。

 転がる。跳ねる。掘る。

 寒そうなのに、まったく平気な顔。


「……あいつ、何してんだ」


 氷室さんが冷静に答えた。


「"寒さ無効"が付与されたのでしょう。

 冬季の屋外活動が可能になりました」


「犬が冬に強くなってどうすんだよ!」


 セレスが笑った。


「シロさん、楽しそうです!」


 俺はこたつに戻り、紅茶を一口飲む。

 ロマンチックになりかけると、キャンディが全力で現実に戻してくる。

 だが――この家には、それがちょうどいい気もした。


 宝石みたいに光る甘味と、絶対防御のティータイム。

 酔えないけど、笑える。

 笑えるなら、まあ勝ちだ。


「……来年は、もうちょい普通のやつにするか」


 俺が呟くと、氷室さんが即答した。


「普通の範囲を数値で定義してください」


「だから仕事やめろって!」


 セレスが頬を膨らませる。


「普通だと、つまらないです!」


 ヴォルグが力強く頷く。


「次は"サウナ対応キャンディ"だな」


「やめろ! ロマンチックが永遠に死ぬ!」


 こたつの中で、笑いが転がった。

 窓の外では、シロが雪を蹴って、勝ち誇ったみたいに吠えた。


 ホワイトデーは、今日も平和に――

 "性能"のせいで、だいぶ騒がしく終わった。





【あとがき】 「酔えないワインで乾杯したい!」と思った方、あるいは「スーパー税務官モードの氷室さんに確定申告を頼みたい!」と思った方は、ぜひ「★」ボタンで依頼書を提出してください!


これにてホワイトデー編、完結です! 次回からは、いよいよ**「春の新シーズン」**が始まります。 雪解けとともに、ダンジョン(庭)にも新しい変化が……? お楽しみに!

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