卒業したVtuberが復帰したらAIだった件
深山カカオ
第1話
初夏の夜気がアリーナの天井を震わせていた。
円周スクリーンには、所属VTuberグループ〈ミラージュ〉の人気者たち──桜舞メイコ、雪狐フブユキ、陽炎カナタ、深海マリナ、炎鳥ティアラ──らが交互に映し出される。
幕間のパフォーマンスが終わり、フブユキがステージ中央に残って次の曲を紹介しようと一歩前へ進む。
「さて、次の曲はですね──」
フブユキが紹介を始めた直後、予定にない曲のイントロが、突如スピーカーを揺らした。
「……うぇ?」
困惑の色を浮かべたまま、振り返るように他のメンバーを見る。
その瞬間、照明がふっと落ちた。
ざわ……
観客のざわめきが波紋のように広がっていく。
「(ちょっ……セトリと違わない?)」
フブユキが小声で、後列に居る他のメンバーに慌てて確認を取る。
「(知らない!知らない!)」
しかし、ステージ上のメンバーの誰もが皆、首を振って何も知らないとアピールする。
光の消えたステージは、互いの表情さえ読み取りにくい。
「(えぇぇ~スタッフさ~ん)」
近くのスタッフを見やるが、こちらも首を振るだけだった。
人の気配すら吸い込むような暗闇の底。
その中心で、星砂のような光が微かに浮かんだ。
最初はただの微光。
しかし、呼吸するように脈動し、まるで意思があるかのように揺らめく。
別の光が寄り添い、さらにひとつ、またひとつ。
光の粒はやがて“群れ”となり、舞い踊る銀河のようにステージ中央へ吸い寄せられていった。
やがて、光の群れは螺旋を描き始める。
ゆっくりと、しかし確実に、抗えない引力を持って中心へ収束していく。
黄金の軌跡が幾重にも重なり、ステージにひとつの“渦”が生まれる。
そのまま光は、見失うほどの極小へと、極限の点へと収縮する。
圧し潰される寸前の星核のように、光は震え、きしみ、悲鳴を上げるように波打ちながら、同じ一点へ集まり続けた。
──そして。
光は“破裂”した。
――ッッ!!
閃光はもはや光ではなく、“白い奔流”だった。
音すら溶かす純白の波が、アリーナ全体を一瞬で飲み込み、天井の骨組みにまで染み渡る。
視界は真白に焼き切られ、影という影が一度すべて世界から消える。
その眩耀の中心から、影がゆっくりと一歩前へ踏み出した。
銀河色のドレス。
肩で光を弾き返す瑠璃色の髪。
片手を腰に置き、挑むように笑う瞳。
星屑みさき。
二年前に消えたはずの歌姫がそこに立っていた。
──イントロのテンポが上がり、彼女はマイクを胸元へ引き寄せた。
光の余韻がまだ視界にちらつく中、みさきの歌声が闇を切り裂くように響く。
あまりの衝撃に、観客も演者も、息を飲んだまま固まっていた。
「うそ……」
「えっ……うそだろ……」
観客席のどこかで声が漏れた。
続いて、何人も、何十人も、泣きながら名前を呼び始める。
その声は次第に重なり、歓喜へと裏返る。
そして次の刹那、爆ぜるように悲鳴と歓声が同時に弾けた。
「みさきーー!!」
「ほっしー!!!」
光の縁の外側で、フブユキは涙をぽろぽろこぼし、膝から崩れ落ちていた。
肩が震え、声にならない嗚咽が漏れる。
桜舞メイコは、目を見開き、呆然とその場に立ち尽くす。
目の前にある。ありえない光景を理解できずにいる。
マリナ、ティアラ、他の者たちもまた、目に涙を宿しながら、呆然とその姿を見つめていた。
驚愕と信じがたい思いが入り混じり、言葉を失ったまま、ただ彼女の再臨を見守っていた。
曲が終わり、最後の音が空へ昇っていくように消えていく。
爆音の歓声さえぴたりと止み、再び静寂が訪れた。
みさきは、汗の光る額へかかった髪をかき上げ、にやりと笑う。
「──ひさしぶりっ!」
その一言で、アリーナの堰が切れた。
「うわぁああああ!!」
「ほっしーー!!」
「みさきーー!!」
泣き声と歓声が混ざり合い、押し寄せる波のようにアリーナを揺らす。
みさきは後方の仲間たちを順に見やり、いたずらっぽく無邪気な笑みを浮かべた。
「びっくりした? ねぇ、びっくりした?」
その笑みに笑い返しながらも、誰もが胸いっぱいの想いを抱えて、みさきを見つめていた。
「あははっ、サプライズ大成功~!」
「おっ……おまえなぁ~!」
メイコの叫びをよそに、今度は観客の方へと向き直る。
先ほどまでの無邪気な笑みはすっと消え、真剣な眼差しでゆっくりと口を開いた。
「……二年前、突然いなくなって、ごめん」
ざわめきが消え、観客の意識が一点に収束する。
「あのときの私は、つらい現実に押し潰されて、必死にもがいて……
それでもどうにもならなくて、逃げだしてしまった。
“なんで私だけなんだよ”って、世界の全部を呪ってた。」
目尻がわずかに赤く染まる。
「逃げ出した後の私は、完全に自分を見失ってた。
昼も夜も曖昧な部屋にこもって、生きる気力もなくなって……
自分でも嫌になるくらい、暗く荒んだ生活を続けてた。
“もうどうなったっていいや”って、本気で思ってた」
陰のある自嘲の笑みを浮かべる。
「でも……そんな真っ暗な毎日の中で、ふっと“光”が見えたんだ。
ほんの一筋の、小さくて遠くて……手を伸ばしても届かないはずの光。
でも、その光の方へ私の背中を押してくれる人たちがいた。支えてくれる人たちがいた。
『戻ってきていいんだよ』って、言葉じゃなくても伝えてくれる人がいた」
顔をゆっくりと上げ、まっすぐ前を見据える。
「その光のおかげで……私はまた立てた。ひとりじゃ絶対に立ち上がれなかった。
みんなの力で、今……わたしはここにいる」
観客席で誰かが叫ぶ。
「まってたぞーー!!」
その声が火種になり、
「おかえり!!」
「帰ってきてくれてありがとう!!」
と波紋のように広がっていく。
「……むしがいい話かもしれないけどさ。
でも……わたしは──この場所に立ちたい。
だから……お願い。
わたしが……ここに立つことを許してほしい……!」
観客が息を呑み、次の瞬間、嵐のような拍手と歓声が巻き起こる。
みさきは胸に手を当て、涙で濡れた目を細めた。
「ありがとう……!ほんとに……ほんとに、みんなが呼んでくれなかったら……
わたしはここにいなかった……!」
みさきは胸に手を押し当て、溢れそうな涙を上を向いてこらえる。
そして、震える息を吸い込み、声を整えるように深呼吸した。
「だから──だから今日、ここでちゃんと言わせてほしいの」
ステージの光が瞳に反射し、涙の粒を星のように輝かせる。
「夜空に煌めくスターダスト、一等星よりも明るい超新星系アイドル!
星屑みさき……正式に、活動再開します!!」
爆音のような大歓声がアリーナを揺さぶった。
アリーナの空気が震える。
それは星の物語が、再び始まる音だった。
これは「最高の復活劇」──誰もがそう信じて疑わなかった。
煌めく超新星の先に、光をも通さない暗闇の星があることを知るまでは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます